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113 怪しい核と次の冒険


 魔王都南西エリア。イングリットが土地を購入した場所には続々と新たな施設が建設され続けている。


 最近ようやく建設が終了した場所。それはプレイヤー達の中でも生産職とされる職人達が使う施設であった。


 所謂、複合工房といった施設だ。アンシエイル・オンラインには複数の生産職が存在していたが、それら全ての職が使えるように複数の炉などの設備が完備されている。


 職人達はこの工房を使用し、ゲーム内で学んだ知識を使って様々なアイテムや装備品を作り上げる。プレイヤー達にとっては技術も知識も揃う最重要施設と言えるだろう。


 工房内は常に熱気が充満しており、騒がしい。


 貴馬隊で専属職人となっているプレイヤー達が槌で金属を叩き、または道具職人が手製の爆弾を作っていたり。日替わりダンジョンから採取した薬草を使ってポーションを量産したりと連日忙しそうにしている姿がよく見られた。


 そんな工房の中で、腕を組みながら眉間に皺を寄せる少女がいた。


 イングリットのパーティメンバーであるメイメイだ。彼女は可愛らしい顔が台無しになるほどの深い皺を眉間に作る。


「これな~。使っていいかな~……」


 彼女は椅子に座り、目の前にあるテーブルに置かれた1つのアイテムと睨めっこ中。


 テーブルの上に置かれたアイテムの名は『穢れた魂の凝縮核』――イングリット達が制覇したダンジョンの最奥にいたデキソコナイからドロップしたアイテムである。


 最初のダンジョンで倒したイソギンチャクがドロップした大きな核、そしてジャハームの遺跡で倒した幻獣王の額に埋め込まれていた核の破片。


 メイメイは小さな指でチョンチョンと核を触る。


「なんか、禍々しい~」


 メイメイの持つ鑑定眼で核の調査は完了している。と、言っても詳細までは不明。本来ならばアイテムに設定されているフレーバーテキストが表示されてアイテムの由来などが読み取れるはずなのだが……。


 この核を鑑定眼で調査しても『○○の生産に使用できる』『○○のパラメータが上昇』とそれくらいしか読み取れなかった。


 読み取れない上に、核から醸し出されるオーラはどこか禍々しい。


 メイメイの鑑定眼でオーラが見えている訳ではないが、長年生産職をやっていた()だろうか。これを使ってはいけない、そんな気持ちがメイメイの胸の内に湧き上がる。


 しかし、そんな禍々しさを一切無視すれば優秀な材料アイテムと言える。特に優秀な点はメイメイの作る技巧装備の材料――技巧付与の心臓部と言える『魔導心核』の材料になるからだ。


 今までは特定のアイテムを使用しなければならなかったが、遂に代用品を見つける事が出来た。この点は非常に大きいだろう。


 加えて、この核を使って魔導心核を作り、組み込んだ装備品は各種パラメーターや技巧装備品の性能――ギミックを稼動させる為に装備品に溜め込まれる魔素プール量とその伝導率――が大幅に上昇すると推測できる。


