130 東端の激闘 4
デキソコナイに変身したリョウジに苦戦する貴馬隊に向かってファドナ騎士が突撃を仕掛ける。
ドドド、と大勢の騎士達が地面を蹴る音を立てて空へと舞い上がる土煙の量は、まるで本物の騎馬隊が向かって来るように錯覚させた。
「リュカ達はデキソコナイを追い越してファドナ騎士を足止めしろ! デキソコナイに近づけるな! 乱戦になればこちらが不利だ!」
ユニハルトはファドナ騎士とデキソコナイを分断させる作戦を決行。
人間達とデキソコナイを同時に相手して人間にも穢れの侵食に巻き込もうと考えたが改めたが、デキソコナイを戦場に投入したのは人間達。ならば、何かしらの『穢れ対策』をしているに違いないと予想した。
この予想が当たっているなら魔族と亜人は今以上に不利な状況に陥ってしまう。
「デキソコナイを相手にしているタンクは誘導しながら離れろ!」
リュカを筆頭にデキソコナイを追い越してファドナ騎士へ突撃していった貴馬隊からデキソコナイを遠ざける。
これ以上に被害を抑える作戦は思い浮かばなかった。ユニハルトは加えて『保険』もここで投入する事に。
「黒盾。すまんが手を貸してくれ。使ったアイテムはレギオンが保証する」
ユニハルトの持っていた『保険』はイングリット達だ。嘗てゲーム内ではトップ3を独占していた最強のプレイヤー達。
3人パーティでのダンジョン制覇は数知れず。ダンジョン内で徘徊していたデキソコナイとの戦闘経験も豊富。
PvP専門のレギオンである貴馬隊に所属するメンバーよりも圧倒的にデキソコナイとの戦闘に慣れているのは確かだ。
「はぁ~? 消費アイテムだけ~? 自分達の仕事を全うできないのに~? あれれ~?」
プライドが高いユニハルトが珍しく頭を下げて参戦を求めるが、イングリットはここぞとばかりに煽りまくった。
腕を組み、上から覗き込むようにして頭を下げるユニハルトを見下す。
頭の位置はそこで良いのかな~? 高いんじゃないかな~? と煽り散らすイングリットにユニハルトの体がプルプルと震え続けた。
「な、何が望みだ……」
「思い浮かばないから貸しイチで」
イングリットはお得意の『貸し』を要求。ユニハルトも彼に対する貸しは何事よりも高く付くのは知っている。だが、全滅の恐れもある状況では飲まざるを得ない。
ぐっと奥歯を噛み締めながらユニハルトは承諾し、それを見ていた貴馬隊のメンバーは助け合いという行為を知らない強欲竜にドン引きである。
「相変わらずアイツはひでえ」
「畜生以下だ」
コソコソとしながらもイングリットへ聞こえる声量で文句を言うが、それを気にしないのがイングリットという男。
何事も無かったかのように振る舞いながら、インベントリから大盾を取り出して戦闘準備を終える。
「いつも通りに行く。だが、シャルロッテの呪いは温存しろ」
「分かったのじゃ」
他のパーティメンバーも武器を取り出して頷き、それを見たイングリットは大盾を構えながらデキソコナイへ突撃した。
「オラオラ、どけどけ!!」
イングリットは真正面からデキソコナイへ突っ込み、押さえ込んでいたタンク4名へ叫ぶ。
「きた! メイン盾きた!」
「もう来たのか! はやい!」
「これでかつる!!」
「か、かっこいいタル~!」
デキソコナイに苦戦する4人のタンクはイングリットへスイッチ。
「グオオオオ!!」
デキソコナイは丁度振り上げていた腕を懐に飛び込んできたイングリットへ叩きつけるが、黒い大盾が完全に受け止めた。
受け止めたイングリットを地面に押し潰そうと上から押し込むが、イングリットは足を地面にめり込ませながら耐える。
以前戦ったイソギンチャク型や幻獣王型のデキソコナイよりも力が何倍も強い。だが、イングリットは拮抗して見せた。
拮抗できたのはメイメイがグレードアップした鎧のおかげだろう。全体の稼働率や耐久性が上がった事で、鎧の弱点とも言える関節部の強化がタンクとしての性能を飛躍させる。
