129 東端の激闘 3
隊列の先頭に近い物達は口をポカンと開けながら目の前に現れた巨体を見上げる。
彼らの顔にはどれも驚愕の表情が貼り付けられており、目の前にあるモノが元は人間であったなどと、その目でハッキリと目撃したはずなのに信じられないといった様子。
確かに人間が3メートルもの化物に突然変身したら驚くのも無理はない。
デキソコナイという化物がどういったものなのか、どれほど危険なのか、というのを理解している貴馬隊やイングリット達でさえ目の前で起きた事に驚いて動けないでいた。
「人がデキソコナイに……?」
イングリットの隣でデキソコナイへ変身するリョウジの様子を見ていたクリフが呟く。
人間が魔獣になるなど聞いた事がない。そんな現象やスキルなどはゲーム内に存在しなかった。
一部魔族や亜人に獣へ姿を変える種族スキルを持った者はいるが、デキソコナイに変身するなど反則も良いところだろう。
むしろ、あれは変身と言って良いのだろうか。スキルによって変化したのかさえも分からない。
変身後は元に戻れるのか。以前のダンジョンにいたデキソコナイも人間が変身したモノだったのだろうか。デキソコナイを魔獣と呼んで良いのか。
デキソコナイとは一体何なのか。
クリフの脳内で大量の疑問と推測が暴れまわる。
「退避しろ! 退避しろおおおお!!」
我に返ったユニハルトが退避命令を叫んだ。あれがデキソコナイならば、現世の軍人達が敵う相手ではない。
ゲーム内ではプレイヤー死亡率ナンバーワンの最強最悪の魔獣。現世の軍人は勿論の事、貴馬隊ですら死亡者を出す相手だ。
「グオオオオオオ!!」
ユニハルトが退避命令を叫ぶと同時にデキソコナイも雄叫びを上げる。
そして、体からブシュッと黒いモヤを噴出させた。噴出した黒いモヤはデキソコナイの周囲に漂い、風に揺れて先頭付近にいた軍人達へ襲い掛かる。
「ゴホッ、ゴホッ!」
「な、なんダ、これぇ……ゲフッ」
黒いモヤを浴びてしまった軍人達は一斉に咳き込み、悶え苦しむ。
デキソコナイが齎す『穢れ』に侵された軍人の1人は喉を掻き毟り、口からは大量の『黒い泡』をブクブクと出して絶命。
彼に続き他の者達も呼吸困難になりながら口から黒い血を吐き出してその場に倒れた。
「うわ、うわああああ!?」
「退け! 退けえええ!?」
先頭付近にいた仲間が即死したのを見て、慌てて退避する軍人達だったが何名かは逃げ遅れて黒いモヤを浴びてしまう者も。
「タンク2名! スイッチ連携で足止めしろ! 治癒師と攻魔師は詠唱開始!!」
魔王軍とジャハーム軍の軍人が死に行く中、ユニハルトは貴馬隊へ的確に指示を出す。
デキソコナイの対処方法は何より『穢れ』状態になる味方の数を抑える事。穢れ状態になった者が多ければ、その分だけ穢れを祓う治癒師に負担が掛かってしまう。
そうなれば、回復するタイミングの遅れが発生するし、治癒師の魔力が持たない。
タンク2名が交互にヘイトスキルを使用して穢れの侵食を管理しつつ、遠距離攻撃で相手を削るのがスタンダードな戦法だ。
「了解だぜ!」
「俺が後に続く!」
貴馬隊のタンク2名が盾と剣をインベントから取り出しながら飛び出し、攻魔師と治癒師は彼らを見送りながら魔法の詠唱に入る。
「デカブツ! 来いよ!」
先陣を切ったタンクが剣でデキソコナイの足を斬りつけ、注意を向ける。
「グオオオオオッ!」
デキソコナイは太い両手をゆっくりと空へ掲げて素早く地面へ振り下ろす。
攻撃を繰り出す『溜め』はゆっくりとしたものだが、振り下ろすスピードは段違い。風を切るような音を立てながら、巨大で質量のある両手を地面に叩きつけた。
「ぐがっ!?」
デキソコナイの攻撃は凄まじいの一言に尽きる。叩きつけられた地面は衝撃で抉れてクレーターが出来上がる。しかも攻撃と同時に黒いモヤまで噴出するのだ。
受け止めようと盾を構えていたタンクは衝撃で吹き飛ばされてしまう。
「ぐ、ぐぐ……。ヤ、ヤベェ……」
更に攻撃をした際に噴出される黒いモヤの量が多く、攻撃を受け止めようとした瞬間に穢れの侵食が一気に進んでしまった。
吹き飛ばされたタンクは慌てた治癒師による『パーフェクト・キュア』を受けて回復するが、貴馬隊が戦ってきたデキソコナイの中でも最悪中の最悪に入る相手なのは間違いない。
「おい! タンク2枚じゃ足りねえ! グガッ!?」
2人目のタンクが己へ注意を向けて足止めするが彼もデキソコナイの横薙ぎによる攻撃で吹き飛ばされてしまう。
