116 ジャハームのダンジョン 2
ダンジョン中盤を越えると姿を現す魔獣もガラリと変化する。
入り口付近から中盤手前までは景色に溶け込み奇襲をかけてくるようなタイプが多く、直接的な攻撃力が高い魔獣はいなかった。
しかし、中盤以降は奇襲で相手を倒すような搦め手を使うタイプとは真逆の直接姿を見せて真正面から襲ってくるタイプに切り替わる。
特に多いのは黒い皮のヘビ型魔獣、ブラックアナコンダだ。
鉄のように硬い黒い皮膚に巨大な体躯。縄張りに人が入れば体を立てて威嚇する。
現代に生きる者達ならば、一瞬の隙をも見逃さないとばかりにジッと見つめる目を直視するとヘビに睨まれたカエルの如く、動けなくなってしまう。
少しでも目を逸らせば大きな体には似つかないスピードで接近され、体を締め付けられて骨を粉砕される。例え鉄製の防具を見に付けていても無駄な事だ。
締め付けられた挙句に首元を噛み付かれ、出血多量で死に至るだろう。
多人数で相手をしようとも尻尾をムチのように振るい、強烈な打撃を広範囲にお見舞いしてくる。ゲーム内で鍛えたプレイヤー達でも中堅以上の実力が無ければ相手に出来ない。
イングリット達のようなプレイヤーならば苦戦せずに倒せるが、その戦闘を見たマーレ達がブラックアナコンダへつけた評価は『AA級魔獣』認定だ。
「中盤には絶対人を立ち入らせないようにしよう」
「姿が見えたら即逃亡しなければ」
中盤以降に縄張りを持つ魔獣であるがその手前に絶対出現しないとは言い切れない。
特に数の多いブラックアナコンダの他にも現代の者達では手に負えない魔獣は数多い。とにかく、中盤以降に縄張りを持つ魔獣が姿を見たら即逃げるという事を周知する事に決まったようだ。
「さて、そろそろ最奥だが……」
イングリット達が凶悪な魔獣を蹴散らし、レア装備のドロップを拾いながら進むこと5時間。
ようやくダンジョンの最奥まで辿り着く。
最奥まで到着すると、完全にジャングルを抜けた。抜けた先にあったのはジメジメとした沼地。そして、沼地の中にポツンと建つログハウスのような一軒家だ。
「あー。あれは……」
薄汚れたログハウスを見たクリフは最奥に潜むボスがどんな魔獣なのか見当がついた様子。クリフの他にもイングリットとメイメイも相手の正体が分かっているようで、マーレ達を少し下がらせた。
「先手必勝だろう」
イングリットはタンク役らしく沼地へと足を踏み出す。沼地に足を踏み入れると、踝あたりまで浸かってしまうがそのままログハウス目掛けて歩き出す。
歩きながらインベントリから槍を一本取り出し、ログハウスのドア目掛けて槍投げよろしく勢い良く投げつけた。
ズドン、と大きな音を立ててドアに直撃した槍はドアを破壊しながらログハウスの中へと吸い込まれる。
「GYYYYYYYY !!!! dfghjkl !!!」
ログハウスの中から金切り声のような悲鳴が大音量で叫ばれた。
「チッ。外したか」
イングリットは大盾を構え、ログハウスを注視し続けると粉砕したドアの破片を跨ぎながら姿を現したのは腰が曲がった老婆だ。
薄汚くボロボロで所々擦り切れたローブを身に纏い、肌が樹皮のように乾燥して皺で垂れ下がった瞼は両目を隠してしまうほどの容姿。
どこからどう見ても不気味な老婆はただの老婆ではない。ウッドウィッチと呼ばれた、木の体を持つ魔獣だ。
「gjkghj !! gfghjk !!」
ウッドウィッチはイングリット達やマーレ達には理解できない言葉を叫び、細く長い指でイングリットを指差した。
「お、お主が槍を投げたから怒っておるのではないか?」
「知らん。だが、槍を投げずとも沼地に入った時点でキレて攻撃してくるぞ」
何を言っているのかは理解できないが、ジェスチャーからは怒りが伝わる。
そんな様子を見たシャルロッテがイングリットに問うが、イングリットの答えは正解だ。
ゲーム内の魔獣図鑑を紐解けば、ウッドウィッチは人肉を好む悪しき魔女という説明がある。彼女は狡猾で自分のテリトリーに入ったプレイヤーを捕縛し、じわじわと殺すという。
その説明通り、実際に戦えば並のプレイヤーは彼女の狡猾さや搦め手に苦戦を強いられる。特にウッドウィッチはレベルカンスト前のストーリークエスト中盤に出て来る『詰みポイント』として有名であり、プレイヤー達の中でも良い印象を持っている者は少ない。
しっかりと準備しなければ倒せず、エンジョイ勢の多くは既にクリア済みの者とパーティを組んで攻略する。所謂『寄生』『リフト』と呼ばれる方法で攻略するのが大半だろう。
理由は魔獣の中では珍しく魔法を使うからである。
ウッドウィッチが使う魔法は複数の状態異常を引き起こすデバフであり、これを回避するにはしっかりとした状態異常対策を施さなければならない。
アンシエイル・オンラインでPvPでもPvEでも、最も重要とされるのは『状態異常対策』だ。ダンジョンで対策効果の付与されたアイテムがドロップすれば、例えレア等級であろうと高値で売れる。
それくらい重要視される要素なのだが、何も知らないプレイヤーにストーリー中盤で状態異常の凶悪さを教えてくれる相手がウッドウィッチなのだ。
