127 東端の激闘 1 (勇者出撃)
「どうやら、連合軍は東側に移動しているようです」
偵察からファドナ騎士が帰ってくると駐屯地の指令室にある地図に、動き始めた魔族亜人連合の進行ルートを指で示す。
魔族・亜人による連合軍は真っ直ぐ北上せず、やや迂回しながらやって来るようだ。
「2手に分かれて挟撃するつもりか?」
「どうでしょう。今はまだ部隊を分けてはいないようですが」
まだ距離がある為、連合軍の動きから相手の策を予想するのは難しい。
しかし、駐屯地の周りは平地で自然的な驚異や守りは一切無い。この駐屯地も壁で囲われているが、対魔法処理は施されておらず篭城戦は不利になる。
相手の動きを見ながら正面に騎士団を展開してやり合う、昔ながらのスタイルで一当てするのがセオリーだろう。
それで相手を殲滅・撤退させられれば良し。相手が手強く負傷者が出ても後方にある駐屯地へ戻して回復させれば良し。
最悪の場合は持久戦に持ち込めば相手は不利になるし、何より自分達側には勇者と聖騎士がいるのだ。負ける事などありはしない、とファドナの指揮官は冷静を保っていた。
「東側……」
聖騎士の隊長は報告を受けながら地図を睨む。
相手が東へ向かうのは何か理由があるはずだ、と駐屯地周辺を探していると1つそれらしきモノを見つける。
「戦後に封鎖された軍事施設か」
それは駐屯地から東、大陸の最東端に神話戦争時代に建設された聖樹王国の軍事施設だ。
既に閉鎖されているが、そこは当時人間達がジャハーム攻略の足掛かりとして使っていた場所。補給の要でもあったし、捕らえた異種族を北へ移送させるための収容所としても兼ねていた。
そして何より、聖樹王国が毒の沼地である大陸で活動する為の『加護』を受ける場所。
今の人間達には必要無いが、当時はそこで主である聖樹の加護を受けないと戦えない状況にあったと神話戦争で生き延びた祖父が話をしていたのを思い出した。
加えて、その加護を受けられる軍事施設は神脈と呼ばれるこの世界の重要な要素の上に建設されたはず。
「なるほど……」
聖騎士の隊長は魔族と亜人が強くなった、という噂に合点がいく。ヤツ等は神脈から力を得ているのだろう、と。
既に聖樹王国の上層部や騎士団長には神脈を一部解放させて王種族を炙りだす、というプランは伝わっていたが末端には知らされていない。
大神脈を解放されなければ大した事は無いという『主』の考えもと、小神脈は重要視されていないのも事実。だが、嘘か誠か異種族達は下級民でも手に余る程の強さになってしまった。
このまま放置すれば、今後は聖樹王国で暮らす自分達が戦闘をしなければならなくなる。それは避けたい。
誉れ高い聖騎士であろうと面倒事は下級民と汚いエルフに任せ、自分達は豊かな国内で悠々自適に暮らしたいと考える者が多い。
異種族を本来の強さまで引き上げ、生贄にしたい聖樹と考えは食い違う。が、今回の派兵で『神脈を放棄せよ』とは命令されていない。
(上には戦闘地が偶然重なったと言えば良いか……)
下級民であるファドナが聖樹王国に報告するような事はあり得ない。よって、自分達の輝かしい未来のために独断で決行しても構わないだろう。
だが、ここで悪知恵の回る人間は更に良い事を思いついた。
(勇者のせいにすれば良いか)
勇者を先行させて一当てし、軍事施設周辺に騎士団を展開させよう。隊長の脳内で今後の方針が決まる。
「よし、では我々は東に向かう」
聖騎士の隊長はファドナ騎士へ命令を下し、ファドナ騎士団と共に車で東へ向かった。
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最東端にあるクエスト目的地を目指して進むイングリット達。
既に周りには大軍を隠すようなものは何も無く、姿を完全に晒しながらの大移動。地図上では目的地まであと半日もあれば辿り着く距離まで迫っていた。
「既に捕捉されていると思うが、足止めも一切無いな」
これだけ目立つ移動をしているというのに、相手の姿は見られない。何かしらの妨害があると予想していたユニハルトは少々不満気に呟いた。
「目的地で待ち伏せしてるんじゃねえか?」
隣を歩くイングリットが呟きに答えるとユニハルトは頷く。
そろそろ何らかの目印か、待ち伏せする人間達が見えてもおかしくはないだろう、と2人が予想していると案の定、人間達は現れた。
進軍するイングリット達の耳には人間達の使うトラックの走る音が届く。音はまだ遠くにあるが、恐らくこの先で人間達が展開しているだろう。
「警戒しながら進む!」
ユニハルトは警戒態勢を指示。
遮蔽物が無い平地で魔法による奇襲を受ければ貴馬隊やイングリット達ならともかく、魔王軍とジャハーム軍はひとたまりもない。
複数の付与師による対魔法バリアの展開準備を済ませた後に、探知魔法を十分に発動させながら進軍を続けると――
