110 冒険者組合3
「貴様ら。市場で商売を続けたければ、私達商人組合に販売している品物の9割を納めよ」
ブヨブヨの腹と顎を震わせる醜いカエル――フログ侯爵は手に持った紙をイングリット達へ突きつけながら下品な笑みを浮かべた。
彼の手に持つ紙には行政のハンコが押された正式な文書。
内容は『冒険者組合は不法行為によって商売をしている為、市場利用を禁ずる』と書かれていた。
「不法行為って何だよ」
イングリットの言う通り、文書には不法行為を指す明確な理由が記載されていない。
しかし、それを聞いてフログはニヤリと笑みを浮かべた。
「不法な行為は不法な行為だ。私は商人組合の長であると同時に、この国の貴族。侯爵だぞ? 貴様らのような小物を如何様にもできるのだ」
フログの言葉に、たまたま冒険者組合にマージンを納めに来ていた所属商会の会頭達がざわめいた。
彼らは小さく「終わりだ」「首を括るしかない」と絶望の声を上げる。その声を耳聡く聞いたフログは愉快そうに「ゲコゲコ」と笑いながらイングリットを見やる。
「ふん。どうせ経済部の者に賄賂でも渡したのだろう」
市場の使用許可、出店許可を出すのは王城にある経済部だ。決して、商人組合がどうこうできる問題ではない。
商人組合とは国内の流通を司る組織であり、魔王都内の生活区画を取り仕切る組織ではないからだ。
といっても、商人組合の力は今では強力なモノなのだろう。
商人組合が個人・商会・行商人からの商品買取と卸業を行っているのは、商人に流通網と物を集積する場所の提供を行っているからであり、国内で最初に物が集まる組織だからである。
つまりはやっている事の幅が広く、その分組織力も高い。商人組合の息がかかった者が王城に勤めているのも当たり前の事なのだろう。
それに、王城にある経済部は経済全般を司ると言えば聞こえは良いが、流通と販売を商人組合に丸投げしている状態だ。
人間からの侵略を受け、再起を図ろうとやる気に溢れていた昔は役割分担という事で、それでもよかったのだろう。だが、現在では組織は腐り果て、貴族が甘い汁を吸う為の道具に過ぎない。
「ゲコゲコ!! だからどうしたというのだ! 私は侯爵だぞ! さぁ、どうする! 大人しく納めれば――」
「失せろ。クソカエル。貴様にやる物など、1つもない」
権力で追い詰めれば頭を床に擦り付けるだろう、と考えていたフログ。その考えは竜によって木っ端微塵に吹き飛ばされた。
「き、貴様ァ!」
「失せろ、と言ったはずだ。お前、カエル臭いんだよ。あ、カエルだったはwwwすまんwwww太ってるからオークかと思ったwwww」
イングリットが盾師特有の煽りを言い放つと冒険者組合にいた誰かが「ブフォ」と堪らず噴出す。それを皮切りに冒険者組合内は爆笑の渦に飲み込まれた。
「貴様ら! 全員後悔させてやるからな!」
フログは顔を真っ赤にさせながら同行者の組合員と共に大股でドスドスと歩きながら出て行った。
フログ侯爵が出て行った後、唯一笑っていなかった所属商会の会頭達が慌ててイングリットへと駆け寄る。
「イ、イングリットさん! マズイですよ!」
「商人組合に睨まれたらマズイですじゃ! 商売ができなくなる!」
顔を青くしながら声を上げる彼らに、イングリットは「まぁまぁ」と手で制する。
「何も南東エリアの市場で絶対に商売をしなきゃいけない訳じゃない。明日には建築が終わるはずだ。2~3日は商売が出来ないが……まぁ、見てろ」
イングリットはそう言うとニヤリと笑った。
一方、冒険者組合のフリースペースでコソコソと話す者達がいた。
「おい、何か黒盾が有利になるように事が進んでないか」
「当然だろ。ああなるように仕組んでんだよ。この前なんて王城にいる文官の頬を札束で叩いてたぞ」
「俺は商人組合の組合員に将来路頭に迷いたくないだろって脅しているのを見た」
「受付嬢に壁ドンしてた」
「貴族の弱みを握れと盗賊スキル持ってるやつに言ってた」
「チンピラを地面に埋めてた」
邪悪な竜は最近忙しなく動いていたようだが、目撃者は多数いたようだ。
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数日後、冒険者組合に所属していた商会は全て市場から消える。
その様子を満足気に見ていたフログは溜飲が少しは下がったのか、商人組合にある組合長室で優雅にワインを楽しんでいた。
「フログ様!!」
しかし、そんなフログの元に息を切らした組合員が駆け込んできた。
「どうした。騒々しい」
ゼェゼェと肩で息をする組合員が大声で叫ぶ。
「い、市場に客が1人も来ません!!」
「な、何だと!?」
フログは職員を連れて市場へと駆けた。すると、商人組合所属の商会で占められた南東エリアの市場には報告通り1人も客がいない。
