111 冒険者組合設立の裏側
時間は少々遡り、王城へ招かれた日の事。
冒険者組合を立ち上げる事は確定事項として既に決まっていた。その事を王城に招かれた際にレガドへ相談すると彼は眉間に皺を寄せて悩み始めてしまった。
彼が「ウンウン」と悩んでいると横にいた傭兵組合長が口を開く。
「レガド様が悩んでいるのはフログ侯爵の件ですよね?」
「うむ。フログ侯爵率いる商人組合は国内の商売事を牛耳っている。彼らが黙って見ているなんて事は無いだろう」
フログと結託して間違いを犯してしまった傭兵組合長は、商人組合がどれほど大きな組織なのかを十分に理解している。
傭兵組合長はレガドに代わって、商人組合の組織力、荷を運ぶ販路の大きさ、貴族故に王城で行政手続きを行う者達へ圧力を掛ける方法。それらをイングリットへ説明してみせた。
イングリットは腕を組みながら少々悩む素振りを見せる……が。
「完全に潰したら国内の流通が死ぬな。俺達に流通面まで取って代わる暇は無い。流通はそのままに、組織力だけ縮小してもらおう」
何か考えがあるのか、そう言ってのけた。
傭兵組合長が顔に驚愕の表情を貼り付けていると、視界の端に魔王の娘である魔姫マキの姿が映った。
何をする気なんだろうか。そんな事を考えている合間に魔王が奇声を上げて倒れてしまい、考え事どころではなくなった。
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翌日。魔王は執務室でいつも通り仕事をしていた。
昨晩飲みすぎたのか少々頭が痛い。頭痛と共に感じる事は、何か重要な事を忘れているという焦りだ。
「昨日、何か重要な事を聞いたような」
「はて、何でしょうかな? 昨晩はパーティーの後に随分とワインを楽しんでいたようですが」
魔王付きの執事はビクリと体を震わせながらも冷静に答える。
ワインを楽しんでいたというのは嘘だ。
昨晩の超絶大問題発覚に対し、魔王の精神は限界を迎えた。限界を迎えた精神は自己崩壊を起こさないようにする為か、記憶にある問題の部分だけを切り取って闇に葬ったようだ。
「そうか……。マキはどうした? マキは昨晩、マ、マキ……。マキが……」
頭を抱えてガタガタと震える魔王。
「それ以上はいけません!」
慌てた執事は魔王の頭に斜め45度からのチョップをぶちかました。
すると、魔王は「ふぐぅ!」と苦痛の声を上げながらチョップの衝撃で机に頭を叩きつけると同時に体の震えが止まった。どうやら成功したようだ。
悶えていた魔王であったが、2分もしないうちに彼の意識が再起動する。
「くっ。昨晩は飲みすぎたようだな」
「さようでございますね。本日は休まれては如何でしょうか」
親切な王種族に発作を治める方法を教えてもらってよかった。執事は額に浮かんだ冷や汗をハンカチで拭いながらそう思った。
コンコン。
魔王の発作を治めていると執務室のドアがノックされる。執事がドアを開けると、立っていたのは見慣れない男。
「やぁ。魔王殿」
男の頭に生える見覚えの無い角と態度で相手は王種族であると分かった。彼のようにニコニコと笑いながらフランクな態度で近づく者など、この国には王種族を除いて存在しない。
王種族の男は手に紙と筆記用具を持っていた。それを魔王の執務机の上にトン、と置く。
「君の悩みを解消してあげよう」
一体何の事だろうか。そう思いながら魔王が男の顔を見ていると、男はクスリと笑う。
「お荷物な貴族がいるのだろう? 特に商人組合絡みだ。不正を働いているが証拠がない。ここに来る前に会ったレガド君もそう言っていたよ」
そう言って、机の上に置いた紙を人差し指でトントンと叩く。
「名前を書くと良い。そうすれば、君は1つの悩みから解放される」
魔王は男の言葉を聞いてハッとなった。
最初に浮かんだ事は、書いた者の暗殺。男は商人組合絡みと言っていた。冒険者組合を立ち上げ、商売敵となる者達を暗殺して黙らせるのだろうか、と。
そんな思いを読み取ったのか、男は再びクスリと笑う。
「まさか。暗殺なんてしないよ。彼らには魔王国の法に則って罪を清算してもらう」
男を完全に信用するのならば、血生臭い話ではないようだ。
しかし魔王は男の言葉に疑問を覚えた。
「彼ら……。既に不正を働いている者を知っているのですか?」
「ええ。勿論。ただ、商人組合絡みではない者でも不正を働いている者がいるでしょう? ついで、ですよ。ついで」
