幕間 魔姫マキ 1
「ここがユニハルト様のいる冒険者組合ね」
冒険者組合の前に立つ女性は高貴なる存在。その名を魔姫マキである。
彼女はフリフリのドレスを着ながらも、腰に手を当てて建物全体を仰ぎ見た。
「へい! そうでヤンス!」
「全く、マキ様が直々にやって来たというのに出迎えすらないのか! これだから下々の者達は……!」
マキの隣に立ち、金魚のフンの如く付き添うのは魔王都にある王立学園で最大派閥であるマキ派に所属するモブ男A、モブ太Bである。
彼らは学園の王たるマキの事ならば何でも聞いてしまう典型的なモブ貴族の子供だ。彼らの他にも8人ほど、モブ達が群れているが一々紹介するまでも無いほどのモブキャラだ。
「良いのです。ユニハルト様もお忙しいのでしょう」
冒険者組合を前にして口々に文句を言うモブ達を嗜めるマキ。彼女の狙いはユニハルトだ。
クソ紙防御でワンパン即死良いトコ無しなユニハルトであっても顔は超絶イケメン。まさに王子様といった顔面をお持ちである。
そんなユニハルトに王城でのパーティーで一目惚れしてしまったマキ。例え親の前でビッチと呼ばれようとも諦め切れなかった。
「ユニハルト様……!」
勉強中も、風呂に入っている時も、食事をしている時も、他の男とヤってる時でさえ、ユニハルトの顔が浮かぶ。
彼女は経験人数30人斬りを経て、初めて恋というモノを知ったのだ。
「ユニハルト様、早くお会いしたい!」
冒険者組合前で両手を頬に当てながら体をクネクネと動かすマキ。
(何だコイツ、クソ邪魔だな……)
冒険者組合に入ろうとする貴馬隊のメンバーに不審者を見るような目で見られようとも、ユニハルトへの想いは止まらない。
「ぐぬぬ、ユニハルトとやらめ! マキ様のお心を独り占めするとは!」
「マキ様の愛は平等だというのに!」
マキに付き添ってやって来たモブ(ヤリ友)達は奥歯をギリリと噛み締めながら、想い人を脳内で裸にするマキをつい睨みつけてしまった。
「さぁ、行きますよ!」
マキは脳内でユニハルトの股間を妄想し終えると、ベロリと舌舐めずりして組合内へと足を踏み入れた。
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冒険者組合内に入ると依頼者と依頼を受ける冒険者達で溢れていた。
特に今はお昼を回ったところ。午後から依頼をしようと足を運んだ一般人達が多い時間だ。
それに伴い、依頼消化の当番である貴馬隊のメンバー達も組合内にある休憩スペースで待機中。他にも併設されている食堂に食事を摂りに来た者もおり、とにかく人が多い。
マキがユニハルトを呼んでもらおうと人を捕まえようにも、組合員らしき者達は額に汗を浮かべながらせっせと働いていて、魔姫であるマキが訪れた事すらも気付いていない。
「マキ様がやって来たというのに! おいそこの者!」
魔姫であるマキ様が訪問したのであれば片膝をついて頭を下げるのが当たり前。そう思って疑わないモブの一人が忙しそうに行き来する男へ声をかけた。
「あ!? んだテメェコラ!? 殺すぞコラ!?」
「あ、すいません」
モブが声をかけたのは不運にも一番忙しいとされる雑務当番になっていた貴馬隊のメンバーだった。めちゃくちゃ忙しい時間帯に偉そうな物言いで声を掛けられた貴馬隊のメンバーはモブにヤバイ感じのメンチを切った。
いきなり殺すとまで言われてしまったモブは大人しく謝り、体を小刻みに震わせながらマキの後ろへ下がる。
「あそこが空いているじゃない」
依頼者達でごった返すカウンター。その中でポッカリと人が並んでいない窓口があった。
マキが指差した窓口にモブを引き連れて向かうと――
「あ、あ、あ! リ、リュカさん! や、やめて下さい!」
「ん~? 何が~?」
人が寄り付かない窓口を担当していたのはリオン少年とリュカだった。
リュカはリオン少年を膝の上に乗せ、後ろから抱きしめるようにしながら彼の背中に胸を押し付ける。
リオン少年も背中に当たる柔らかいモノの正体が分かっているからこそ、顔を真っ赤にしながらやめてくれと言うが、リュカは悪そうにニヤニヤと笑いながら何度も背中に胸を押し当てた。
「お、お仕事、し、しないとぉ」
「え~? 別に人来ないし~? いいじゃん。お姉さんとイイコトしよう?」
「ひゃう!」
