13 inしたお - クリフ編 1
太陽の温かい陽気が葉をつける木々の間から降り注ぐ森の中。
時より吹き込む風がセミロングの青髪を揺らす。
青髪の青年は頭に生えている羊のような立派な悪魔角をぽんぽんと触れながら呟く。
「なるほど」
そう呟いた青年の容姿はとても整っており、俗に言うイケメン。
白いフード付きのコートと白いYシャツ。下は黒色の生地が厚めなズボンを着用した爽やかイケメン。
そんな爽やかイケメンな彼――クリフが次にとった行動はズボンを脱ぐ事だった。
迷う事無くカチャカチャとベルトの金具を鳴らして緩めた後にずり下ろす。
「おお! やっぱり生えてる!」
クリフは扉に吸い込まれた後、気付けば森の中で倒れていた。
状況を確認しているうちに自分がゲームキャラクターと同じ容姿になっている事に気付いたのだが、彼はリアルでは男装の麗人――女性であった。
しかし、ゲームで使用していたキャラクターは男。
そのゲームキャラクターの姿になって、現実感ある感覚もあるならばと考えた末にズボンを下ろせば、当然のように生えていたのだ。
メイメイの無くしたモノが生えている。
つまり、クリフは性転換していた。
メイメイとは逆で男にTSしていたのだが、彼にはメイメイほど悲壮感は無い。
(これで! 合法的に美少女と愛し合えるじゃないか!!)
念願叶ったヤッター。とばかりにニヤニヤし始めるクリフ。
彼は美少女が大好きだった。可愛いモノが大好きだったのだ。
クリフが男装の麗人――男っぽい格好をしていたのは美少女が喜ぶからであった。
それがどうだろう。
ゲーム内で扉に吸い込まれた後に何が起こったのかはサッパリ不明であるが、自分は男になっている。
しかもゲームキャラクター、キャラクターメイキングに長時間費やして作り上げた理想の、美少女ウケしそうな中性的なイケメンになっているのだ。
「やったぞおおおおお!!」
ヒャッホォ! とズボンを下ろしたまま歓喜するクリフ。
ゲーム内では黒盾パーティの中で唯一真面な奴、と言われていたクリフだが全然真面じゃない。
むしろ、ぶっ飛んだ奴じゃないと残りの濃いメンツに着いて行けないだろう。
そもそも初期マップでメイメイにナンパ紛いの誘い文句で声を掛けてパーティに誘ったのも、特性とスタイルが全く合っていないのにタンクを続けているイングリットを誘ったのもクリフだ。
イングリットから言わせれば、クリフが一番真面じゃない。
「はー。サイコー。現実世界サイコー」
ゲームの世界に入った。もしくはゲームと似た世界に飛ばされたと結論付け、体の感じる五感からクリフは少なくともこれはゲーム内ではないという確信を得ていた。
何より自分の心に抱いていた願望が現実となったクリフは歓喜に心を震わせながらも、再びカチャカチャとベルトの金具を鳴らしてズボンを履いた。
(と、まぁ。ここまでは良いとして)
おふざけは終わり、とばかりにニヤついていた顔を戻す。
(魔力を感じるし、魔法も使えるんだよなぁ)
クリフは「魔導の1、ファイア」と呟いた後に掌に赤い文字で描かれたサークル――赤い円形の魔法陣が生まれる。
魔法陣中央には小さな火の弾が浮かび上がりそれをじっと見つめた。
(発動方法も魔法の理論もゲーム内の職業クエストで習った事と同じ……)
彼の目には火の弾が発生する過程の理論――術式が見えていた。
そして、この術式はゲーム内のクエストでNPCが教えてくれるテキストメッセージに書かれているモノと同じ。
アンシエイル・オンラインではどんな魔法にも『術式』というモノが存在し、それを『詠む』事で発動する。
所謂、詠唱というモノがあるのだ。
攻撃魔法を例として魔法発動までのプロセスは、術式の詠唱を完了すると術式で描かれた円形の魔法陣が術者の前に浮かび上がり、術者の意思によって標的等の設定をし、魔法陣の中心より魔法が生み出された魔法が目標によって飛んで行く。
この発動プロセスにある詠唱を無くす、無詠唱という技術はレベルが高くてもできない。
方法的には無詠唱化させるマジックアイテムを使うのだが、これは特定のカテゴリのみ――補助魔法限定、攻撃魔法限定など――無詠唱になる能力が付与されているのがほとんどで全ての魔法を無詠唱化できない。
しかし、クリフの就く職業は例外であった。
クリフは魔法系職業である治癒師、功魔師に加えて薬師と付与師を習得している。
もちろん転生で選んだのは職業スキルの引継ぎだ。
この4つを習得してから転生すると生まれたのが魔法系複合職『魔導師』で、クリフは回復も支援も攻撃も魔法薬も――魔法の全てを極めた者の果て。魔法使いの頂を冠する魔導師であった。
そして、この魔法を極めた魔導師は存在する魔法を解析すると無詠唱化できる特性を得られる職業。
クエストとゲーム内での魔法研究、そして複数の魔法職を極めたことで魔法の深遠を覗いたクリフは『魔法がどのように発動するのか、どのような術式なのか』を発動された魔法から解析できる目――魔導魔眼を得た。
この魔導魔眼は魔法に意識を向ければその魔法を解析でき、解析したデータを魔導書に書き込んで解析データを蓄積。
魔導書に解析データが書き込まれ、完全に解析が終了した魔法は無詠唱――魔法の階梯と魔法名を呟くだけで、術式部分を省略して発動できるようになる。
他にも魔導書を使って大魔法も撃てるがこちらは準備が必須となっている。
だが発動までに時間が掛かる分威力は高く、クリフの切り札とも言える魔法だ。
(まぁ、ここまで来るのも苦労したけど)
彼も他のパーティメンバー同様に苦労してトッププレイヤーへ上り詰めた者の1人であり、苦い思いもたくさんしてきた。
