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105 カミングアウト


 貴馬隊の宿泊する宿に王城からの使者が訪れた。


 下っ端の軍人か文官がやって来て話し合いの場に連れて行かれるのではと予想していたイングリットとユニハルトであったが、その予想を裏切って意外な人物が直接出向いてきたのだ。


 出向いてきた者は2人。魔王の相談役であり宮廷魔法使いのアリク。それと砦から帰還したレガド。

 

 まさかの魔王軍4将の2人が揃ってやって来たのであった。


 しかしながら貴馬隊は4将の事を詳しく知らない。魔王軍の4将ですと身分を明らかにしても、まず4将という地位を知らない。彼らが訪れて来た際に貴馬隊のメンバーが受けた感想は「何か怪しいオッサンとジイサンがやって来た」だ。


「んで、テメェら何の用?」


 怪しい2人組に警戒する貴馬隊メンバー。


「イ、イングリット殿とシャルロッテ殿を呼んで下さいますか?」


 古文書や消失を免れた歴史書物の中に出て来る古の王種族に睨まれるアリクは額に汗を浮かべながら、なんとか言葉を搾り出した。


 本来であれば4将に対して不敬極まりない態度であるが、相手は王種族である。王種族からして見れば魔王軍4将なんぞ吹けば消し飛ぶような存在に等しい。


 ……のだろう、とアリクとレガドが勝手に思っているだけだ。


 貴馬隊の者は怪しい2人組が宿にやって来て、その目的は税金を払え等の強請りのような手段で金を奪いに来たのかと思っているからだ。


 何故、貴馬隊がそんな事を思っているかといえば、原因はイングリット達にある。


 イングリット達が魔王国とはどんな国か、と説明した際に『腐った貴族が多く存在していて強欲の限りを尽くしている』と語ったからだ。


 これはイングリットが遭遇した貴族や商人組合での出来事からの感想で、魔王国に所属しているシャルロッテからも否定の意見が出なかったからである。


 そうした理由から『偉そうな現地人』 = 『強欲な貴族』という方程式が貴馬隊の中で出来上がってしまった。


 植えつけられた誤解の被害を1番に受けたのがアリクとレガドという訳であった。また誰かさんの胃が荒れてしまうかもしれない。


 そんな一幕がありながら、貴馬隊の宿にはイングリット達と貴馬隊代表ユニハルト、使者であるアリクとレガドが集結。1つの丸いテーブルを囲みながら話し合いが始まった。


「単刀直入に聞きます。皆様は古に存在していた王……王種族ですか?」


 自己紹介を終えて最初に口を開いたのはアリク。彼の口からは随分とストレートな質問が初っ端から飛び出した。


 現魔王国に仕えるアリク達は人間の侵略を受けている真っ最中で、防衛するのが精一杯の状況だ。その防衛も多くの被害を出してようやく、といったところ。


 敵国との力の差は歴然。それを分かっていないのは無能な貴族達だけで魔王や4将達は危機感を十分に持ち合わせていた。


 このままではジワジワと国力を減らし、やがては魔王国が滅びるのは目に見えている。


 そんな状況に強者たる王種族が現れたとしたら彼らを頼る他無い。


 故に腹の探り合いなど時間の無駄だ。そんな暇があったら王種族達の協力を得て侵略に対する策を練りたい。そんな気持ちから飛び出した質問だった。


 対してイングリットと貴馬隊を代表して席に座るユニハルトはピクリと体を反応させる。


(随分と初っ端から飛ばしてくるじゃないか。さて、嘘がどこまで通じるか……)


 そんな感想を2人は抱いていた。ユニハルトは内心ドキドキしながらも冷静な様子を装ってチラリとイングリットへ視線を向ける。


 イングリットとユニハルトの視線が交わる中、場には1分程度の沈黙が訪れていた。


 そんな重々しい雰囲気と対面に座る2人の王が目線を混じらせる様子に、アリクとレガドの緊張感は高まる。2人は自然にゴクリと生唾を飲み込みながら答えを待っていた。


「……そうだ。俺達は王種族だ」


 来た! 王種族発言来た! これでかつる! なんてテンションを上げたのはアリク。遂に本人の口から王であると言ってくれたのだ。


 アリクもレガドも『やはり』と推測が当たっていた事への衝撃が顔に浮かぶ。


「イングリット殿……失礼致しました。イングリット様とお仲間の方々は随分前に魔王国へいらっしゃってましたが、何故身分を明かしてくれなかったのでしょうか? あ、いえ……失礼な質問と重々承知しておりますが、一応確認しなければならない項目でして……」