 技巧装備とは装備品に組み込む魔導心核のサイズによって付与できる能力数が変わる。


 この核を使用した場合、簡単に言えば技巧装備に今まで以上の能力数を付与できるようになるのだ。


 戦闘能力をアップさせる、という面だけ見れば非常に優秀で使わない手はない。ただ、メイメイの勘は『よくない』と告げる。


「う~ん。本人に聞いてからにしよ~」


 メイメイは核をインベントリに押し込んで目的の人物を探しに行った。



-----



「あ? これを見てどう思うか?」


「そう~。なんか変な感じする~?」


 メイメイの探していた人物はイングリット。彼は冒険者組合に併設されている食堂で食事を摂っていた。


 壊れた鎧をメイメイに預けている為もあり、普段の黒い鎧は着用せずタンクトップにズボン、更には素顔まで晒した状態でスプーンを握っていた。


 メイメイの悩みの理由はイングリットの鎧に凝縮核を使用するか否か。


 彼の鎧に使用している魔導心核が破損してしまった以上、直すには凝縮核を使用するか従来の魔導心核を作る為の材料を探すかだ。


 手っ取り早いのは凝縮核を材料にする事。これを使うだけでイングリットの鎧に使用していた魔導心核(大心核)よりも1.5倍は性能が上昇する。


 今まで通りの機能も使えるし、更にギミックを増やす事も出来るだろう。


 だが、実際に技巧装備を使うのはイングリットだ。彼に何かあった場合、パーティ全体の被害は大きい。


 嫌なオーラを感じるのがメイメイの勘違い、または彼女だけが感じるだけであれば良いが……。とにかく、本人に見せたり、持たせたりして異常が起きないか調べようと本人を探していた訳であった。


「いや、特に何も」


 イングリットは赤い核を手に持ち、じっと見つめてみたり手の上でコロコロと転がしてみたり、ギュッと握ってみたりと様々なアクションをするが特に異常は見られない様子。


「う~ん。なんか、胸の中がザワザワするような感じは~?」


 メイメイは凝縮核から感じる感覚をイングリットに伝える。それと同時に凝縮核以外でも同じような感覚を覚える事があったような、と首を傾げるが今は頭の隅に考えを追いやった。


「……特に感じない。ただの赤い石にしか見えないが」


 イングリットは本当に何も感じない様子。


「これ、イングの鎧に使う~?」


 そう聞きながら使用した際は従来の魔導心核と違って何か異常が出るかもしれない、と念押しも忘れない。


「取り外しは効くんだろ? 何か問題がありゃ外せば良いし、呪いの類ながらクリフがいるだろ。完成したら試運転でクエストを消化しに行けば良いんじゃねえか?」


 イングリットはメイメイに凝縮核を返しながら「ほら、鍵のクエストが更新されたろう」と言う。


「うう~ん。わかった~。使ってみるね~……」


 やはり不安が残るようでメイメイの顔は未だ晴れない。


 彼女が躊躇う理由はこの世界が()()だからだろう。


 腹も空けば喉も渇く。攻撃を受ければ痛いし、致命傷を受ければ死亡する。例え蘇生魔法で生き返る事が出来るとしても、死は変わらない。


 未知のアイテムを使い、もしも仲間の身に何かあれば。何度もやり直しの効くゲームとは違い、躊躇いというモノが彼女の中に生まれてしまった。


 しかし、そんな想いを抱えるメイメイにイングリットは笑みを見せた。


「別に俺がどうなろうと、お前のせいじゃない。それに未知のアイテムを使ってみたいんだろ? 気にせずやってみろよ」


 メイメイという少女をよく知り、長年付き合ってきて信頼しているからこその言葉。イングリットが己の身に何があっても大丈夫と言えるのは、何かあっても解決してくれるとメイメイを含めパーティメンバー達を心から信頼しているからだ。