男は反魔王派――魔王の行う政治を良しとしない貴族派の者もついでに対処してやろうと言う。
魔王は悩んだ。こんな方法で政敵を排除して良いものか、と。綺麗ごとに聞こえるが、しっかりと真正面から向き合わなければいつか自分にもしっぺ返しが来るのではないか、と。
悩む魔王の耳元に男は口を寄せて、囁く。
「今を逃したら次は無い。ここで一気に排除して国を良い方向へ変えなければ……侵略に対抗できませんよ? それに、未来ある子供達へ希望に満ちた国を残したいとは思いませんか?」
国を良い方向へ。未来ある子供達。希望に満ちた国。何とも正義感溢れる言葉だろうか。
「未来のある子供達に……」
「そうです。子供達が傷つけられる国など、あってはなりません。そうでしょう? さぁ。書きなさい。昨日、パーティーに呼ばなかった貴族を特に」
それは悪魔の囁き。さらさらと、心地良い言葉が魔王の鼓膜を擽る。
いつしか魔王は手にペンを持って、紙に名前を書き始めた。
「ええ。そうです。それで良いのです」
男はそう言って、笑う。頭に生えた銀色のミスリルのような悪魔の角が窓から差し込む光に反射してキラリと光った。
悪魔の男は魔王からリストを受け取り、王城を後にする。
通行人や買い物客で賑わう魔王国の大通りを歩いていると、前方から黒装束で身を包み口元に泥棒ヒゲとハンチングハットを被った男が見えた。
悪魔の男は泥棒ヒゲの男とすれ違う瞬間に手に持っていたリストを、彼が取りやすいように持ち変える。
案の定、泥棒ヒゲの男は悪魔の男が持っていたリストをサッと奪う。
「これがリスト。証拠と弱みを握ってくれ」
「了解」
リストを受け取り、任務を聞いた泥棒ヒゲの男は建物の影へと歩いて行くと影と同化するように姿を消した。
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「ようこそ。よく来てくれた」
まだオープンしていない冒険者組合の3階にある応接室にはイングリットと、とある男が机を挟んで対面していた。
「よく言う。無理矢理連れてきたクセに」
応接室にいる男の正体は商人組合の副組合長。彼は貴族ではないが、フログの側近であり右腕のような男。業務が終了して家に帰ろうとしていたところを2人の王種族に拉致されてこの場へ連れて来られていた。
「まぁ、そう言うな。お前にとって悪い話じゃない」
イングリットは対面に座る男へ未来の話を聞かせ始めた。
「商人組合は勢力を縮小するだろう。フログは捕まり、お前も共犯でブタ箱行きだ」
「何を言い出すかと思えば、まさか――」
パサリと数枚の紙がテーブルへ投げつけられる。
副組合長は紙に書かれている内容を断片的に読んで、驚愕の表情を浮かべた。
書かれている内容はフログの行っていた横領の内容と横領した物のリスト。しかも最新のリストだ。
長く横領を行っており、それを手伝っていたのが副組合長だった。紙に視線を落としてよく読めば、彼の関与した事も赤裸々に書かれているではないか。
「お前は貴族じゃない。だが、奥さんと娘がいるらしいじゃないか。娘は王立の学園に通っているんだろう? 父親が捕まったらどうなるんだろうな?」
「ま、待て! 家族は関係無い!」
「関係無い? 横領した物資や金で飯を食っていたのにか? 犯罪で得た金で学園に通っていたのにか? 一般人は納得するのかねぇ?」
副組合長は己の置かれている立場を理解したのか、顔中汗だらけになって額に髪を張り付かせながら顔を歪める。
彼の表情を見ながらイングリットは兜の中でニタニタと笑った。
「私はどうなっても良い! 家族だけは!」
「その言葉が聞きたかった」
待ってましたとばかりにイングリットは彼に指示を出した。
フログに市場から冒険者組合直営店、及び冒険者組合に所属した商会を排除するように仕向ける事。捕まった際に証言する事。商人組合の持つ流通販路を全て開示する事。この3つを指示した。
「証人になるのはお前の罪を軽くする為だ。貴族に命令されてやっていた、となれば少々の減刑にはなるだろ? まぁ、捕まって罪を償うのは免れないが」
貴族に命令されていた、という点が大事だとイングリットは強調する。この事実さえあれば一般人が彼の関与を知っても同情的になるだろう。彼の家族も可哀想な父親と見てくれる。
そんな印象操作が簡単に通ってしまうほど、この国の貴族は腐っているからだ。