「ど、どういう事だ……」
脅威であった冒険者組合の商会は全て排除した。市場に出店している店も屋台も全てだ。
魅惑的な商品は売られず、買い物客達は従来の商品を買わざるを得ない状況になったはずだ。
「組合長!」
フログへ声を掛けたのは原因を調査していた別の組合員だった。
「南西エリアに新しい市場が!」
「なにィ!?」
その調査員に道案内させ、フログは件の場所へと急ぐ。
すると……。
「な、なんだこれは」
フログの目の前にあるのは屋根付きの市場だ。それも南東エリアにある市場の1.5倍は大きい。
中を覗いて見れば『青果』『精肉』『調味料』『鮮魚』とカテゴリ別に看板を掲げたいくつもの店が並ぶ。
他にも今まで魔王都内の道端で営業していた屋台や薬屋までもが室内に収められているではないか。
勿論、大盛況。客は溢れ返るほど訪れており、客層も様々だ。
貴族の屋敷で雇われているメイド、子連れの親子、宿で食事を提供するスタッフ、食事処の亭主。老若男女がワイワイと買い物を楽しんでいた。
「ここは便利ねぇ」
「ここに来れば何でも手に入る。一箇所で済むのが良いな」
「雨の日も濡れずに買い物できて良いわね」
暮らす上で必要な物が全て一箇所に集まり、魔王都内を練り歩く必要が無い。誰かが言った通り、雨の日でもここへ来れば一箇所で買い物が済むのだ。時短効果も大きい。
フログの脇を通過していった買い物客は嬉しそうに笑みを浮かべて家へと帰って行く。
「な、何なんだ……これは……」
「いやぁ。大盛況ですまんなぁ」
あまりの衝撃に膝をついたフログ。そこへ声を掛けた者がいた。
「貴様ッ!」
声の方へ振り返ると「ククク」と笑いながらフログを見ていたのはイングリットだった。
「俺達、冒険者組合のスーパーマーケットだ。お前が言った通り、南東エリアの市場では商売はしないよ。未来永劫な」
不動産商会に言って南西エリアの空き地を根こそぎ購入。そこに新たな市場――スーパーマーケットを作る。
この計画は王城に呼ばれる前から既に考えていた事だ。
貴馬隊のメンバーをも動員して日替わりダンジョンで材料アイテムを稼ぎまくり、屋台で新しい料理を一般人の舌に覚えさせる。
味を知った一般人達へ市場で材料を売り、追い詰められた個人商会を勧誘して傘下に収める。
商人組合が横槍を入れて来るのも想定内だ。今まで組織が独占していた利益を奪われるとなれば動かない方がおかしい。
動くのが分かっているのであれば、動く方向性を調整してやれば良い。
市場から消えた新商品。そして街に流れる商人組合の蛮行の噂話。
そこへ南西エリアに新たなる市場が誕生して、取り扱う商品は皆が求める商品だ。
この個人商店を一箇所に集めた施設『スーパーマーケット』に人が集まるのは当然の事だろう。
「お前のとこはもう客が来ないかもしれんなぁ! ククク!! アーッハッハッハッハッ!!!」
全てはこの日の為に。
市場という魔王都に暮らす者達の基盤を奪い、一大勢力である商人組合の力を縮小させる為に。
あの日、苦労して手に入れたお宝を奪おうとしたカエルから利を奪う為に。
あの時とは違う。もう既にイングリットは立場を確立させたのだ。シャルロッテの立場を利用しないで良い。思う存分に、己の為に動けるのだ。陥れられるのだ。
と、いう理由も9割くらいあるが、別の事情もある。
「ぐ、ぐぐぐ……!」
フログは手で地面の土を握り締めながらイングリットを睨みつける。
徐々に怒りで顔を赤くさせるフログ。だが、そこへ更なる追い討ちが。
「フログ侯爵ですね。魔王様より城へ連行するようにと命令が出ています」
現れたのは軍服を着た男達。先頭にいた隊長格の男が手に持っていた紙を広げて見せると、魔王とレガド2名のサイン、そして連行する旨の命令が書かれていた。
「どういう事だ!!」
「私には分かりかねます。とにかく、ご同行を」
フログは軍人2人に両脇を固められ、強制的に立たされた。
その様子を見ていたイングリットは再び笑う。
「終わりだよ。お前は。今まで甘い蜜を吸いすぎたんだ」
イングリットの言葉にフログの胸の内には答えが浮かんだ。
魔王に汚職がバレた。
実際は魔王やレガドに随分前からバレてはいたが証拠を掴まれたというのが真相だ。
商人組合の長である事を利用して不当に物や金を着服していた事、賄賂や脅迫、気に入らない者の商会を故意に潰すなどの悪逆非道な行為。
それらの証拠は既に魔王とレガドへと提出されている。
「さようなら。憐れなカエルよ。もうシャバには出れんだろうがなァァァッ! ハーハッハッハッハ!!」
フログは邪悪に笑うイングリットへ罵詈雑言を叫びながら、軍人によって引き摺られるように去って行った。
読んで下さりありがとうございます。
一旦区切りの良いところまで。次は裏話の予定。
次回は木曜日です。




