106 王城へご招待
イングリット達が王城へ招待される事となり、その連絡が来たのはアリクとレガドの2人と話し合いをした日から1週間後であった。
話し合いで告げた要求に対して会議が紛糾しているのかとイングリット達は予想していたのだが、実際は要求に対しての答えはあっさりと決まっていた。
では何故1週間も掛かったのかと言えば、隣国であるジャハームへの連絡とジャハームを治めている3氏族長を王城へ招待したからだ。
嘗ては大陸全土を治めていた王達が現世へと復活した。その中には亜人の王種族も存在している。
そんな状況でジャハームに連絡せず後になって発覚すれば外交問題へと発展してもおかしくはない。ただ、知らせると同時に『王は国の政治には関わりたくない様子』という一文を付け加えた。
こうする事で3氏族長は魔王国と同様に、余計な事を言わずに静観するだろう。実際、書状を届けたソーンの話では王種族に関しては魔王国と同調すると言っていたようだ。
彼らは書状を受け取った日に魔王国へと出発し、昼夜問わずの強行軍で越境。王城に着いた時にはフラフラの状態であったが、翌日には王城へ招待する旨を伝える使者が遣わされた。
そんな経緯があったものの、微塵も知らないイングリット達と貴馬隊はゾロゾロと王城へやって来た。
城門に整列したメイドと執事達によって謁見の間へと案内される。案内されている最中の彼らはキョロキョロと周りを見ながら各自感想を零しまくる。
ゲーム内と同じだ。あのメイドさん可愛い。執事がダンディ。この絵画のモデルは誰だ。あーだ。こーだ。と、まるで動物園のサルのようにキャーキャー言っていた。
彼らを見ても顔色1つ変えないメイドと執事達は流石の王城勤めといったところか。
謁見の間に到着すると扉の前には卸したての軍服をキッチリ着こなした軍人が2人立っており、彼らが両開きの扉を開ける。
扉の先には赤い絨毯が玉座まで続き、天井にはキラキラと光るクリスタル製のシャンデリア。
綺麗に清掃された白い壁沿いには軍人が並び、赤い絨毯の両脇にはこの日の参加を許された特定の魔王国所属の貴族達とジャハームからやって来た3氏族長が並ぶ。
両脇に並ぶ彼らは扉が開いた瞬間から片膝を地面について頭を下げた。
まるで偉人を迎える儀式みたいだな。招待されたイングリット達と貴馬隊はそんな感想を抱いていた。
その通りである。王城で出迎えた者達は全員王種族が城に来たと思っているのだ。
本人達は王種族の容姿をキャラクタークリエイトの産物だと思っており、実際にこの世界で過去に生きていた王種族じゃないと思っているが……彼らは嘗て現世で死んだ王種族で神によって復活させられた者達。
つまりは嘗て生きていた王種族本人であるのだが、認識が食い違っているのだ。故に他人事のような感想を抱いているが致し方ない事だろう。
彼らを王と思っているのはこの国を現在治める魔王も同じ。
赤い絨毯の先にある玉座は床から1段高い位置にある。王ならば誰よりも高い位置にいるのが通常だろう。しかし、この場にいる魔王は王種族ではない仮初の魔王。
故に魔王ガイアスもこの日は玉座で待つのではなく赤い絨毯の上に立って出迎えていた。
魔王ガイアスの両隣には魔王軍4将が2人ずつ並び、先頭を歩くイングリットが絨毯と玉座の中間あたりまで歩き進めたところで魔王ガイアスと4将は深々と頭を下げた。
先頭を歩くイングリットが魔王の前までやって来ると魔王は頭を下げたまま口を開く。
「この度は王城までご足労頂き、誠に感謝致します」
魔王ガイアスが礼を述べる。が、イングリットからしてみればいきなり礼を言われても困るというのが正直な感想だ。
しかし、イングリットの後ろからヒョコっと姿を現して横に並んだシャルロッテが肘でイングリットの脇腹を1回つつく。
「よい」
王城に赴く前にシャルロッテから『王っぽい仕草と言葉講義』を受けたイングリット。シャルロッテは貴族マナー等をアレンジして懇切丁寧に説明した。
しかし、そんなモノに微塵も興味無いイングリットはシャルロッテの努力虚しく覚えが悪かった。そんな事を覚えるくらいなら冒険者組合を立ち上げた後で市場へ参入する為の材料を考える方が重要だったからだ。
結果、脇腹を1回つつけば『よい』2回つつけば『ダメだ』3回つつけば『検討する』という3つのセリフと合図を用意した。
「「「ハハァー!!」」」
隙の無い短い返事は威厳たっぷりに聞こえたのだろうか。魔王も4将も絨毯の両脇に並ぶ者達も揃って声を上げる。
(……みんな頭大丈夫なのじゃろうか?)
