128 東端の激闘 2 (変貌)
「ちくしょう……! ちくしょう……! なんで、なんで……!」
イングリットの腹パン一撃で戦意喪失したリョウジはファドナ騎士に救助された後、騎士団が集まっていた旧聖樹王国軍事施設へ搬送された。
簡易的なベッドに横になりながらファドナの治癒師によって折れた骨の治療を受けたが、痛みが引かない。
ベッドの上で悶え苦しんでいると彼の耳にはファドナ騎士達の話し声が届く。
「知ってるか。勇者リョウジは一撃で負けたらしいぞ」
戦場で見せた彼の無様な姿はリョウジを連れて戻ったファドナ騎士から聖騎士へ伝わり、聖騎士が意図的に施設で待機するファドナ騎士へと遠回しに伝えられる。
するとファドナ騎士達の感情は彼に対して一斉に懐疑的な方向へ傾き始めた。
「本当に勇者なのか?」
「俺達よりも弱いんじゃないか?」
「本当にあの聖樹王国の者なのか?」
聖樹王国と言えば百戦錬磨一騎当千を現実にする最強揃いの化物集団。自分達が主として崇める国から派遣された勇者がまさか自分達よりも弱いなどあり得ない。いや、認めたくないといった心情が揺れる。
リョウジもリョウジでつい6時間前まで「最強の勇者」「異世界からの使者」「救世主」などと煽てられてきた。
しかしながら、今は180度変わってしまい煽てていたファドナ騎士達もヒソヒソと話す姿を見せている。この変貌に対し、彼が受けたショックは計り知れないモノとなったのだろう。
加えて聖樹王国に留まっているユウキの存在。
彼は自分よりも多くの属性魔法を使えて剣術の腕も立つ。模擬戦ではユウキに勝つ事が出来なかったリョウジは彼に対して大きなコンプレックスを抱いていた。
元の世界では喧嘩が強く、自分に対して歯向かう同年代の者などほとんどいなかった。
当時からクラスメイトからはユウキはリョウジとは別世界の住人のような存在で、クラスのリーダーだ。光と影、警察とギャング。そんな対照的な2人は常に教師からも比べられていたのだ。
憎き魔族から受けた傷を治療されても尚、痛む腹を手で押さえながらリョウジの心に疑問が生まれる。
「俺は弱いのか?」
「俺はここで死ぬのか? 捨て駒だったのか?」
まさか、自分は死んでも良い存在で誰からも優秀と評価されるユウキの方が重要視されていて、大切なユウキは戦場に出さず死んでも良い自分が連れて来られたのではないか。
そんな負の感情が生まれ、それを必死に否定しながら自己を保っていた。
「クソッ! クソッ!!」
ファドナ騎士達が自分に向ける感情、そして自分の中に渦巻く感情。
そして自分が想像していた輝かしい未来とは全く違う現実。
リョウジは奥歯をギリリと噛み締めながら「違う、違う」と呟き続ける。
「リョウジ殿。お加減は如何ですかな」
そんな彼の元にやって来たのは聖騎士の隊長。彼はリョウジが横になるベッドの脇にあった椅子に腰掛けるとニコリと笑った。
「悔しいですか?」
リョウジの心を抉るような鋭い一言。
悔しいに決まっている、とは口にしないが奥歯を噛み締めながらリョウジは彼を睨み付けた。
「貴方は勇者として覚醒したばかり。仕方がありません」
目の前にいる聖騎士の隊長は慰めの言葉を口にするが、彼がリョウジへ向ける視線はどこか見下したようなモノだ。
お前も俺を見下すのか。そんな言葉がリョウジの喉元まで迫り上がって来た時、聖騎士の隊長は手に持っていた小箱をベッドの上に乗せた。
「しかし、これを使えば貴方は更に勇者としての力を覚醒させるでしょう」
パカ、と蓋を開けた箱の中身は『薄緑色のリンゴ』だ。
「これは聖樹の実と言いまして、神であり父である聖樹に実った果実です。これを食せば大いなる力が手に入る。我らの祖先はこの実を聖樹から賜り、食した事で魔族を撃退したと言われております」
聖騎士の隊長はリンゴを箱から取り出し、リョウジの目の前へ見せ付けるように運ぶ。
「こ、これを食えば……。俺は魔族に勝てるのか?」
リョウジは目の前に差し出されたリンゴに対し、疑問や不信感を抱くといった事は無かった。
むしろ、折れかかった彼の心は聖騎士の告げる『誘惑』に耐えられるはずがない。
「ええ。間違いなく」
彼は満面の笑みを浮かべながらリンゴを手渡した。
リンゴを受け取ったリョウジの視線は1、2度リンゴと聖騎士の顔の間を行ったり来たりさせて……遂に薄緑色の果実に齧り付く。
シャク、シャクと夢中でリンゴを食べるリョウジ。そして、彼を見ながら笑う聖騎士。