「オラ! さっさとご自慢の魔法使ってこいや!」
イングリットは後ろに控えるシャルロッテとマーレ達に魔法を使わせないよう、ヘイトスキルを使って自分に視線を向けさせた。
彼の思惑通り、ウッドウィッチはイングリットへ視線を向けて何やら叫びだした。
「dfghhjk !!」
ウッドウィッチが持っていた杖をイングリットへ向けると、杖の先に魔法陣が生成される。
第2階梯魔法であるパラライズだ。ウッドウィッチを初見で相手するプレイヤーの大半は麻痺で動けなくなり、そこからジワジワと毒やら鋭い爪の攻撃で返り討ちにされてしまう。
しかし、イングリット達の状態異常対策は万全。ウッドウィッチの使う魔法は全て無効化できるので脅威は無い。
「fghjghjk !?」
魔法の無効化されてしまう事に驚いたウッドウィッチは信じられなかったのか、何度も魔法を使うが全て無効化されてしまう現実は変わらない。
「はい、さよなら~」
イングリットの横で弓を構えたメイメイがウッドウィッチの頭を射抜く。
ストンと眉間に吸い込まれた矢を受けて、ウッドウィッチは死亡して粒子に変わった。
「状態異常対策をしてないと殺されて食べられてしまうので近づかない方が良いね」
随分とあっさり倒してしまった事でマーレ達が勘違いしないよう、クリフはウッドウィッチに関しての注意事項を手短に伝えた。
「……そもそも、ここまで辿り着くのが無理難題だ」
ジャハーム軍を総動員しても辿り着けるのはごく少数だろう。ここに辿り着く前に受ける被害を考えれば、入り口付近で採取できるアイテム類の利用法をメインに活動した方が遥かに経済的だ。人員被害的にも、国家経済的にも。
「お~。見て見て、マジックマボガニーの高品質が出た~!」
ウッドウィッチがドロップしたアイテムは魔法杖の製造に使う材料アイテムだった。しかも高品質となればクリフの杖の強化に使える。
思わぬ収穫にメイメイは笑顔を浮かべて喜び、その喜びようを愛らしく思ったクリフは全力でメイメイを抱きしめて頭頂部の匂いを猛烈に嗅いだ。
「さて、ダンジョンも制覇したし入り口に戻るか?」
イングリットが提案するとマーレが頷きを返す。
「そうだな。採取できそうな物の詳細も分かったし、奥に巣食う脅威も把握したしな。我々も一旦王都に戻って情報を纏めようと思う」
「分かった。ただ、獣王都で会議している間に魔王国にいる俺達の仲間が来ると思うがソイツ等の入場は許可してくれよ?」
「勿論だ。王種族の方々が越境する事やダンジョンに入る事は既に3氏族会議で可決されている。駐屯している軍人にも伝えてあるから大丈夫だ」
マーレが戻って決めなければならない事は主にダンジョンで採取できるアイテムを国民に対してどう使うか、ジャハームの傭兵組合に対する対応、イングリットへの貢物に関しての事だという。
王種族がジャハームに自由に出入りする事に関しては既に決まって周知されているようなので、イングリットの懸念は無くなった。
入り口に戻りながらイングリットとマーレは今後ジャハームに冒険者組合の支部を置く事に関して話し合い、クリフとメイメイは学者達にアイテムの利用法について更に詳しく問われながら来た道を引き返す。
「さて、俺達も獣王都まで同行しよう。大聖堂の女神像を見に行かないといけないしな」
「承知した」
入り口に戻り、ダンジョンゲートから外に出て階段を登る。
階段を登りきり、あとは洞窟から出れば良い。しかし、洞窟の外から微かに聞こえる声はどこか騒がしい。
駐屯地から聞こえる声に気付いた一行は、魔獣の攻撃に遭っているのか、もしくは人間の侵攻を受けたのか、とにかく問題が起きているのだろうと察する。
意識を戦闘モードに切り替え、注意しながら洞窟の外へと走ると――
「な、なんだこりゃ?」
イングリット達の視界に飛び込んできたのは一面の砂漠に緑色の芽が生えている光景。それは日替わりダンジョンの裏で種を蒔いた時に見た光景とソックリだった。
「あ! 皆さん! 先ほど、急に地面からこの芽が生えてきて……」
洞窟から出て来たイングリット達に気付いた軍人は事の次第を説明してくれた。
といっても、現象の詳細は分からない。最初に見つけたのは魔王国との国境がある側、駐屯地の端で仕事をしていた者だ。
その者の話によると、木箱を運ぼうと下を向いたら急に地面から芽がピョンと生えた。何だこれは? と不思議に思いつつ背後を見れば、彼の背後一面に芽が生えていたそうだ。
砂漠に草が生えるなど信じられず、怪奇現象化か何かかと思っていると足元に生えた芽がズモモモと増殖。増殖する芽は次第に駐屯地内全てに生えて今に至る、との事。
「どう考えてもアレだよね」
「意味が分からんし、この先どうなるのかも分からんがな」
原因らしき事を行ったイングリット達はヒソヒソと話し合う。ただ、クエストの指示でやった事だ。悪い事ではないだろう、という結論に至った。
至りはしたが、マーレから何か知らないかという質問に対しては全力で知らないフリをした。
読んで下さりありがとうございます。
次回は火曜日です。