シャルロッテの口元が引きつる程の従順さ。イングリット達の闇を知っているシャルロッテは国の行く末を大いに心配してしまった。
「我々は王の方々の要請を全て了承致します。故にどうか、この国を。魔族の未来をお救い下さい」
「我々ジャハームも同様です。魔王国と同じく要請に応えます」
遂に魔王国の頂点がイングリット達の要求を認めてしまった。しかもジャハームも認めるというオマケつき。
イングリットは兜の中にある口角を上げて、ニヤッと笑った。
「(俺は大陸戦争へ積極的に関わらないが)任せろ」
「「「ハハァー!!」」」
超弩級の身勝手な答えに再び声を上げる魔王達。欲への渇望というモノは人間も魔族も変わらないのだろうか。
見方によってはどちらも醜い。そんな感想を抱く賢者はこの場にはいない……。
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謁見の間で要請了承への説明や王種族専用の身分証が配布された後は王城の大広間で華やかなパーティーが開催された。
パーティーに参加するのは魔王と4将、ジャハーム3氏族は勿論の事、今日の催しに参加を許された魔王国所属の貴族達。この参加を許された貴族達は所謂『魔王派』と呼ばれる派閥の者達だ。
ただ、魔王派の中でも魔王が特に信頼する貴族だけ。王種族と対面しても己の利を優先せず、国の事を想う貴族の中の貴族というような存在のみが参加を許されているのだ。
そんな選ばれた者のみが参加できる催し事。さぞ豪華絢爛なパーティーなのだと想像するのが普通だろう。
「芋、芋、芋。全部芋料理じゃねえか……」
貴馬隊のメンバーである、右目に黒い眼帯に銀の糸で狼の紋章を刺繍したモノを装備したワーウルフ族の男――ワンダフルはビュッフェ形式で並べられた料理を見て嘆く。
「芋を練って作ったパスタ。芋パン。蒸かした芋。焼いた芋。正体不明の魔獣肉に芋を挟んだモノ……。しかも全部塩味かよ……」
魔王国の国民食である根性芋の料理がズラっと並ぶ。全て味見してみたが食感も味もほぼ全部同じ。芋なので。
「この国じゃ芋しかねえよ。どの宿行っても芋料理。外にある屋台も芋料理。食堂も芋料理だ。金を多く出せば魔獣肉が食える」
「マジかよオイ」
彼は貴馬隊の戦闘員であるが、片手間に料理アイテムを作っている調理師の職業を修めた者だ。
こちらの世界に来てからインベントリにあった食材アイテムで『調理スキル』を使って作った料理を食べたワンダフルはあまりの美味さに自画自賛。それ以降、料理の素晴らしさに目覚めた者の1人である。
王城で出る料理の中に調理スキルのメニューには無い新しい料理があるかと期待していたがこのザマだ。
「ジャハームはサボテンと魔獣肉だぞ」
諦めろ、とばかりに追い討ちをかけるイングリット。
ワンダフルはペタンと狼耳とふさふさの尻尾を垂らして落胆を顕わにした。
「なぁ、黒盾よ。冒険者組合の建物を建てる時に食堂も併設してくれよ。そこで料理する」
要請が通ったからには冒険者組合を立ち上げるのは確定事項。その冒険者組合を設立する際に掛かる費用のほとんどがイングリットの資産を使う。
イングリットは冒険者組合設立者の中でも出資者の位置付けとなる予定だ。他にも市場を制する為に展開する事業のほとんどが彼の資産で行われる。
「お、いいねぇ。俺等もそこで食うわ」
「食材提供してくれたらタダでいいぞ」
ワンダフルが調理師持ちである事を知っているイングリットは食堂併設を了承。この国で食文化を展開してみるのも良い手かもしれない、とイングリットは心のメモに書き加えた。
「少々よろしいですかな?」
ワンダフルと話していたイングリットに声を掛けたのは魔王軍4将のレガド。彼の隣には体格の良い中年も一緒にいた。
「こちらは傭兵組合の長です。イングリット様に謝罪したい事があるようで」