重厚な鎧を纏った防御型のタンクは素早く動けない。相手の攻撃を受け止めながらヘイトスキルを駆使し、後方へ注意が向かないようにするのが仕事だ。
だが、どう見ても2人では抑えきれない。相手の攻撃は早い上に重い。避けようにも避けれず、受ければ強烈な打撃と黒いモヤを浴びてしまう。
「タンクをさらに2人追加する! 魔法はどうか!?」
ユニハルトはタンク役を2名追加投入しながら詠唱中の攻魔師達へ叫んだ。
「いつでも撃てるッ」
「よし、撃てえええええ!」
後方で詠唱を完了させた攻魔師達が一斉に魔法を放つ。
貴馬隊に所属する攻魔師30名が放った攻撃魔法がデキソコナイの体に着弾。
「グオオオオオッ!?」
魔法を受けたデキソコナイはよろめき、纏っていた肉をビチャビチャと地面にぶちまける。
「防御面はそこまででもないか……?」
幸いな事に相手の防御は固くない。これならば何とかなるだろう。そう思っていると――
「突撃ィィィ!!」
デキソコナイの後方からはファドナ騎士達が土煙を巻き上げながら突撃してくる様子が映る。
「まぁ、そうなるよな!?」
デキソコナイに苦戦しているの見て機を逃すような馬鹿はいない。当然、ファドナ騎士達の突撃が始まる。
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時間は少々遡り、リョウジがデキソコナイへと変貌した直後。
人が化け物へと成る様子を見て驚愕していたのは何も魔族と亜人だけではない。
デキソコナイというモノを初めて目にしたファドナ騎士達にも、異形でおぞましい姿に動揺が広がる。
例外なのは聖樹王国からやって来た聖騎士だけだ。彼らは顔色を変えず、デキソコナイになったリョウジを静かに観察していた。
「せ、聖騎士様!! あ、あれは何ですか!?」
ファドナ騎士が聖騎士に慌てて問う。
「あれは勇者様の力ですよ。変身して敵を殲滅しているのです」
聖騎士は冷静かつ真面目な顔で説明。あくまでも実の事は隠し、あれはリョウジの力であると告げた。
説明を受けた後に、チラリと最前線へ視線を向けたファドナ騎士は再び絶句。黒いモヤを浴びた魔族と亜人が悶え苦しみながら死んでいく様子が見えた。
あんな死に方はしたくない。確かに魔族と亜人は憎き敵であるが、その死に様を見ながらファドナ騎士達は素直にそう思った。
「あ、あの黒いモヤを浴びたら我々も死んでしまうのでは……?」
ファドナ騎士は恐る恐る問う。すると、聖騎士は首を振ってそれを否定。
「あれは魔族と亜人にだけ効く毒です。我々には効かない」
「そ、そうでしたか」
ファドナ騎士は黒いモヤが自分達に効果が無いと知るとホッと胸を撫で下ろした。
「ところで、君達は何をしているんですか?」
「え、え?」
睨みつけるような視線を向ける聖騎士の問いにファドナ騎士は一瞬たじろぐ。
「前線で勇者様が異種族を倒してくれているのですよ。貴方達は何をしているのですか?」
さっさと突っ込んで敵を倒せ。直接的ではないが、聖騎士の口からはそう言っているように取れる言葉が飛び出す。
するとファドナ騎士は体をビクリと震わせた後に「申し訳ありませんッ!」と謝罪。
「ファ、ファドナ騎士団! 怯んでいる今がチャンスだ! 突撃するぞ!!」
未だデキソコナイと黒いモヤにビクつき、動揺の残るファドナ騎士団であったが主国からやって来た聖騎士の意向には逆らえない。
何とか震える体に活を入れて、デキソコナイと戦闘する異種族へ突撃して行った。
「全く。どいつもこいつも……」
聖騎士の隊長は溜息を零しながら「やれやれ」と首を振る。
すると、背後に控えていた別の聖騎士が歩み寄って口を開く。
「隊長。変化に関するデータは纏めました。戦闘力については観察中です」
「研究所からは、なるべく詳細なデータを得るよう言われている。我々はしばらくデータ収集に努めよう」
「分かりました。しかし、いつ見てもキモイですね」
2人の聖騎士は最前線で暴れまわる生物兵器へ視線を向けた。
「まぁ、試作品というのもあるとは思うが……。それでも、異世界人は我々とは違って劣等種なのは確かだろう」
「そうですね。精々、研究材料として働いてもらいましょう」
聖騎士達は暴れまわるリョウジを観察し、雑談しながら合間にメモ帳へ何やら書き記していた。
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