121 北東進軍 2(1箇所目奇襲)
旧アルベルト領地、現ファドナ皇国領土へ進軍したイングリット達の行程は順調そのものであった。
基本的には探知魔法を使用できる者が周囲を探知しつつ、潜伏系スキルを使える盗賊や暗殺者が影に潜みながら先行して偵察。
先行組が敵を見つけ次第、囲んで奇襲しながら潜伏組からやや遅れて先行する戦士系の部隊が援護するという作戦だ。
奇襲が失敗、もしくは逃げられて後方にある駐屯地へ情報を持ち帰られてしまったら仕方なし。そんな気構えで進軍を続けていたのだが――
「人間が弱い?」
「うん。ほとんどワンパン」
クリフは貴馬隊の先行組に所属する暗殺者であるバンシー族の美女と話をしていた。
敵の駐屯地まであと1日、といった場所にある山の麓で夜を明かす事にした一行。
麓に生えている木々に輸送用の馬車を隠し、捕捉される恐れがあるため火はなるべく使わずにキャンプを開始。
クリフは休憩を取るべく交代要員とバトンタッチした彼女に声を掛けて先行している様子を聞き出すと、彼女の口から飛び出した答えは『人間が弱い』という感想だった。
「クリフも前に戦ってたでしょ? 魔法一撃で死んじゃう。魔法だからかな? って思ってたけど、私のナイフでも一撃で死んじゃう」
バンシーの美女は全身黒ずくめの衣から覗く真っ白な肌に微かに届く月の光を浴びせながら溜息を吐き出した。
「私の泣き声も必要無いし、用意した毒も使わない……」
バンシーの美女は残念そうに顔を伏せると長い黒い前髪がはらりと垂れて、より悲しい様子を増幅させる。
「良い事じゃないの?」
「使用できる毒やスキルを使って強敵を一撃で殺して離脱……。私はそんなカッコイイ暗殺者になりたい……」
消耗品を温存できるのは良い事。クリフはそう思っていたが、大いなる理想を持つ彼女にとっては違ったようだ。
「話を戻すけど、確かに弱いとは思う。けど、ゲームの中にも弱い人間はいたよね?」
「うん。いたけど、それは一般人や農民ぽいNPCだけ。ちゃんと装備を装着している人間はどれも強かった。少なくとも私がバフ盛り盛りで攻撃しても一撃では倒せないくらいには」
進軍中に戦った人間達はどれも彼女の言う『NPC』と同等かそれより少し強いくらいのレベルだと言う。
「将校レベルなら、君が言うくらいに強いんじゃない?」
「そうかなぁ」
この会話から7時間後、クリフは彼女との会話内容を思い出しながら目の前で破壊される駐屯地を見て呟いた。
「確かに弱い」
クリフの目の前には潜伏組の破壊工作を受けて、混乱したところを貴馬隊の精鋭部隊に突撃を許してしまった光景が広がっていた。
確かに弱い。魔法攻撃で人間を灰に変えた当時は思わなかったが、改めて客観的に戦闘風景を眺めて見ると人間達は明らかに弱い。
ゲーム内に存在していた初心者人間プレイヤーでももう少し強い。むしろ、奇襲が成功したと言えど貴馬隊の被害がゼロというのがおかしい。
「ま、魔族めェー! ぐえええ!」
「や、やめぎゃあああ!」
駐屯地内にあった武器庫を土魔法で地面の中に沈められてしまい、満足に準備もできないまま蹂躙される人間達。
血に飢えた貴馬隊は自慢の武器を手に次々と人間を斬り、刺し、潰す。
「よわwwww」
「クソ雑魚では?」
もはや戦争や戦闘とも呼べない、完全なる虐殺。貴馬隊はここぞとばかりにキルを量産した。
「憎き人間め! 同胞の無念を思い知れ!!」
彼らの奮闘に乗じて魔王軍に所属する軍人達も雄叫びを上げながら人間へ剣を振り下ろす。
