107 出資者 / 巫女の老婆
王城で開かれたパーティーの翌日。イングリットとユニハルトは早速冒険者組合の設立へ動き始めた。
まず最初は場所の確保だ。レガドに相談すると魔王都の南西エリアにある土地を購入できる事になった。
過去に彼に紹介された魔王都一の不動産商会へと赴き、イングリットとユニハルトの考える要望を伝える。
冒険者組合が建設される土地の確保は勿論の事、他にも生産職用の工房を作ったり貴馬隊の宿舎を作る為の土地も確保しなければならない。
それらを伝えると不動産商会の会頭である年老いたオーガは瞳を光らせる。何せ購入する土地数は多い。
現在の魔王都で人気のエリアは南東エリアだ。理由は大きな市場や大手の商会が存在していて利便性に優れているからである。
南西エリアは2ランクほど落ちるといった評価。一般向けの住宅や安い宿があるだけで、目新しいモノはここ最近生まれていない区画な事もあって土地の価格も手頃。
といっても、流石に土地と建物の建設費用を考えると大きすぎる買い物だ。
「えーっと、建物の建設費と土地代を入れると2億エイルになるのですが……」
イングリットとユニハルトから言われた通りの土地と建設費をざっと計算しただけでもこの価格。
さすがの老オーガも価格を伝えれば少々考えるだろうと踏んでいた。もう少し土地を絞ったり、建設する建物のグレードを下げるだろう、と。
「200Mか。現金一括で」 ※ 200M = 2億
しかし、老オーガの考えは外れた。まさかの現金一括払い。
「え?」
イングリットはインベントリから札束を次々と取り出してテーブルの上へと積んでいく。
老オーガはこんもりと出来上がった札束の山に驚愕を通り越して目玉が飛び出そうになる。
「数えてくれ。足りなければ追加する」
「は、はい! ええっと……」
老オーガが札束を数えるとしっかり2億エイルあるではないか。
何故、イングリットがこんなにも金を持っているかと言うと札束の正体はゲーム内で稼いで貯めたモノだ。
竜は金銀財宝が大好きと言われているがそれを証明するかの如く。彼の総資産はゲーム内において5本の指に入る程。資産ランク1位は職人レギオンである商工会なのだが、レギオン単位で貯めた資金に個人で迫るというのも驚異的だろう。
2億エイルなどポンと出せるプレイヤーもそうそういない。
「まずは冒険者組合の建設から優先的に進めてくれ。他の施設は利用する者と相談しながら内装を決める。土地の確保だけ進めてもらって、建設費は預けておく」
「は、はい! 精一杯やらせて頂きます!」
魔王都で不動産関係の大口顧客と言えば貴族にあたる。しかし、彼らでさえ支払いは分割だ。
あくどい貴族だと身分を盾にして分割の支払いすら払わない者もいる。分割で払ってくれるだけ優良顧客と言えるのだが、イングリットはそれを遥かに凌ぐ超優良顧客と言えるだろう。
老オーガも彼の機嫌を損ねてはいけないと気合を入れて返答しながら、脳内で仕事が早く丁寧な大工職人のリストを思い浮かべる。
「これから大工職人へイングリット様の要望を伝えに行って参ります。建物の図面が出来上がり次第、1度ご相談に伺わせて頂きますね」
「うん。よろしく」
イングリットとユニハルトは不動産商会を後にするべく立ち上がる。
老オーガは彼らを店の外まで見送り、姿が見えなくなるまで頭を下げ続けるとキリリとした仕事人の顔へと変えて大工職人のもとへと向かった。
「それにしても、貴様はいくら持っているのだ?」
帰り道、ユニハルトがイングリットへ問う。
「ああ? まぁ、1G(10億)くらいか。随分と前にダンジョンで黄金羊が大量沸きしたって噂が流れただろ。あれを全部狩ったのが俺達だ」
黄金羊とはゲーム内に稀に姿を現す超レア魔獣だ。正式名をゴールデンシープ。
ゴールデンシープの毛は最高級の毛糸になる材料で裁縫職人ならば資産を投げ打ってでも飛びつく程のレアアイテム。
それを大量取得したイングリット達はプレイヤー人生の中でも最高位の一攫千金を経験した。
勿論、等分してメイメイとクリフも大量の金が手に入ったのだが、彼らは自分達の装備品や趣味で集めているアイテムへ次ぎ込んで残金はあまりない。
逆に溜め込むのが大好きで、インベントリに表示される手持ち金額のゼロの数が増えていくことを見るのが好きだったイングリットはその時の金が丸々残っていたのだ。
他にもダンジョンで得たアイテムを売ったり、マーケットに張り付いて転売で稼いだりと収入はあったのだが。
「市場に黄金毛玉が流れた時か……」
ユニハルトも裁縫職人が騒いでいた当時の様子を思い出しながらイングリットが金を持っている事に納得したようだ。
「貴様、これからの予定はどうするのだ?」
「今、クリフとキマリンが王城に日替わりダンジョンへの通行証を取りに行っている。戻ってきたらダンジョンに潜って鎧の修理アイテムを採取しに行くかな」
「そうか。うちも今の内に鉱石を集めておくか」
イングリットとユニハルトは肩を並べながら魔王都を歩いて行った。
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「こちらが通行証です」
「はい、どうも」
王城にある軍部区画で文官から日替わりダンジョンの通行証を受け取るのはクリフとキマリン。
既に通達がいっていたようで受け取りまでの時間は掛からずスムーズに終わる。
「さて、帰ろうか」
「そうであるな」
クリフとキマリンが王城の廊下を歩いていると、前方から2人の人物が現れた。
車椅子に乗った老婆と車椅子を押す少女の組み合わせ。彼女達は魔王城で暮らす巫女。神のお告げを聞いて魔王へと進言する者達だ。
クリフは車椅子を押す少女に視線を向け、可愛い子だなと感想を抱く。その後、視線を下げて老婆へと向けた。
(おや?)
