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125 北東進軍 6(東端へ)


 補給地へ派手な魔法攻撃を与えた時間は30分程度だっただろうか。


 補給地という名の村には何も残っていない。柵の中で活き活きと育っていた作物も、人間達が作った家屋も、騎士が駐留する為に使う兵舎も、何一つ残っていない。


 補給地を囲む柵の内側はまっさらの更地になり、炎魔法によって中にいた人間達ごと黒く焼け焦げた地面や、風魔法によって抉り取られた地面が激しい爪痕として刻まれる。


「勝ったんだなぁ」


「一方的だったなぁ」


 大地は悲惨という言葉に尽きる状態でありながら、少し視線を上に向ければ雲一つ無い晴天が広がる。そのギャップが尚更王種族達の行った殲滅戦の凄まじさを魔王軍の軍人達へ強く印象付けた。


 と言っても軍人達は王種族の容赦の無さに恐怖や憂いを抱いている訳ではない。今までは逆の立場だったのもあってか、魔法によって圧殺された人間達への情などは皆無。


 1つ前に攻略した駐屯地では死体に唾を吐きかけ、蹴りを入れるくらいには恨みを抱いている。


 このまま彼らに着いて行けば北東の地を取り戻すのは確実だろうという、完全勝利への期待が大きくなっていた。


「全軍、東へ移動する。ジャハーム領土内へ赴き、ジャハーム北砦の兵と合流するぞ」


 一先ず最優先攻略地は残り1箇所。ジャハーム北に位置する敵の駐屯地を落とせば最低限の戦果は得られる。


 ジャハーム北の駐屯地を落とせば今後はジャハーム軍の援護も手厚くなり、防衛も侵攻も少しはマシになるだろう。


「ジャハーム軍と合流したらお前達の目的地へ向かう。援護はいるか?」


「現地を見てみないと何とも言えないな。人間達が待ち構えていても、レベルの低い相手なら俺達だけでも余裕だろう」


 東へ向かっている最中、ユニハルトがイングリットと打ち合わせを始めた。


 ユニハルトの言う通り、今後の予定としてはジャハーム軍との合流を済ませた後に北上。その道中にあるイングリット達のクエスト目的地を通過する予定だ。


 そこでイングリット達は一旦別れ、クエストの攻略を行う手筈となっていた。


 進軍行程の確認後、2人の間で話題となったのはやはり人間の強さについて。


「一般兵だから弱いのか、それとも強いのは一部だけなのか。全く分からん」


 駐屯地を攻略しているうちに人間の強さの幅が見えるかもしれない、という予想は見事に裏切られた。


 3箇所も順調に攻略できてしまい、逆に人間に対しての対応がより分からなくなってしまう。


「確かにゲーム内と差がありすぎる。あっちでは人間1人に5人はぶっ殺されてたんだぞ。今までとは逆だ」


 ゲーム内に存在していた人間の強さとは、基本として人間1人に対し魔族・亜人が2人で仕掛けなければやられてしまう。


 更に人間の持つ永続バフである『群れる力』という人間が戦場にいればいるほどパラメータが増加されるバフが加わり、最終的には人間1人に対して魔族・亜人が5人居なければ敵わないレベルまで強さが上昇。


 アンシエイル・オンラインは人間とエルフ贔屓の調整をしていると魔族・亜人から文句を言われる所以は、この『群れる力』が一番の原因である。


 だが、現状ではどう考えても『群れる力』が発動している様子はない。ゲーム内でのパワーバランスが逆転したのかと思ってしまうくらいで、貴馬隊メンバー1人で連続キルを取れるくらいだ。明らかに弱すぎる。


「勇者はどうだ? 専用武器を持った勇者なら流石に強いはずでは?」


「勇者ともソロで戦ったが、確かに苦戦はする。でも、ゲーム内と同じかと言われれば違う気がするんだが……」


 現実世界へ転送されて魔王国へ向かう道中にイングリットが戦った勇者は確かに強かった。


 ストックしているポーションを何本も飲んだし、気を抜けばカチコチタンクであるイングリットでさえ瞬殺されてしまうレベルだ。


 しかし、どこかゲーム内で対峙した『勇者』とは少し違う気がするのも事実。対峙した際に感じられる、プレッシャーが弱かったように思えた。

 