「ノコノコとやって来たか。魔族共め! この俺が来たからには――」
ファドナ騎士を背に引き連れ、先頭に立つ一人の青年。異世界から召喚された勇者であるリョウジがイングリット達を待ち受けていた。
リョウジは普通っぽい軽装を着用し、普通っぽい剣を鞘から抜いて構えながら何やら叫ぶ。
「ありゃなんだ」
「わからん」
ユニハルトとイングリットは首を捻る。人間の兵を背にして1人先頭に立つ青年はとても不審に映った。
しかし、ユニハルトがハッとなる。
「1人で先頭に立つ……。まさか、あいつはゲーム内の人間と同等の力を持っているんじゃ?」
ユニハルトの言葉にイングリットは目を見開いて顔を向けた。
「ありえる! 人間お得意の開幕大魔法か!?」
開幕に大魔法をぶち込んで大軍を散らすというのはベターな戦法だ。
ゲーム内と同等の強さを持った人間ならば大魔法を撃ち込んだ後に、怯んだ大軍に向かって単身剣で突っ込んできてもおかしくはない。
今までの人間が弱すぎた。イングリット達は自分達が油断していた事に舌打ちした。
気を引き締め直して先頭に立つ青年を見れば、彼の片手には炎の弾が発射準備状態になっているじゃないか。
「黒盾!!」
「クソッ! 間に合ええええ!!」
イングリットはインベントリから大盾を取り出しながら走る。
目指すは軍の先頭。人間の放つ大魔法を1人で受けようという考えだ。本来の目標であるクエスト目的地まで体力は温存しておきたかったが、軍が壊滅してしまうかもしれない状況ではそうも言ってられない。
地面に足がめり込むくらいに強く踏み出し、全速力で駆ける!
「食らいやがれえええ!!」
「うおおおお!!」
メラメラと燃える炎の弾は先頭にいた魔王軍の軍人目掛けて発射されたが、間一髪でイングリットが間に合い、体と大盾を魔法と軍人の間へ捻じ込む。
大盾に当たった炎の弾は『ボンッ!』と着弾音を鳴らして爆発。大盾は木っ端微塵に吹き飛び……はしなかった。
めちゃくちゃ腰を落として防御体勢をとったのに着弾の衝撃で吹き飛ぶ事もなく、大盾が破損するかもしれないと思ったが傷も焦げ跡も付かず、着弾した箇所から細い煙がプスプスと空に昇っていくだけ。
「…………」
相手の気合の入れよう、イングリットの必死さ。それらに見合わない結果に戦場には静寂が訪れる。
「大丈夫ですか?」
「うん」
先頭にいてイングリットに助けられた軍人が彼の背後から見兼ねて声をかけると、イングリットは振り向いて頷いた。
「しょぼwwww」
「大魔法とか言ったやつ誰wwwww」
静寂から一転し、ついに堪え切れなくなった貴馬隊から笑い声が溢れ出る。
彼らの笑い声を聞いて、必死になっていたイングリットも兜の中で顔を赤くしてしまった。
だが、一番精神的なダメージを受けているのはイングリットではなくリョウジだ。敵に笑われてしまって体をプルプルと震わせながら顔をトマトみたいに真っ赤にしているじゃないか。
「ま、魔法は得意じゃねえ。剣でぶっ殺してやる!」
言い訳を呟いたあと、リョウジは剣を構えて突撃。
ウオオオオオ! と雄叫びを上げながら素人丸出しの上段構えでイングリットへ走る。
「ダリャアア!!」
上段構えの剣をイングリットが軽く構えた大盾へ振り下ろす。
大盾を両断する事も傷すらも付ける事ができずに『キン』と甲高い音を鳴らして剣の刃が折れ飛んでいった。
まさか1撃で刃が折れるとは思わなかったリョウジは驚きで固まる。
「うそだろ……」
リョウジは思わず呟いてしまったが、そう言いたいのはむしろイングリットだ。
ゲーム内と同等の相手かと思いきや、今まで相手にしていたファドナ騎士よりもお粗末。ゲーム内にいた人間農民以下のお遊戯会レベルである。
何でこんなヤツに必死になったんだろう。そう思うイングリットの心中にだんだんと怒りの炎が立ち込めてきた。
「フンッ!」
「おぼォ!?」
固まっているリョウジの腹にイングリットはボディブローをぶち込む。
篭手越しにも分かる、相手の肋骨が粉砕された感触。リョウジは悲鳴を上げながら後方へ吹き飛んで地面に転がった。
「い、いでえ……。いでぇよぉ……」
地面に転がったリョウジは腹を押さえながら悶え苦しみ、胃の中身をぶちまける。
「ゆ、勇者様!!」
控えていたファドナ騎士が慌ててリョウジを回収し、後方にいるファドナ騎士の中へと紛れていく。
「クソ! 全軍突撃!」
リョウジを連れた騎士が群衆の中へ消えた後に、ファドナ騎士団の後方から遅れて突撃命令が下された。
「あと、頼むわ……」
「は、はい」
ある意味疲れたイングリットは魔族の軍人へそう言い残して後ろへ下がる。
その後、ファドナ騎士団と連合軍が衝突したがファドナ騎士側が2割ほど減ったところで撤退していった。
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