「お前が罪を償っている間、お前の家族はウチが面倒見よう。娘も学園へ通いながら冒険者組合で働いてもらう」
「……信じて良いのか?」
副組合長は泣きそうな顔でイングリットを見やる。
「信じるも何も。お前に残された選択肢はこれだけだ。家族を破滅させたいなら別だが」
「わ、わかった! 信じる! やるよ!」
「ククク……。交渉成立だ。もし、こちらの指示に従わない時は……」
イングリットはもう一枚の紙をテーブルへ投げた。
宙を舞いながらテーブルの上に着地した紙は副組合長の妻と娘が映ったスクリーンショットを紙に転写したモノ。
とてつもなく鮮明に、まるで本物が紙に封じ込まれたような再現度の高い絵に副組合長は驚く。そして同時に、妻と娘の顔に赤いバツマークが書き込まれている意味を知った。
「裏切らない! 裏切らないから妻と娘だけは!」
「それはお前次第さ」
副組合長は項垂れながら部屋から出て行った。彼とすれ違い様に応接室へ入って来たユニハルトはイングリットへ問う。
「進捗はどうだ?」
「商人組合の組合員には手を打った。優秀そうなヤツも手に入ったぞ。あとは関与している貴族の家族を抱え込めば完了だな」
「まさか人質を人材不足に充てるとはな」
「人聞きの悪い事を言うな。面倒を見てやるだけだ。路頭に迷わないようにな。まぁ、裏切りそうなヤツはダンジョン送りにするし、裏切ればどうなるか懇切丁寧に説明してやるんだがね」
イングリット達が冒険者組合を開始する上での問題点。それは商人組合の横槍と人員不足だ。
商売を始めれば必ずぶつかる相手が商人組合。冒険者組合で取り扱う商品が商人組合の既存商品に負けるとは思わない。だが、様々な嫌がらせやトラブルに巻き込まれるだろう。
それらを無視したり、対処を魔王という最高権力者に丸投げしても良いが一々相手にしていては面倒だ。故に組織力を縮小させる。
物流業務はそのままに、まずは魔王都の商売からは撤退させるつもりでいた。
物流まで飲み込まないのは現在の冒険者組合ではそこまで手を回していられないからだ。行商人やキャラバンなどの遠くの街へと赴く者達は商人組合に所属させておき、後々に冒険者組合の商品を他の街へと流通させたい時に業務提携という形で使う。
勿論、裏切りがないように秘密を握っている者を幹部に据える。あくまでも業務提携なので、冒険者組合は商人組合に料金は払うが優遇はしてもらう。
全てを飲み込んで締め上げすぎても反発が生まれるだろう。故に締め上げる力は緩くし、傘下でありながら重宝しているという態度を示して飼い慣らすのだ。
仕事はあくまでも商人組合が行う。何か起きれば問題無く切れるし、こちらは被害者だという立場の出来上がり。
不正を暴いて蹴落とした者達の家族を抱き込むのも同様だ。裏切れば家族が酷い目にあってしまうし、抱き込まれた家族達も自分の家族が罪を償っているので裏切ればイングリット達の一言で罪が加算されてしまう。加えて自分達も同じ目に遭うだろう。
商人組合の組織力を削ぎ、不正を暴く事によって罪人達の家族で人材不足を解消する。秘密と罪で雁字搦めにして動けないように、抵抗させないようにしながら。
これがイングリットの考えた打開策だった。
「ちゃんと刑期を終えれば家族も解放されるんだ。給料も払うしな。その間に体制を整えながら一般人を雇用すれば良い。これは一時凌ぎの策だからな」
そう。捕まった者達はちゃんと刑期を終えれば解放される。それに伴って家族も解放されるのだ。貴族位を持っていた者は位を剥奪されるだろうが、自由の身にはなれる。
家族には賃金も払われるので生活はできるだろう。何だかんだ言いながら魔王国で禁止されている強制労働や奴隷制度のような、法を犯していないのがミソだ。
「貴族を告発してもこちらに被害は無いだろう。何たって、魔王がリストを寄越したのだからな」
捕まった者の縁者が逆恨みする可能性もあるだろう。それらを跳ね除ける暴力という力をイングリット達は持っているが、今回の一件は魔王も絡ませている。
風除けにはもってこいの人物だろう。
「全く、何度も言うが……お前は本当に悪魔のような男だ」
「馬鹿を言うな。俺は竜だ」
イングリットは兜を脱ぎ、赤い瞳をギラつかせながらニタリと笑った。
読んで下さりありがとうございます。誤字報告もありがとうございます。
次回は土曜日です。