「オラアアア!!」
技巧鎧の強化を持って、イングリットはデキソコナイの攻撃を抑えるだけに留まらずに弾き返す。
受け止めている最中に黒いモヤを浴びて穢れ状態になっていたにも拘らず、やってのけるのは流石最強のタンクと言われる所以だろう。
「ヤバイ」
「あいつ頭おかしい」
「皆さんはマネしないで下さい。あんな事が出来るのは頭のイカれた強欲竜だけです」
「か、かっこいいタル~!」
受け止め、弾き返したイングリットを観戦していた貴馬隊のタンク4人や他のメンバー達が感嘆の声を上げた。
「魔導宝玉! エクスプロージョン! パーフェクト・キュア! ヒール! エクスプロージョン!」
デキソコナイのヘイトを一身に受けるイングリットへクリフのフォローが炸裂。
穢れと体力回復を行いながら、攻撃魔法であるエクスプロージョンを連発してデキソコナイの肩にある肉を爆散させる。
「食らうのじゃ!」
シャルロッテもクリフに続く。
メイメイの技巧によってマガジン式の連射機構と属性を任意に選択できる変換機がサイドに取り付けられたクロスボウを構える。
属性を変更する為のメモリを電撃に合わせ、デキソコナイの顔へ的確に属性付与されたクロスボウの矢を何発も撃ち込む。
「グガアア!?」
顔に電撃属性の矢が刺さるとデキソコナイの顔がバリバリと音を立てて稲妻を発生。悲鳴を上げながらヨロヨロと2、3歩たたらを踏んで怯む様子を見せた。
「顔が弱点か!?」
今までの攻撃よりもリアクションが大きい。頭が弱点と推測したメイメイはノックザッパーをバスターソード形態にして、デキソコナイの頭部へ飛んだ。
「ん、にゃあああ!!」
ノックザッパーを横に構えながらデキソコナイの頭へと飛んだメイメイは、横薙ぎにして頭へ強烈な打撃を打ち付ける。
「グギイイイ!!」
頭の肉を陥没させながら悲鳴を上げて、その巨体が地面に沈む。
「グオ、グオオオ……」
地面に倒れ込んだデキソコナイは、まるで痛みを感じているかのように泣き声を上げて苦しむ。
「今だ! 核を探せ!」
今まで対峙してきた大型タイプのデキソコナイにある真の弱点は『核』だ。イングリットが核を探すように叫び、クリフ達は頭付近に核があるのだろうと推測して頭や上半身を重点的に攻撃。
ノックザッパーで叩きつけ、クロスボウの矢を何発も打ち込み、魔法を浴びせ続けた。
「グ、グ……」
倒れ込んだデキソコナイへ攻撃を加え続けるも核は見つからない。
膨れていた肉を削ぎ落とし、爆散させ続けたデキソコナイの体からは赤い血が大量に滴るだけ。だが、動きは鈍くなって既に相手の攻撃は止んでいた。
「核が無いのか……?」
イングリット達は今まで戦ってきたデキソコナイと比べて違和感を覚えた。
イソギンチャク型や幻獣王型は核を破壊しなければ何度も再生していたにも拘らず、目の前にいるデキソコナイは再生しない。
今まで戦ってきた大型のデキソコナイというよりも、十分な攻撃を加えれば倒せる小型の通常タイプのような……。
だが、相手を倒すにはまず攻撃。一旦深く考えるのを止めて再び攻撃を再開するしかない。
「エクスプロージョン!」
クリフの魔法がデキソコナイの右肩に直撃すると、ボトボトと肉が地面に落ちて体の内部にある骨らしき物体が露出した。
それをチャンスと見たメイメイが大鎌形態にチェンジさせながら急接近。相手の真下から飛び上がり、大鎌を振り上げて肩口から右手を切断する。
「ギ、ギギャアアア!?」
デキソコナイは残った腕で切断された肩を抑えるような動作を見せた。
やはり、どこか違う。そんな考えがイングリットの脳内に充満した時、デキソコナイの体から肉がボトボトと落ち始めた。
「体が崩壊してる……?」
悲鳴を上げながら崩れてゆく巨体。肉が落ちて行く体からは黒い煙が立ち上がり、その身がどんどんと小さくなっていった。