彼の種族は『悪魔族』で種族スキルは『魔の深遠』というモノであった。
これは回復系魔法の使用魔力が大幅アップしてしまうが、魔法の威力に関わる『知力』に大幅な補正が掛かって魔法の威力が上がるというスキル。
所謂、悪魔族は絶えず魔力を消費し続ける回復系や攻撃系の職には合わない――どちらかというと、一度付与してしまえば効果時間が長く魔力効率の良いデバフ系向きの種族だったのだが、ゲームを開始した直後に誘われたパーティのメンバーの勧めで治癒師を選択してしまった。
クリフを誘った者は何も知らないクリフにタンクと同様に不人気職であった回復系を勧めて、歩く回復ポーションのような扱いをしていた。
そんな扱いではあったが冒険が楽しかったのもあるし、何よりクリフは初めて出来た仲間の為になろうと努力を重ねた。
しかし、高レベルの魔獣を相手をしていくうちに特性の合わないクリフは、戦闘中に魔力切れを起こしてタンク役の回復が間に合わない状況が増えて来る。
パーティメンバーからは散々文句を言われ、原因究明した際にクリフの種族特性を知ったパーティメンバーはクリフを即日解雇した。
治癒師という攻撃能力を持たないクリフは1人放り出され途方に暮れる。
種族特性も噛み合わず、同じレベル帯の臨時パーティに入ろうにもクリフは魔力切れを起こすので加入できない。
それに解雇――捨てられた事でパーティへの強い忌避感が生まれていた。
だが、ゲームはやめられなかった。
ゲーム内で学べる魔法の知識が面白くてたまらなかったからだ。
クリフは適正レベルよりも低い場所でレベリングをして、魔法書を読む事で稀に発生する魔法知識クエストをこなしていたのだがそんな時にメイメイと出会った。
自分と同じように苦労し、それでもゲームをやめない者。
そんな者達であれば長く付き合えると思って声を掛けたのだ。勿論、メイメイが美少女だったというのもあるが。
そんなメイメイと仲良くなり、特性と噛み合わないタンクというスタイルでありながら、パーティ募集広場とプレイヤーから呼ばれるイシュレウス大聖堂前でメインストーリークエストの臨時パーティ募集をして、人が集まらず待ちぼうけしているイングリットと出会った。
これが3人の出会い。
最底辺、育成失敗、役立たずと言われながらトップまで上り詰めた3人の始まり。
育成失敗キャラクターでありながら様々な工夫とプレイヤースキルでタンクをこなすイングリット。
足りない戦闘ステータスを自分の作り出した武器で埋めて物理アタッカーをこなすメイメイ。
ダンジョン最奥にいるボスには何度も負けたが、トライ&エラーで攻略した。
時には全員金欠に陥ってポーション1個も買えないこともあったが、3人で金策をしてお金を貯めた。
泣いて、悔しがって、笑って、冒険して来た仲間達。
それから転生システムが実装され、イングリットはタンクを極めようと決め、メイメイは技術を追求した。
クリフはパーティに足りない魔法攻撃役を務めようと功魔師に就き、種族特性のデメリットを埋める為に魔力ポーションが作れる薬師も経験した。
魔族側最強、トッププレイヤーの3人と言われるようになっても彼らとの冒険にはドキドキとワクワクに満ち溢れていたのだ。
だからこそクリフは2人を求める。
3人が集まらなければ、冒険は始まらない。
パーティメンバーの2人がこの世界にいないかも、なんてことは微塵も思っていなかった。
(うん。2人と合流しよう)
クリフは大事な仲間2人との出会いを思い出し、絶対に大聖堂で合流できると信じて歩き出した。
-----
「あ、そういえば……」
歩き出して5分程したところで、自分が何も持っていない事に気付く。
倒れていた所には自分の武器である杖は落ちていなかった。
(ウィンドウは表示されなかったけど……インベントリってどうなってるんだろう?)
ここまでゲームのキャラクターが再現され、それに自分の意識があるのだ。
他に何が起きても信じられるくらいには現実感が溢れている。
インベントリは表示されるかな? と心の中で思った瞬間、クリフの目の前には空間の歪みが発生する。
そして魔導師であり、魔導魔眼を持つ彼には見えてしまった。
「これ……魔法だ」
クリフの目には発生した空間の歪みがどう発生したのか、という魔法文字と魔法数字が描かれたモノ――魔法の術式が映っていた。
「時空魔法? いや、でも……なんだこの術式構成」
クリフの目には見た事が無い、既存の魔法術式とは全く違う術式の構成が映っている。
今までクリフが解析してきた魔法はサークル状だが、目の前にあるインベントリの術式はヘキサグラム(六芒星)で構成されていて、図を描いている文字も未知なる文字であった。
「文字も読めないし……解析できない。でも無詠唱で使えるってなんだ? そもそもなんでインベントリって魔法名で使えるんだ?」
魔法というモノは発動する為の術式を詠まなければいけない。
そして、詠む為には術式を知らないといけない。
インベントリ、なんて魔法の術式はゲーム内に無かった。ウィンドウで再現されていたのだから。
「この世界に存在する、用意されている魔法? でもどこから詠唱を読み込んでいる? いや、私が元々知っていた……? あれ? もしかして、この術式の中に無詠唱化の一文が含まれているんじゃ?」
ブツブツ、と考察を始めてしまうクリフ。
彼の考察は1時間程続いた。
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願い致します。