そう紹介された傭兵組合長は勢いよく頭を下げてイングリットへ謝罪。
謝罪の内容はイングリット達がこの世界に来た当初に起こしたレガドへの侮辱に対する報復の件だ。
「大変、申し訳ございませんでした」
王種族と知らなかったとはいえ、無礼極まりない行為をしてしまった傭兵組合長は真摯に謝罪。今後は王種族と共に大陸戦争で協力させて欲しいと頭を下げ続けた。
「許そう」
「ありがとうございます!」
真摯に謝罪した事でイングリットの中にある『いつか殺すノート』の中から彼の名は消えた。
イングリットが許すと言った事でレガドの抱える重荷も1つ解消されたようで、レガドもホッと胸を撫で下ろす。
しばらく4人で談笑していると近くで同じく談笑していた魔王とユニハルトへ1人の女性が歩み寄る。
「お父様。こちらのステキな方は?」
女性の正体は魔王の娘、魔姫マキだ。
マキはワガママ娘でイケメン大好き。すぐ死ぬ駄馬だが顔は王子様系のイケメン男子たるユニハルトをいち早く見つけた彼女は瞳をキラリと光らせながら近づいて来た訳である。
「おお。マキ。こちらはユニハルト様だ」
「ユニハルト様。マキと申します。よろしければ、お話をお聞かせ下さいませんか?」
ニコっと可愛らしい笑顔を浮かべる魔姫マキ。
魔王も可愛い娘をニコニコ顔で紹介。これを機に王種族と娘の仲が発展すれば国も安泰だ。
娘が可愛くて仕方がない魔王ガイアスであるが、相手が王種族ともなれば反対はしない。将来は安泰だし、娘が王種族の子を産めば正真正銘の王家となる。
それは国にとっても国民にとっても良い事だろう。
「…………」
だが、ユニハルトはマキをチラリと見た後に無視。
近くでその様子を見ていたイングリットは彼らへと近づき、同じく近くで見ていたシャルロッテは「まさか」といった表情を浮かべた。
「あの。ユニハルトさ――」
「黙れ、ビッチが。2桁以上の男とヤった女が気安く話し掛けるな。耳が腐る」
ユニハルトの一言にピシッと場が凍った。
「な、なにを……?」
魔王は笑顔を浮かべながらも口元をひくつかせ、マキは笑顔のまま一筋の汗を流しながら固まった。
「わ、わたくし、そんな訳――」
だが、マキは負けない。何かの勘違いだと言おうとするがユニハルトは顔を顰めながら睨みつける。
「処女膜から声が出てない」
ユニハルトの拒絶は凄まじい。様子を窺っていた貴馬隊の数名が「ブフォッ」と噴出した。
「マ、マキちゃん? 違うよな? 違うよな?」
ガイアスは震えながらも笑顔を浮かべて娘へと問う。
マキが答えようとする前に火に油を注ぐ者が現れた。それは黒い鎧を着た男。邪悪なる竜。イングリットだった。
「コイツの処女に対する嗅覚は本物だ。だってユニコーンの種族特性だし」
ユニコーン全員が処女厨という訳ではない。だが、ユニハルトの拘りは人一倍激しい。彼はユニコーンの中でも特別な特性を持った者と言えるだろう。処女かどうかを判別するだけの事だが。
他にも周りにいた者達が「ウンウン」と頷きながらイングリットの言葉を肯定すると――
「ああああああああッ!!!???」
王種族という気高き上位者達から娘のビッチ加減をお墨付きされてしまった魔王は奇声を上げてその場に背中からブッ倒れた。
「魔王様!?」
倒れた魔王へ駆け寄るアリク。魔王の口からはブクブクと白い泡が溢れ出ているではないか。
アリクとレガドに抱えられて魔王は退場し、マキもそそくさと魔王と共に退場して行った。
「アイツ、とんだビッチ姫じゃねえか」
「余計な事を言うでない! ばかたれ! ばかたれ!」
魔王の息の根を止めかけたイングリットはシャルロッテにポコポコと殴られながら説教された。
読んで下さりありがとうございます。
誤字報告もありがとうございます。助かります。
マキはサキュバス族なので…。
次回は木曜日です。