リオン少年の耳元で甘く囁くリュカ。耳がくすぐったくて悶えるリオン少年の姿はとても愛くるしく、リュカの熱はどんどんと昂ぶってしまう。
「貴方。ここにユニハルト様はいらっしゃるかしら? いるのだったら呼んで――」
「あ? 邪魔してんなよクソ女。殺すよ?」
リオン少年とのスキンシップを邪魔されたリュカは獰猛な獣の如き眼力でマキを睨みつける。
因みにこうなったのはマキだけじゃない。他にもリュカが窓口業務の際にリオンとの乳繰り合いを邪魔すると問答無用で殺気を飛ばされるのだ。
もう常連達や依頼者の間ではリュカとリオンが窓口にいる時、そこへ並んではいけないという暗黙のルールが出来上がるくらいに。
が、しかし。魔姫マキは違った。
彼女はある意味で『王』である。嘗て歴史上で覇を唱えていた王種族ではないが、態度と振る舞い、そしてメンタルは正しく『王』であった。
「ユニハルト様とお会いしたいと言っているのです」
リオンを抱きしめながら殺気を向けてくるリュカに対して引く姿勢を見せない。力は弱くとも屈しない、ユニハルトと一発ヤりたいという熱き想いがマキを突き動かすのだ。
「………」
「………」
2人は数秒ほど睨み合い続け――
「ふーん。やるじゃん。大体の奴は引いていくのに。アンタ、何でユニハルトに会いたいわけ?」
「ユニハルト様をお慕いしているのです。気持ちを伝えるべく、来ました」
そう。マキは己の胸の中でマグマのように煮え滾る気持ちをユニハルトに伝えようとやって来たのだ。あわよくば押し倒せればいいな、と思いながら。
マキとリュカが見つめ合いながら話をしていると、近くを通りかかった冒険者食堂の料理長であるワンダフルがマキに気付いた。
「あれ、アンタ。王城にいたビッチ姫じゃね?」
「ビッチではありません! 魔姫マキです!」
大嘘をぶっこきながらワンダフルへ振り返ったマキ。ワンダフルが魔王の娘が何でここに? とようやくまともな質問を投げかけると彼女は組合へやって来た経緯を話した。
「なるほどねぇ。あの駄馬を……。面食いか」
「イケメンはウマイ、それが私の持論です」
何が、とはワンダフルは聞けなかった。
「しかし、アイツは生粋の処女厨だ。処女じゃないヤツに触れられると蕁麻疹が出るほどの」
彼の処女厨至上主義はそこらへんのヤツ等とは次元が違う。
子持ちのNPCに触れられたら、ゲーム内ですらゲームシステムに存在しない『蕁麻疹』という状態異常を発症し、抱きつかれたら頭が爆発四散してセーフティエリアである街中でも死んだ、という話はプレイヤーの間では有名な話であった。
「では、どうやれば会えますか?」
「ううん……」
ワンダフルは悩んだ。会わせたら面白そうであるが、ユニハルトは現在レギオンの戦闘方針を魔王軍4将と話し合っている最中で忙しい。
彼も含め貴馬隊からは「早く戦いてェ。人間を抹殺してェ」と血を求める声が上がっている。ここで邪魔すればワンダフルが血の気の多いメンバーに血祭りにされてしまうだろう。
何か良い案はないものか。思案していると、とある事を思い出した。
「冒険者になれ。冒険者は依頼達成率の成績が良ければ表彰と商品が貰えるんだ。表彰するのはユニハルトが直々に行う。そこで会うのはどうだ?」
この表彰制度はプレイヤー向けではなく、傭兵から冒険者へ転向した者や一般人から冒険者になった者へ向けての目標みたいなモノだ。
何かと忙しく前線に赴く事が多くなると予想されるプレイヤー達。現世に生きる者達を教育して立派な冒険者へと育てれば、街の依頼は育った冒険者に任せられる。
加えて眠っている戦力の発掘にも繋がる。これらの目的があって作られたのが成績優秀者への特別報酬という制度。
この制度にある『S級冒険者』まで依頼をこなして辿り着ければ、ユニハルトから表彰状と報酬を貰える。因みに出資者であるイングリットからはお金が貰えます。
「分かりました! 冒険者になります!」
「姫様!? 即決しちゃうんですか!?」
「マキ様!? 魔王様のお許しを頂いてないでヤンスよ!?」
即決するマキに「学業や魔姫業はどうするの!?」と正論をぶちまけるモブ達。
だが、彼らの懸念を全て無視して――魔姫マキと愉快なヤり友達は今日この時より冒険者となった。
読んで下さりありがとうございます。
魔姫が活躍する序章。
前章の反撃開始! と意気込んで終わったのは何だったのか。
次回は月曜日です。