車椅子に座る老婆は顔をローブのフードで隠しているが、チラリと見えた顔に違和感を覚える。
魔導魔眼を起動して老婆を注視すると予想通りの反応が見えた事で、クリフは老婆へと声をかける。
「お婆さん。呪いにかかってますね」
油が足りずにキィ、キィ、と音を立てていた車椅子の車輪が止まる。
クリフの一言に車椅子を押していた少女――狐族の少女は驚くようにクリフの顔を見やる。
対し、呪いにかかった本人はフードで顔を隠したまま小さく笑った。
「ヒヒ、そうですじゃ。よくお分かりになりましたな」
「治さないんですか?」
クリフが問うと老婆の体はピクリと反応する。
「この呪いは人間にやられました。治そうにも治らない」
そう言って老婆は顔を上げる。
フードから見えた老婆の皺が刻まれた顔――彼女にかけられた呪いは目にあった。老婆の瞳は死んだ魚のように白く濁り、視力を完全に失っている。
長く呪いに侵されていた老婆はもう治らないと諦めているのだろう。
己の瞳を蝕む呪いを見せ付けるようにクリフの声がする方向へ向けて笑う。その笑みにはどこか悲壮感が漂っていた。
「解呪、パーフェクト・キュア、ヒール」
「えっ?」
老婆が悲しそうに笑う様子を見たクリフは3つの魔法を続けざまに詠唱。
驚く声を上げたのは車椅子を押していた少女だ。彼女はクリフの口にした魔法名を聞いて口を半開きにしながら固まる。
彼女は老婆の孫であり、いつか自分の祖母が侵されている呪いを解こうと回復魔法を勉強していた。その過程で呪いを解く為には失われた魔法『解呪』と呪いで蝕まれた体を癒す『キュア』が必要だと知っていたのだ。
しかし、それらは王種族が使っていたと言われる伝説の魔法。既に使い手はこの世に存在していない。
そんな伝説の魔法を軽く使って見せたクリフを見て現世に王種族が現れたという噂を思い出した。まだ見習い巫女である彼女が王種族と対面するなど叶わないと思っていたのだが……。
「そ、そんな、まさか」
淡い緑色の光が老婆を包むと老婆は困惑した様子を見せ、皺だらけの手で己の顔を触り始めた。
今までは真っ暗な闇を映すだけの瞳に光が差す。呪いの解けた瞳には後光に照らされたように、2人の人物のシルエットが映し出される。
何度か瞬きを続けると黒いシルエットの人物が鮮明に映し出されて、老婆は驚きを顕わにした。
「ク、クリフィトアンヌ様……? そ、それに、キマリス大公閣下……?」
老婆の瞳に映る2人の人物。それは過去に彼女がよく知る人物と瓜二つだった。
「?? 私の名前はクリフですよ?」
「大公? 我輩は魔法少女であるが?」
しかし、当の本人は首を傾げて何の事か分からない様子。
「あ、あの!! お婆ちゃんを治してくれてありがとうございます!」
疑問符が飛び交う場に少女の声が響くと、クリフは笑いながら少女の頭に生える狐耳を撫でた。
「治って良かったね(おほっ。狐っ娘かわいッ)」
「うむ。少女よ。健やかに過ごすが良い」
クリフとキマリンはニコリと笑った後にその場を後にした。
瞳に光が戻った老婆と孫は廊下を行く2人の背中を見つめる。
「お婆ちゃん。あの方々を知っているの?」
「分からない……。しかし、私が若い頃に出会ったお二人と似ている……」
老婆が旧魔王都の教会で巫女修行を行っていた時によく会っていた2人の悪魔族。
姿は多少違えど、思い出の中にある人物と顔がそっくりだった。
邪神と人間の侵略が始まり、神話戦争で2人は命を落としたと老婆は風の噂で聞いていた。
だが、もしかしたら……。
「神よ。この出会いに感謝致します……」
老婆は完治した瞳から流れる涙の感触を頬で感じながら皺だらけの手を合わせて、懐かしき思い出と共に神へ祈りを捧げた。
読んで下さりありがとうございます。
ちょっと過去の事っぽいの。
誤字報告ありがとうございます。見直しはしているつもりですが、見逃しが多くてすいません。
お手数をおかけしまして申し訳ないです。
次回は土曜日です。




