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幕間 豚の王 1


 エルフ達の住むトレイル帝国南にある常闇の森。


 ほんの数ヶ月前までエルフ達の間では常闇の森という場所の評価は『優良』という感想が多かった。


 陽の光が届かず、暗く迷いやすい森というデメリットがあったが、それでもしっかりとした準備を行って入れば貴重な資源が採取できる優良な森林資源採取場だ。


 しかし、今は違う。


 現在はトレイル帝国皇室によって軍人以外の者が立ち入る事は禁じられてしまい、一般のエルフ達が生活に使う資源を採取する場所が一箇所減ってしまった。


 そうなった理由は常闇の森に入ったエルフが何人も戻って来ないという事件が起きたからだ。


 事の発端は帝国に住む女性エルフが常闇の森で行方不明になり、数週間以上帰って来ないと被害届が出されたことから始まる。


 被害届が出された後、トレイル帝国領土内を警備する警備部の軍人が常闇の森へと侵入。そこで複数のオークが森の中で生活しているのを目撃。


 これは別に特別な事ではない。オークという魔獣は、この世界にとってはとてもありふれたポピュラーな魔獣だからだ。


 凶暴であるが知能が低く、使う戦略も単調。使う武器も粗悪な物ばかりで、エルフが最も得意とする魔法を遠距離から駆使すれば簡単に狩れてしまう。


 狩れば肉となり、食卓を潤してくれる。ちょっと暴れる家畜。エルフにとってオークとは、そんな評価だった。


 警備隊の者は常闇の森での目撃数が少々多い事を本部に報告。きっと、被害届が出された女性はオークに攫われたのだろう、とも付け加えて。


 報告を受けた本部はすぐさま軍人による討伐隊を結成して常闇の森へ向かう。


 オークなんて余裕だろう。誰もがそう思っていた。


 エルフ達が油断していた。慢心していた、と言われれば『YES』だ。


 しかし、常闇の森に住むオーク達が変化したのは唐突だった。知らなかった、と言うのは卑怯かもしれないが、そう言わざるを得ない程にオーク達は激変していたのだ。


 明らかに統率の執れた連携。囮を使って敵を囲むような戦術。森で襲ったエルフの持っていた武器を拾い、それを磨き、研いだ鋭利な武器。


 これだけでも通常種――エルフ達が知るオークとは全く違う。


 さらに、エルフにとって最悪な変化があった。


 魔法が効かない。エルフが最も得意とする魔法。それを無効化する特殊なオークが現れたのだ。


 特殊なオークは盾と槍を構え、次々とエルフを狩る。


 遂には討伐隊すらも帰って来ないという状況になってしまった。


 この『魔法を無効化する』という情報は瀕死状態になった軍人の1人が何とか森の外へと這いながら脱出し、死に絶える前に通りかかったエルフの商人へ最後の言葉として呟いたものだった。