「装備の事で躊躇うのはお前らしくないぞ。ほら、好きにやってみろ」


 イングリットは浮かない表情を浮かべるメイメイの頭を撫でてやる。


「……うん。わかった~」


 メイメイは撫でられた頭に手を置いて、ニコリといつもの笑みを取り戻す。


「修理が終わったら言うね~!」


 元気を取り戻したメイメイは手を振りながら工房へと向かって行った。


 イングリットは元気良く走り去って行く彼女の背中を見送っていると、近くから荒い鼻息が微かに聞こえて視線を向けた。


「……お前、何してんの?」


 視線を向けた先には部屋の柱に隠れながら鼻息を荒く吐き出すクリフがいた。


「最近、メイが工房に篭りっきりだから抱きしめられないんだ。私はそろそろ限界だよ。メイを後ろから抱きしめて、頭頂部の匂いを嗅ぎたい」


 魔力欠乏症ならぬ、美少女欠乏症と言うべきか。クリフはフンフンと鼻を鳴らしながらメイメイのいた場所へと歩み寄る。


「メ、メイの残り香……」


 クリフはその場で空気を抱きこむかのように、己の胸を両腕で抱きしめながら「ンフー!」と勢いよく鼻から空気を吸った。


 長年の付き合いでクリフの事はよく知っているが、現実世界に来て一番ヤバイ存在になったのはコイツだなとイングリットは思う。


「ところで、いつ出発する?」


 残り香を嗅ぎ終えたクリフはイングリットの対面の席に座ると、最近魔王都住民の中から雇ったウェイトレス――クリフの審査を突破した可愛いハーピー族の娘――にジュースを注文した。


「あの調子だと明日にはメイが鎧の修理を完了させてるだろ。明日出発して、道中の魔獣で鎧のテストをしようと思う」


 イングリットは頭の中で描くクエスト消化ルートを告げる。


 今回、更新されたクエストは前回や前々回とは違う、どちらかといえば『サブクエスト』と呼ぶべき内容だ。


 魔王都周辺にある廃神殿の祭壇を修復せよ。魔王都近郊にある日替わりダンジョンでクエストアイテムを製作する材料を集めろ。ジャハームのダンジョン入り口にあるダンジョンゲートを活性化させろ。


 と、今回は3つのサブクエストが一気に表示された。


「道中って事はジャハームのダンジョンは後回し?」


「遠いしな。ジャハームのダンジョン内を確認して欲しいとマーレから依頼が来てる。指定された日まで間があるし、その間に他をこなすのが丁度良さそうだ」


 イングリットの言うマーレからの依頼内容はジャハーム国内に出現したダンジョンの調査同行依頼。


 そう、魔王都に続きジャハームにもダンジョンが出現した。場所はイングリット達が訪れた遺跡の近くだ。


 遺跡は地面に沈み、今では巨大な湖となっているらしく、その近くに洞窟型のダンジョンが出現したという。


 洞窟型と言っても、ダンジョン内部に侵入する為のダンジョンゲートが洞窟奥にあるだけでゲートを潜れば異次元空間へと飛ばされるのは変わらない。 


「そういえば、日付指定だったね。ジャハームのダンジョンかぁ。内部はどんな場所だろうね」


「俺としては中堅以上が潜れるダンジョンであって欲しいな。実入りが大きいし」


「そうだったとしたら、この世界の人達じゃ危険すぎるね」


 プレイヤー達と現実世界の魔族・亜人の格差は随分と大きい。中堅プレイヤーに丁度良いレベルとなると現代の人々にとっては命がいくつあっても足りない魔境に等しいだろう。


 イングリット達が本格的に攻略しなければならないレベルであれば、魔境を通り越して地獄レベルだ。


「帰りは転移門が使えるから、それで帰ろう」


 転移門とはクエストクリア報酬で解放された新要素と言うべきモノだ。


 現状で転移門が設置されている場所は魔王都近郊にある日替わりダンジョン。恐らくジャハームのダンジョンにも同様の機能があるだろうとイングリットは推測している。


 それら転移門は魔王都にある大聖堂の女神像前に繋がっており、女神像から日替わりダンジョンへ行く事も可能だ。


 しかし、1度行った事のある場所しか転移する事が出来ないようで現状では魔王都と日替わりダンジョンを行き来できるだけ。


 ジャハーム獣王都にも大聖堂があるらしく、そこに女神像があれば転移できるようになるかもしれない。ジャハームのダンジョンでマーレと合流した際に聞いてみよう、とイングリットは頭の片隅にメモした。


「便利な世の中になったね」


「全くだ」


読んで下さりありがとうございます。誤字報告もありがとうございます。


※補足 技巧装備の性能が上昇する = ゲーム等でよくあるスロットのような拡張性のあるモノを装着できる部分です。


次回は水曜日です。

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