幕間 聖樹王国 3
聖騎士団訓練場にて本日の訓練が終了し、異世界から招かれた少年少女達が清潔なタオルで汗を拭いていると、訓練場の端で騎士団長が何やら話し込んでいる姿が見られた。
騎士団長と話している相手はベリオン聖樹王国の重鎮。軍務大臣のキプロイであった。
ユウキ達は何を話しているのだろう? と疑問に思っていると丁度話し合いが終わったらしく、騎士団長とキプロイはユウキ達の方へ顔を向けて歩み寄ってくる。
「皆様。訓練、お疲れ様でした」
キプロイは自分よりも遥かに年下であるユウキ達へ丁寧にお辞儀をしながら労いの声をかけた。
「キプロイ卿? どうしました?」
異世界人グループのリーダーであるユウキがキプロイに問うと、彼は柔らかな笑みを浮かべて訓練場まで足を運んだ理由を話し始める。
「実は騎士団長より皆様の訓練が十分なレベルまで達したと報告を受けておりまして。そこで、リョウジ様とシズル様にお願いをしに参りました」
「俺?」
「私、ですか?」
名前を挙げられたリョウジとシズルが一歩前へ出るとキプロイは笑みを浮かべたまま「はい」と返す。
「騎士団長から2人の実力は聞き及んでおります。リョウジ様は剣術の腕前がメキメキと上達しておられるようで、シズル様は珍しい光属性の魔法を十分に扱えていると」
キプロイに褒められたシズルは頬を染めながら照れる。対して不良で自信家なリョウジは『フン』と鼻を鳴らしながらそっぽを向くが、彼の表情から見ても満更でもないようだ。
2人の反応を見たキプロイはクスリと少しだけ笑った後、本題を告げる。
「勇者として実力が開花している2人にお願いです。リョウジ様にはファドナ皇国へ赴き、ファドナ軍の手助けをして頂きたい。シズル様にはトレイル帝国へ行ってエルフ達のお手伝いをして頂きたいのです」
キプロイのお願いとは、2人に同盟国へ赴いて両国を助けて欲しいという内容であった。
突然の国外へ行けというお願いにリョウジとシズルだけでなく、他の異世界人達も驚きの声を上げる。
「突然のお願いである事は重々承知しております。しかしながら、両国とも本当に困っているようで……。勇者様、どうか助けて頂けないでしょうか?」
キプロイは再び頭を下げる。頭を下げる彼へユウキが心配そうな表情を浮かべてシズルをチラリと見た後に口を開いた。
「国外へ出るのは危険ではないのですか? 特にシズルは攻撃魔法が得意ではないですし……」
「ああ、その点はご心配なく。シズル様の赴くトレイル帝国で戦闘を行う事はありません。シズル様にはトレイル帝国に行って光魔法を使用しての回復魔法薬開発の手伝いをお願いしたいのです」
キプロイはトレイル帝国にベリオン聖樹王国の技術者と共に赴き、帝国で開発を進める魔法薬の助手をしてもらいたい、と言う。
「帝国で戦闘がねぇって事は、こっちはあるんだな?」
帝国で何を行うかの説明を終えたキプロイに、リョウジは腕を組みながら問う。
「はい。リョウジ様はファドナ皇国軍と共に魔族の侵攻を止める手助けを。勿論、我が国の聖騎士も随伴します。恐らく、ファドナ皇国周囲の魔獣を駆逐しながら前線へ向かう事になるでしょう」
開発助手であるシズルに対し、リョウジの方はバリバリの戦闘案件。
「あ、あの! さすがに聖騎士の方々が一緒と言えどもカイドウ君1人では危ないんじゃあ……?」
ファドナ皇国で行う活動内容を聞いたサチコは手を上げてキプロイへ意見した。
元の世界では不良であり、今は亡きミナトをイジメていた張本人。こちらの世界に来ても態度は変わる事無く『ワル』を貫き通している。
そんな彼にも心配の声を上げる彼女は、さすがクラス委員長と言うべきか。
「あ? うぜぇんだよ。いちいち口出ししてくんじゃねえ。決めるのは俺だろうが」
「おい! カイドウ! そんな言い方ないだろうが!」
心配してくれたサチコを睨みつけながら文句を言うリョウジに、ゴローは怒り顔でリョウジの胸倉を掴む。
「おい! 2人とも! やめろって!」
ユウキはお互いに睨み合いながら一触即発な雰囲気を出す2人の間へ割って入る。
どうにかユウキが2人を落ち着かせると、頃合を見計らってキプロイが再び口を開いた。
「サチコ様が仲間を心配する気持ちも分かります。ですが、本当にリョウジ様の力は十分に上達しておりますよ。私と騎士団長が保証します。彼は魔獣にも魔族にも引けをとらないでしょう」
「うちの騎士団の中でも腕利きを随伴させます。聖騎士と勇者の力を合わせれば大丈夫です」
ニコリ、と笑う騎士団長とキプロイ。
「俺は行くぜ」
リョウジは不敵な笑みを浮かべながら答えを告げる。
キプロイがリョウジの答えを聞いて満足気に頷き、続いてシズルへ顔を向けた。
「私も行きます。みんなと離れ離れになるのは寂しいけど……。私の力が役立つなら」