彼がリンゴを完食すると、聖騎士は再びニンマリと笑う。
「さぁ。魔族を倒しに参りましょう」
その言葉を聞いたのを最後にリョウジの視界は暗転した。
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勇者リョウジとファドナ騎士を撃退したイングリット達は翌日になってから再び進軍を開始。目指すはクエスト目的地だ。
だが、先行偵察組からクエスト目的地と思われる場所に人間達が陣取っていると情報が入った。
「この先に施設っぽい場所があった。恐らくそこがクエスト目的地だろう」
「周辺に建造物は無かった。人間共が待ち受けているし、人間にとって重要な施設なんじゃねえか?」
「施設の建築物はそれほど高くない。精々、2階建てだろう。地下があるかは不明」
先行組から齎された内容から目的地は人間達が陣取っている場所で間違いないだろう、とイングリットとユニハルトは判断を下す。
だが問題は目的地に人間達がいる事だ。誰がどう考えても目的地で人間との戦闘が発生する。
ユニハルトは戦闘にイングリット達も参加して欲しいと思うが、彼らがクエストを優先したいのは聞かないでも分かる事。
ここまで魔獣退治や他にも雑事を手伝ってくれた事もあり、敵を排除するまで待ってくれとは言い辛い。
「私達が戦闘している間にお前達は施設へ突入しろ。クエストクリアまでに外を掃除しておくが、施設内にいる敵及び、追跡された敵まで討つのは無理だ」
ユニハルトは最大限譲歩してイングリット達へ提案した。
先行組の情報では待ち受ける人間の数は1万以上。
今の戦力ではイングリット達が施設内へ向かうのを護衛しながら戦い、彼らが戻って来るまで持ち堪える。もしくは殲滅を完了させるには貴馬隊全員を使わなければ不可能だ。
施設内部にいる敵やイングリット達を妨害しようと追って行く者達まで追いかけるのは少々無理がある。
イングリットもユニハルトの心情は理解している。彼の提案に頷き、突入作戦は決定された。
そして、イングリット達は目的地付近まで接近。これまで敵の妨害は無く、敵は目的地を守護しながら戦う気であると推測。
敵の待つ施設が視界に入る位置まで進軍すると、見た事ある光景がイングリット達の瞳に飛び込んだ。
それは先日見た光景と同じく1人の青年が先頭に立ち、背には大量の人間が控えている光景だ。
「またアイツか?」
立っている青年には全員見覚えがある。イングリットの一撃で吹き飛び泣き喚いていた人物、勇者リョウジ。
だが、少々様子がおかしい。
先日では堂々と立っていた青年は猫背になり、体がピクピクと痙攣している。更には口の端から泡を吹き出し、目は虚ろ。
「おれは、サイキョう……。オレ、は、さい、キョ……ウ……」
何やらブツブツと呟きながら、どう考えても戦える状況には見えない。
「何だアイツ? またイングリット様にやられたいのか?」
「どうせ一撃でやられるんだろ?」
先日の無様な姿を特等席で見ていた魔族の軍人はリョウジの姿を見て笑いながら槍の先を向ける。
「わら、ウンじゃ、ネエ……。ワラウンジャネエエエエエエ!!!」
が、魔族の笑い声が聞こえたのを切っ掛けにリョウジは天に向かって吼えた。
突然大声で吼えたリョウジに視線を向けていると、彼の体に変化が訪れる。
バキ、バキと体の中から音が鳴り始め、着衣を引き裂きながら彼の体が膨れ上がっていく。
「ギイイイ、ギャギアイイイイイ!!」
最早人の声とは言い難い、耳の鼓膜をつんざくような鳴き声を上げながらソレは誕生する。
人の形は二足歩行という点で辛うじて留まるが、肥大化した赤黒い肉で大きくなった足は人のモノには見えず。
二本の腕は地面に着くほど伸びながらもハンマーのように肉が肥大化しながら、肉からは鋭利な骨がトゲのように飛び出す。
リョウジの頭部はぐちゃぐちゃに変形し、髪の毛が無くなって赤黒い皮膚が露出。瞳は垂れ下がった瞼の肉で覆われて大きな口からはサメのような鋭利な歯がビッシリと生えている。
そして何より、3メートルほどの巨体になった彼の体からは黒いモヤが噴出していた。
そう、彼は――
「デキソコナイになっただと……!?」
ユニハルトは人間が最強の魔獣たる『デキソコナイ』に変化した事へ目を見開きながら驚く。
驚いたのは彼だけではなく、デキソコナイを知るプレイヤー達全員が例外無く驚愕に染まった。
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