徐々に小さくなっていく体はやがて黒い煙に包まれて隠れてしまう。煙に包まれて相手の体が見えなくなっても悲鳴が続き、苦しんでいる様子が耳に届く。
やがて悲鳴が止み、黒い煙が風に攫われて晴れていくと――
そこに立っていたのはデキソコナイに変身する前の人間、異世界の勇者であるリョウジの姿があった。
だが、彼の姿は変身前と元通りとは言えない。
着用していた衣服は無くなり全裸状態。デキソコナイ状態で斬り落とされた右腕は無くなり、血が吹き出したまま。
頭部は髪が無くなって爛れており、矢を受けた眼球は消失。さらに強烈な打撃を受けた頭部は陥没して原型を留めていない。
もう死体と変わらないグロテスクな状態の姿を顕わにした。
醜い姿になってまで勝利を望んだのにも拘らず、何度もデキソコナイと戦って勝利してきたイングリット達には敵わなかった。
リョウジはヨタヨタと歩きながらイングリット達へ手を伸ばす。
「あ、あ……お……れ……」
人間に戻ったリョウジは言葉にならない呟きを残して地面に倒れる。
その後はピクリとも動かずに、その悲惨な人生を終えた。
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「対象の死亡を確認」
「最後は人間に戻る挙動を見せたがダメージは回復せず。やはり、戦闘能力もオリジナルと比べて劣っているように見えた……っと」
ファドナ騎士団側の後方からリョウジの戦いを見ていた聖騎士達はレポート用紙に戦闘模様を書き込み、最後に自分の所感を書き記す。
「これで研究所も納得してくれますかね?」
座りながらレポートを書いていた聖騎士が隣に立つ隊長を見上げた。
「大丈夫じゃないか? それよりも、あの戦っていた異種族に興味がある」
隊長は問いに応えながらも視線は真っ直ぐ正面、戦場に向けて固定していた。
「随分と余裕を持って交戦していたし、あの戦闘能力は……」
リョウジと戦っていた4人の異種族。あれはどこか他と違うと肌で感じる。
特に先陣を切って戦っていた黒い鎧の戦士。彼の大胆な戦いぶりは昔どこかで聞いた事があるような、と己の記憶に引っ掛かる。
「そういえば、異種族はアレをデキソコナイと呼ぶんですね。研究所と似た呼称をするのは偶然でしょうか?」
「確かに。研究者の一部は成り損ないと呼んでいたな。まぁ、デキソコナイって呼ぶのも分からんでもないがな」
人の形を保てず自然に生まれた魔獣とも異なる。生物として、どっちつかずのデキソコナイ。
昇華できず、人としての形を崩した成り損ない。
どちらの呼び方も似たような意味を含み、どちらも正解と言えよう。
「勇者も死亡。ファドナ騎士団も被害多数。我々はどうしますか?」
デキソコナイになったリョウジの死亡を確認した事で、聖騎士達の任務はほぼ終了。
あとはファドナ騎士団と異種族をどうするか、であるが目の前に広がる戦場ではファドナ騎士団が押されている。
既に殺された者も多く、後方に設営したキャンプ地には負傷兵が大量に戻って来ている状況だ。
「手を出すしか無いだろう。異種族共の力を見極めろとも上から言われているんだ」
上層部からの任務は試作品のリンゴに対するレポートと異種族の戦闘能力に関する情報収集。
後方にある神脈に関しては何も言われていないが、これに関しては隊長の独断で守護したい。ファドナ騎士団が押されている以上、自分達が戦場に行くのは確定事項だ。
「2名を残して残りは出撃する。まぁ、何事も無いとは思うが待機している2名は出撃した者が不測の事態に陥った場合、本国へ撤退して情報を伝える事とする」
「了解しました。じゃ、準備してきます」
座っていた聖騎士が立ち上がり、他の仲間へと命令を伝えに行く。
彼の背中を見送った隊長も外していた剣を持ち、戦場へ飛び込む準備を始めた。
読んで下さりありがとうございます。