 王であると明かした瞬間に『殿』から『様』へのランクアップ。それだけ王種族という存在は彼らにとって上の存在なのだろうとイングリットとユニハルトは察する。


 しかも目の前にいるアリクが勝手に焦ってくれている様子。ここは畳み掛ける場面だとイングリットは兜の中にある瞳をギラギラと輝かせた。 


「それには答えられないな。俺達には重要な目的があった」


 そう、冒険したいという目的が。誰にも邪魔されずに心のままに冒険したい。魔王国なんて知ったこっちゃねえ、と言わんばかりの純粋な欲望が。


 そんな理由を馬鹿正直に言えるはずもなく、言葉少なく然も重要事項があったとばかりに発言してみせるイングリット。すると2人はどうだろうか。


「やはり……! 神の使者……!」


 イングリットの息を吐くようについた嘘を勝手に解釈してくれるではないか。


「お前達の抱える危機は知っていた。だが、それよりも優先すべき事があったんだ。すまんな」


「ハハァー!!」


 イングリットが何を、と明かさずに大嘘をぶっこいて王らしく振舞うと遂にアリクは椅子から飛び上がった後に地面で土下座までする始末。


 レガドも小声で「あのダンジョンは、やはり」などと呟いているので嘘を嘘と見抜けていないのだろう。


 イングリットは兜の中でニヤリと邪悪に笑った。


 横にいるユニハルトはニコリと笑っているが、内心で「コイツはどこからそんな嘘が沸いて来るのだ」と少々引いていたがすぐに腕を組んで冷静さを装う。


「俺達の要求は3つ。まずは身分の保証。魔王国との協力関係構築。そして、冒険者組合の設立だ」


 イングリットが指を3本立てながらレガドに要求を告げるとレガドは頷く。


「身分の保証は勿論です。そちらは既に準備をしております。協力関係と冒険者組合の設立についてお聞かせ願えますか?」

  

「人間とエルフ達の侵略に対して私達も協力しよう。主に貴馬隊が大陸戦争に参加する。その際には魔王軍も連携してほしい。こちらも人手が足りないからな」


 ユニハルトが協力関係について話すとイングリットが続く。


「冒険者組合は俺達と魔王国の窓口にする。大陸戦争に関する依頼や要請は組合を通してくれ。それと俺達が得た魔獣素材は冒険者組合を通して魔王国へ卸そう。魔王国は冒険者組合から市場に物を流す権利……自由に商売をする権利を認めてもらう。あと、ダンジョンの出入りも自由に出来るよう認めてくれ」 


 簡単に言えば事務的な窓口を置くから既に魔王国内にある傭兵組合に所属しないでも大陸戦争に参加できるようにする事と商人組合を通さずに商売やダンジョンへの出入りが出来るようにしてくれ、という事だ。


 大陸戦争に関して言えば魔王国側から文句は出ないと予想していた。何て言ったって侵略されている真っ只中。強力な戦力が力を貸すと言っているのであれば、どんな形でさえ認めると思っていたからだ。