「まぁ、戦ってから時間が経っているしな。今はそう思うだけかもしれん」


 時間が経過した事でイングリットが当時感じていた感覚が薄らいでいるのも否定できない。


 ともあれ、人間の強さに関しては現状で何度議論しても結論が出ない話題だ。


 油断はせず、策を整え、臨機応変に。一番難しい要求であるが、これを成さなければ大陸戦争で勝つ事は不可能。


 指揮官であるユニハルトは改めて気を引き締めながら進軍を続けた。



-----



 ジャハーム軍との合流地点へは、補給地から東へ5日間の大移動を伴う。


 当然、道中では補給地の惨状を見てイングリット達を追いかけてきた人間達との戦闘が何度も発生した。


 だが追いかけて来たファドナ騎士達も例に漏れず、貴馬隊数名で対処できるほどの強さ。大軍での移動という目立ちながら5日も要する移動は比較的スムーズに行えたと言えよう。


 予定通りの移動日数でジャハーム領土内へと移動を果たしたイングリット達は、無事にジャハーム軍の偵察部隊と合流を果たす。


「お待ちしておりました! これより本隊へと案内致します!」


 偵察兼案内役としてジャハーム北西へ先行していた者と出会うと、彼の案内に従ってジャハーム軍本隊のもとへ。


 本隊はジャハーム北にある砦から10キロほど北上した位置にある、ジャハーム領土内とファドナ領土の境目にある森の中に潜んでいると言う。


 半日の移動後に合流した本隊の指揮官はジャハーム3氏族族長の1人、オセロメー族の長。 


 彼は軽装を纏い、手には鉤ツメ型の小手を装着。オセロメーという種族特性を活かし、スピードとパワーで相手を翻弄する戦い方を行うのは簡単に推測できた。


「ユニハルト殿、イングリット殿。ご無沙汰しております。本隊の指揮は私、ヤックスが執っております。以降、指揮権は全てユニハルト殿へお渡し致します」


「承知した」


 オセロメーの族長、ヤックスはユニハルトへジャハーム軍の指揮権を引き渡す。これでユニハルトは2国の軍を指揮する総司令へ。


「おい、一番くたばるヤツが総司令って大丈夫かよ」


「次の命令系統を確認しとけ」


「駄馬が死んだらセレネが総司令だ。問題ねぇ」


 身内からは何とも酷い言われようであるが、事実相手の攻撃が掠りでもしたらユニハルトは絶命するだろう。


 特にゲーム内と同等の力を持った人間が相手で、群れる力が最大限発動していたらデコピン一撃で死ぬ可能性がある。


 軍全体の指揮を管理する総司令がデコピン一撃で死亡したら、その後の軍がどうなるかなど想像するに容易い。貴馬隊のメンバーは念入りな指揮系統の確認を各自行った。


「さて、諸君。夜が明けたら私達は北上してファドナ領土内へ侵攻だ。明日は激戦が予想される。今宵は体を休めながら食事を楽しめ」


 魔王軍は度重なる戦闘と移動で負った疲労の回復、ジャハーム軍は初の侵攻戦への緊張緩和。どちらも友好国国内にいる今宵がリラックスしながら休める最後の日となるだろう。 


 貴馬隊は冒険者組合食堂でワンダフルが作った料理をインベントリから取り出し、皆へ振舞う。便利なインベントリから取り出された食事は出来たてホヤホヤの温かさをキープしており、両軍の軍人に笑顔を浮かばせた。


「ううむ。何と美味い料理なんだ。これはジャハームに早く冒険者組合を設立して頂きたくなりますな」


 冒険者飯を初めて食べたヤックスも料理の美味さに唸る。


「今回の戦争で勝てば領土内の安定化が図れると魔王は考えている。勝てばジャハームで冒険者組合を設立する予定も早まるかもしれないな」


「では、民の為のも尚更勝たねばなりませぬな」

 

 ユニハルトとヤックスは酒の入った杯を持って掲げてから一気に煽った。


 果たしてこの先にあるのは完全なる勝利か、それとも……。

 


読んで下さりありがとうございます。

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