シズルもこの世界の人々の為に役立ちたい、と決意して返答を返した。
「おお! ありがとうございます! 今日は訓練でお疲れでしょうから、明日にでも詳しい話をして出発の準備を行いましょう」
「おう」
「はい!」
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訓練場を後にしたキプロイが王城にある執務室で紅茶を楽しんでいるとドアがノックされる。
執務室へやって来た客人はベリオン聖樹王国王立研究機関の所長であるトッドであった。小箱を持った彼は相変わらずヨレヨレの白衣を着ており、キプロイの顔を見るなり口を開く。
「どうでした?」
「バッチリですよ」
トッドはキプロイの返答を聞くと満面の笑みを浮かべながら、執務室にある上質な革張りのソファーへ腰を降ろすと対面にキプロイも腰を降ろした。
「しかし、貴方が何故直々にトレイルへ向かうのですか?」
キプロイはトッドからの依頼――異世界人1名と共にトレイル帝国へ行きたい、という事に対して抱いていた疑問を問う。
「いやね。実の実験が行き詰っていまして。魔族と亜人を使う方法ではオリジナルを再現するのは難しいと結論付けました。次の計画ではトレイルにいる精霊を使う事になったんです」
現状では実験が上手くいっていない。よって研究所では別のアプローチを試みる事になったようで、その材料がトレイルにあると言う。
今まで培ってきたデータと共に新たな実験を開始する、というのは生粋の研究者であるトッドにとって何よりも楽しみ。
本来ならば所長であるトッドは部下に実験方法等を伝えて、本拠地でドンと構えておくべきなのだろう。しかし、トッドは居ても立ってもいられず自らが直々に……というのが今回の依頼の真相だった。
「まぁ、貴方らしいですけどね」
「ははは。申し訳ない」
キプロイはトッドとは随分と長い付き合いだ。彼の性格を熟知しているので、今更無駄な小言を漏らす事もしない。
逆にトッドもキプロイが自分をよく理解してくれている、というのを知っている。多少無茶なお願いも許可してくれる頼もしい同僚。否、親友と言うべき仲であった。
「ファドナの方は大丈夫なのですか? 強力な神力波が検出され、続いて同レベルの魔力波も。王種族が現れたのは確実でしょう。当時と同じレベルの王が複数いるとなると、ファドナに与えた『勇者武器レプリカ』だけでは抑えきれないでしょうね」
次はトッドからキプロイに問いかけた。
話題は現在王城で最もホットなファドナ方面についてだ。
ベリオン聖樹王国観測所にて数日前に観測された特殊波――神の奇跡が行われた際に現れる『神力波』を検知した。これはこの世界の創造主である男神が、人間達に対して何らかの手を使ったという裏づけになる。
神力波の検知後に王種族らしき者達の魔力波も検知されたし、一番驚いたのは神力波と同等のパワーを持った魔力波が検知された事だ。
これは神ではない者が、神と同等の力を使ったという事。
嘗て、人間達を苦しめた『禁術』もしくは同等の魔法を使用する者がこの世に現れた証拠である。
「そちらも手配済みです。聖騎士隊1個小隊と異世界人1人が向かいます。王種族の存在を確認する偵察任務もありますが、一度数人だけで接敵して当たってみますよ。どの程度なのか分からないと今後の予定に響きますしね」
「ふむ。禁術と同等レベルの魔法を使用する特殊個体の捕獲……ができなくとも、運良くデータが得られれば良いのですがね」
「そうですね。ですが、王種族の戦力データを得るだけでもファドナからは結構な数の戦力を投入しないとでしょうなぁ……」
まだ相手の力を完全に把握できていない以上、聖樹王国の戦力を本格投入するのは時期尚早。まずは下級民であるファドナを当てて、聖樹王国は偵察に留めたいというのがキプロイの計画だ。
「そう思いまして、これを持ってきました。どうぞ」
トッドは持ってきた小箱をテーブルの上に置き、フタを開ける。小箱の中に入っていたのは薄緑色のリンゴ。
「これは、実ですか? 試作品とは少々色が違うようですが」
「ええ。試作型の青色リンゴよりも材料を大量投入して、昇華率を無理矢理上げた実験型です。まぁ、実験の一環で作った物なのでオリジナルより程遠い出来ですがね。いざとなったら異世界人に使ってみて下さい。あ、その際はレポートをお願いします」
「異世界人にですか」
「はい。人間と魔族・亜人には既に投与したので。異世界人に投与した際のデータが欲しいです」
「分かりました。伝えておきましょう」
キプロイは小箱を受け取り、自分の懐から手帳を取り出してメモに書き加えた。
読んで下さりありがとうございます。
次回は金曜日です。