今までの雪辱、親しい者が殺された恨み、駐屯地で慰み者とされて殺された同胞の無念を晴らすべく負の感情が各々の武器に篭る。
「わ、我々は一般人で――」
「人間、死すべし!」
駐屯地攻撃に加わった者達の刃は、逃げ隠れる兵士以外の人間にも及ぶ。
「お願いします! 子供だけは!」
人間の女性がまだ小さな愛すべき子供を胸に抱きしめ、泣きながら自分を見下ろす魔王軍の軍人へ懇願する。
「お前は魔族がそう言って許したのか? あそこで死んでいる魔族はどう見ても母親とその子供だろうが!!」
老若男女問わず、駐屯地にいる人間は全て皆殺し。中には小さな子供もいたが、斬るのを躊躇う者は誰一人としていなかった。
この世界の戦争に条約や規定など一切ありはしない。一方の種が全滅するまで続く、ルール無用の殺し合いだ。
「おい! 偉そうなコイツは殺さずに残しておけ! 次の駐屯地の情報を聞き出す!」
「き、貴様! 私を誰だと思っている!」
貴馬隊メンバーの1人が無力化した将校クラスのファドナ騎士を魔王軍の軍人の前まで連れてくると、腰を蹴飛ばして差し出した。
「ハッ! 分かりました! 大人しくろ! この! この!」
腰を蹴られた将校は顔面から地面へと突っ込み、悶えた後に顔中土塗れにしながら吼えるが軍人数名に取り押さえられて再び身動きが取れなくなった。
殺さないように、と言われた軍人達は命令通り彼を殺さない。だが、駐屯地に滞在していた将校となれば同胞殺しを指示していた元凶だ。
軍人達は地面に転がった将校の脇腹や足を蹴り、敵将校の反抗心をズタズタに引き裂く。
その様子を見ていたユニハルトとレガドのもとに、周囲に潜む魔獣を警戒していたイングリットが近づいて来た。
「終わったか?」
「ああ。魔獣はどうだ?」
イングリットの問いにユニハルトが顔を向けずに応えた。
「魔獣共は俺達の人数に気付いて近づいて来ないようだ」
確かに魔獣の気配はクリフの探知魔法で見つけたが、魔獣も馬鹿じゃないようで1万いる軍勢を襲おうとは思わなかったようだ。
「そうか」
ユニハルトが短く返事を返すと、数秒間の沈黙が訪れた後に再びイングリットが口を開いた。
「次も奇襲で仕掛けるのか?」
「勿論だ。だが、別の駐屯地と連絡は取り合っているはず。それが無いとなれば、馬鹿な人間も流石に気付くだろう。次の駐屯地までは最速で行く」
別の駐屯地や後方にある補給地が気付く前に、もう1箇所は落としておきたいとユニハルトは考えていた。
2箇所の駐屯地を落としておけば、気付かれた状態であっても補給地攻略は可能なはず。補給地まで落とせれば戦果は上々と言えよう。
「ジャハームの北には必ず行けよ。忘れてないよな?」
「忘れていない。この後、5000の軍人が砦に引き返すがハーピー部隊と連絡を取りながら、戻った軍人達を使って補給物資も輸送させる。連戦は可能だ。それよりも……」
「人間の強さ、か?」
イングリットの問いにユニハルトが頷く。
ゲーム内と比べて弱すぎる人間達に引っ掛かっていたのはバンシーの美女だけではなかった。
「勘違いであれば良いがな……」
ゲームと現実との差異であれば良い。だが、弱い人間の奥に――ゲーム内と同等の強さを持った人間がいれば苦戦は免れない。
まだまだ人間の切り札どころか手札一枚すら見ていない。
「守護者召喚が成されれば、私達だけでは無理だ」
ユニハルトは黙ったまま破壊される駐屯地を見つめながら、自分達にとって『最悪の状況』を呟いた。
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次回は日曜日です。