 対して商人組合を通さずに自由な商売をさせろ、というのは自国の経済に介入させろという提案だ。若干渋るかと思っていたのだが――


「わかりました。城に戻って魔王様に伝えます。現状で確約はできませんが、実現は十分可能でしょう」


「あ、そう……?」


 レガドの答えに少々拍子抜けするイングリット。


「あの、魔王国に対しては……?」


 土下座していたアリクが顔を上げて問う。


「は? 魔王国?」


「い、いえ。王位を返還せよと言われるのかと……」


 王位返還? と一瞬首を傾げるイングリットだったが、アリクの意図を理解してすぐに口を開いた。


「王位はいらん。その代わり、人間から土地を奪い返せたらその土地を譲ってくれれば良い」


 魔王国を治める現魔王に代わって政治を行わないか、という問いだろう。


 だが、これに対しては既に貴馬隊との話し合いで結論が出ている。結論的には『魔王国』はいらないという事だ。


 魔王国は大陸南に位置する。アンシエイル・オンラインと同じ地理で同じ大地だとすれば現魔王国の領土内ではレア鉱石が採掘できない。


 所謂、オリハルコンやアダマンタイトなどの強力な装備品に使う鉱石が埋蔵されていない。これらが採掘できる地はエルフの住むトレイル帝国付近にある。


魔王国に出現したダンジョンで採掘できるが、それ以外にも得られる場所があるならそちらを確保した方が長い目で見れば正解に思えた。


 痩せていて大した資源も無い国を運営するよりは、資源豊かな土地を貰って冒険者の国として建国もしくは都市を設立した方が利口だろう。


 そんな思惑があっての事だったのだが――


「既に国として出来上がっているのだ。今更騒がせれば割を食うのは民達である。私達はそれを望まない」


 ユニハルトが既に用意していた『譲歩』の文句を言うとアリクは再び土下座し、レガドは立ち上がって深々と頭を下げる。


「なんと……! 王のお慈悲に感謝致します!」


「王の心遣い。必ずや魔王陛下にお伝えします」


 民を一番に思い、国のあり方を変えずに王自らが一歩引く。そんな謙虚な心を見せてくれた。アリクとレガドはそう思ったのだろうか。


 またしても彼らは勝手に借りを作ってくれた訳である。


 まさに計画通り。


 王種族が寛大な心で譲歩した形で取ってくれれば、豊かな土地を寄越せと言っても彼らは恩義を感じて提案に頷くだろう。


 後々にイングリット達が魔王国への要求を通したい時に使うカードが量産されていくではないか。兜の中にあるイングリットの口はニヤケっぱなしだった。


「では、我々は王城に戻ります。結果が出次第すぐに参りますのでお待ち下さい」


 アリクとレガドはドアの前で深々と頭を下げた後に帰って行った。


 彼らの姿が消えてバタンとドアが閉められる。


「ククク……アーッハッハッハッ!」


 まさか要求全てが受け入れられると思わなかったイングリットは笑いが止まらない。まだ確約とはいかないが、王種族を敬うあの様子からは確実に通ると予想が出来た。 


 最高なのは商人組合を通さずに商売が出来る事だ。


「ククク! 俺達が魔王国の経済を牛耳ってやる……! 見ていろよ、クソカエル! テメェに目に物見せてやるぜ……!」


 いつぞやの商人組合にいたカエルを思い出しながらイングリットは邪悪なオーラを噴出させる。


 市場を制し、魔王国における商売のシェアを冒険者組合が収めれば商人組合など敵ではない。


 云わば冒険者組合の市場参入は敵対企業を既存の市場から排除して、利益を独占する為の手段だ。


 当然そうなれば商人組合から文句が出るだろう。だが、独占した市場で得た金の一部をしっかりと税金として納めてやれば良い。お国の頬(・・・・)を金でぶっ叩いてやれば貴族が何と文句を言おうと最高権力者は賛同しない。


 金も物も全て冒険者組合に集まる事となる。今の商人組合に成り代われるのだ。そうすれば大好きな金はイングリットへ。レアな物は冒険者達へと分配される。


 金を欲するイングリットと戦場でキルを量産する為に物資が欲しい貴馬隊にとって相互利益となる計画であった。


 それだけじゃない。


「冒険者組合を今から設立し、私達が幹部として君臨すれば後に来たプレイヤーはゲームと同じように冒険者組合に所属するだろう。彼らは私達を頼らなければならない。私達がルールになる。なんと素晴らしい話だろうか」


 今から冒険者組合を設立してトップの座をイングリットと貴馬隊で独占すれば、今後プレイヤー達が現れてダンジョンで得たアイテムも思いのままだ。


 相場から冒険者組合に売り出されたアイテムの入手権までイングリット達の思いのままとなる。何と素晴らしいシステムだろうか。


「たまんねえなァ! オイ!」


「笑いが止まらんとはこのことだ!」


 邪悪な顔で笑うイングリットとユニハルト。


 冒険者組合による魔王国の経済介入。そして無能で強欲な貴族から富を奪う。


 これは侵略なのか、救済なのか。


 判断するのは魔王国に住む者達だろう。


「ほ、本当にこれで良いのじゃろうか……」


 そんな2人を開けたドアの隙間から覗き見て魔王国の行く末を心配するシャルロッテであった。


読んで下さりありがとうございます。

誤字報告もありがとうございます。


カエル君の未来はどうなってしまうのか。

次回は火曜日です。

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