 商人は慌てて軍に報告し、軍は再び討伐隊を送るがまたもや誰1人と帰って来ない。


 そんな事件があってから森に立ち入る事は禁止されており、今では偵察兵が数名足を踏み入れるだけになっていた――。



-----



「ブ、ブモモ! ブモモ! (こ、降参しやす! うちの群れはそちらに従いやす!)」 


「ヨイ。ナラバ、イノチ、マデハ、トラナイ」


「「「 ブモモー!! (ハハーッ!)」」」


 ラージシールドを手に持ち、首には金のネックレスをかけたオークが平伏するオーク達を見下ろしていた。


 彼はオークの王。オークキング。以前、イングリットに装備品を下賜された者だ。


 魔法耐性上昇、魔法反射という対エルフとも言える装備品を手にしたオークキングは常闇の森へ侵入してくるエルフを次々と狩り、森の頂点へ君臨し始めていた。


 彼は常闇の森に住む別のオーク達の住処を襲い、どんどんと併合して組織力をグングンと増強させていく。


 今現在も、東端にある住処へ挑んで屈服させていた。


「ブモモ(王よ。これで森に住むオークのほとんどが我が軍に降りました)」


「ブヒョ(王よ。我々は向かう所、敵無し。そろそろエルフを滅ぼしても良いのでは?)」


 屈服させたオーク達が本拠地へと連れて行かれる様子を見ていたオークキングに、側近である2匹のオークジェネラルがオークキングへと問いかける。


「ダメダ。マダ、カズ、タリナイ」


 オークキングの住処では捕まえた女性エルフを使って仲間の数を増やす――繁殖を常に続けている。


 イングリットと出会い、エルフの討伐隊を倒した時の数は100匹前後。しかし、今では500まで増えていた。


 しかし、オークキングはそれだけの数ではエルフに対抗するには不十分と考え、森に住むオーク達を自軍へ引き入れ始めたのだ。


 常闇の森に点在するオークの住処を制圧し、今では2000を超える軍勢へと成長。


 だが、まだ足りない。


 北に住む強国トレイル帝国を落とすには、まだまだ数が足りない。


「ブモ(エルフが森に入って来ません。繁殖用のメスが足りませんね)」


 常闇の森に住むオーク達のほとんどを軍へ引き入れる事には成功したが、エルフ達が警戒して森へと入って来ない。


 エルフを捕らえなければ、自分達だけで繁殖を行う事の出来ないオークは数を増やせない。1人のエルフに対して5匹程度のオークが生まれるが、子供は母親の腹を食い破って生まれてくる。


 繁殖はエルフ1人につき1回だけ。ただでさえ、生産効率が悪いのにエルフを捕らえられないとなれば繁殖で数を増やすにはお手上げだ。


「ブヒョヒョ(森の北側にエルフの村があると聞きました。そこから攫うのはどうでしょう?)」


「ウーム……」


 オークキングは腕を組みながら悩む。


 こちらからエルフの村を襲えばエルフ軍が討伐隊を組むはず。


 今までのように100名程度のエルフ達ならば現状でも対処できるが、エルフが本気で攻めて来るとなるとオークキング達は容易く滅ぼされてしまうだろう。


 彼の目的の為にも、それは避けたい。


 エルフが狩れないのであれば別の種族を使って繁殖を行うという策もあるが……。


(マゾクノオウ、ト、ヤクソクガアル……)


 この素晴らしき盾とネックレスをくれた、魔族の王との約束。魔族を襲わないという約束が。


(ソレニ、デキレバ、エルフト、ハンショクシタイ……)    


 約束の事もあるが、彼らはE専(エルフ専)である。好みであるエルフ以外では、どうもヤる気が起きないのも確かだ。


 悩むオークキングは思案を重ね、今後の方針について決断を下す。


「ヨシ。キタノ、エルフ。スコシダケ、サラウ」


「ブヒョヒョ?(少しだけですか? 村を滅ぼす勢いで攻めないので?)」


「ホロボセバ、ワレラ、ホロボサレル。マダ、ハヤイ」


 彼らが完全なる脅威と認識されるにはまだ早い。今は森に潜み、エルフの偵察を避けながら力をつけるべきだと判断。


 エルフの偵察兵に捕捉させるのは通常個体のオークだけに留めて、オークジェネラルやオークウォーリアーと進化した個体は隠し続ける。


 通常個体のオークは簡単に殺されてしまうだろうが、軍へ引き込んだオークを()として使えば本隊への被害は免れる。エルフ達もオークを殺した事で多少は満足するだろう。


 本拠地周辺で囮行動を取りながら、通常のオークを数匹だけを北の村へと向かわせて女性エルフを1人~2人だけ攫う。頻繁にではなく数ヶ月に1度だけ。


 これならば通常のオーク被害としてエルフは認識するだろう。そして、オーク被害の報告が分散されれば本隊に向けられる警戒が多少は薄くなるはず。


 加えて強個体であるオークは発見できず、と報告してくれれば御の字だ。


「キタガワデ、コウドウ、ミセル、アイダ、ワレラハ、ミナミヘムカウ」


「ブモモ?(南ですか? 南には魔族が住んでいます。魔族の王との約束があるのでは……?)」


「ウム。マゾク、オソワナイ。ミナミニスム、オーク、ヒキイレル」


 魔族を襲うのは禁止されている。ならば、魔王国で住処を作るオークを軍へ引き入れれば良いとオークキングは考えた。


 魔王国のオーク達を併合できれば、魔王国においてのオーク被害は減るだろう。そうすれば、魔族の王と約束した『魔族を襲わない』という約束も広く達成される。


「ソウナレバ……」


 国内の変化を感じた魔族の王がもう1度、自分達へ会いに来てくれるかもしれない。


 オークキングが再び『王』との対面を望む理由。


「ワレラ、アノ、オウ、ナクシテ、ナラズ」


 それは、感謝と恩義である。


 怨敵であるエルフを狩れるように助力してくれて、今日まで生き長らえた感謝。


 好物であるエルフを捕らえられるように助力してくれた恩義に報いる為に。


「マゾクノオウ、エルフヲ、ホロボストキ。ワレラモ、ツヅク」


 全ては偉大なる魔族の王の為に。


 真なる王が、覇を得る為に。


「マゾク、アジン、シンセツニ」


「ブモモ(承知)」


「ブヒョヒョ(徹底させます)」


 森の覇者となった豚の王は南にある新天地へと向かう――。 


読んで下さりありがとうございます。


次回は水曜日です。

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