104 打ち合わせ(裏)
魔王城 会議室にて。
魔王都へ戻って来たエキドナを加え、レガドを除いた3人の魔王軍4将と魔王が会議を続けていた。
議題は現世に現れた100人の王種族と準王種族達。戦場で大暴れした貴馬隊についてだ。
「改めて聞くが、新たに姿を現した者達は王種族に間違いないのだな?」
魔王が問うと唯一現場で戦闘を見ていたエキドナが頷く。
「はい。あの力は王種族以外考えられません。100人の中には姿が準王種族である者もいましたが、戦闘能力は王種族と比べても劣っておりませんでした」
「イングリット殿達の知人であったのだろう? ならば、間違いないでしょうな」
エキドナの答えにアリクが付け加え、アリクの言葉をエキドナが肯定する。
「ふむ。100人の中に魔王国の王族の姿はあったか?」
「悪魔族は数名おりましたが、その中に王族がいたかと言われれば解りません。神話戦争時代におりました王族の姿絵は覚えていますが……」
エキドナは魔王都に来る間に貴馬隊に所属する悪魔族を数人見てはいるが、その数人の中に過去生きて魔王国を治めていた王族、もしくはその系譜がいるかどうかは判別できていない。
「その辺りも詳しく調べないといかんだろう」
「もしも王族がいたとしたら……王位を返還するおつもりですか?」
魔王の言葉にアリクが問うと魔王は素直に頷く。
「当然だ。我は正統なる魔王国の王族ではない。王が戻ったのならば、国をあるべき姿に戻す事こそ義務である」
魔王の言う通り、彼は魔王国の正当なる王族の血筋ではない。過去に悪魔族である祖がいたのは確かであるが、王族の血筋ではない悪魔族の子孫だ。
そもそも魔王国の王都もここイシュレウスではなく、現在ではベリオン聖樹王国のある地――嘗てはリバウと呼ばれていた地に魔王国王都は存在していた。
このリバウに住む魔王国の王と周辺の小国や小さな領土に住んでいた王達が神話戦争で人間達と戦っていたが、彼らが負けて魔王都リバウが陥落すると魔族と亜人は大陸の端まで追いやられ神話戦争は終戦となる。
追いやられた魔族は南にあったイシュレウスへと流れ着き、王無き魔族は新たな王を求める。その結果、イシュレウスを治めていた当時の領主、現魔王国を治める魔王の先祖が新たな魔王として就任。
正統なる王の血筋が絶たれ、新たな王であり偽りの王が今の魔王という訳である。
もしも、貴馬隊の中に正統なる王家の血筋がいるとしたらその者が真の魔王として君臨するのが正しい。
現魔王であるガイアスもイングリット達という最初に現れた王種族の存在を知った時から王位返還をする、王という立場を捨てて家臣へと下がるという心の準備は出来ていた。
「陛下のお気持ちは理解しております。しかし、貴族達は納得しないでしょうな……」
アリクは王が国を正そうという気持ちを汲み取り、それには了承する。だが、懸念は堕落した貴族達だ。
この貴族達は元々いち領土時代のイシュレウスに住んでいた豪商や騎士の家の者達だ。彼らは新たな王を迎えた時に優秀な家臣として君臨していたのだが……時の流れは残酷である。
王を支える優秀な家臣は時が進むにつれて自分の身だけが可愛い愚者へと変わってしまった。
彼らは魔王国の貴族という特権階級に酔いしれ、それを捨てようなどとは考えないだろう。魔王が王位を返還して現状を全て作り直すと言えば、彼らが大反対するのは火を見るより明らかだ。
魔王が確かにと言いながら腕を組んで悩み始めると、脇からソーンが口を開く。
「それに王種族には干渉するなと神のお告げがあったのでは?」
最初の3人であるイングリット達が現世に現れた際、神の言葉を聞く巫女からは『干渉する事なかれ』と言われている。
ソーンは王位を返還する事はその事に抵触するのではと魔王に問う。
「それなんだがな……。お前が砦に向かっている最中にばあやが新たな神託を受け取った。内容は――」
『新たなる王達が世に舞い降りる。彼らは救済者となり、地上を導くであろう』
「ばあやが言うには王達を支援しろといったニュアンスの神託を受け取ったらしい。干渉せず見守る期間は終わったのかもしれぬ」
巫女は神の言葉を聞く能力を持っているが明確な言葉では聞き取れない。
○○して。といった簡潔な言葉ではなく何とも面倒な言い回しが神託には用いられる。その為、神託の意味を受け取った側で正しく解釈しなくてはならないのだが。
今回は干渉するなといった言葉は聞こえず『導いてくれるから彼らに続け』的な言葉だったという。
「ふーむ。確かに救済者で導き手となれば新たなる王が国の舵を取るのは正しく思えますね」
少々曖昧な神託の内容にソーンも腕を組んで悩み始めてしまう。
「ばあやは王城に招いて話を聞くことを勧めていた。それに、彼女は神話戦争時代の生き残りだ。ばあやに当時の王家の情報を聞いてはいるが……」
ばあやと呼ばれる巫女の老婆は幼き頃、神話時代にリバウで巫女見習いをしていた経緯を持つ。
当時の様子を覚えているし、見習いであるが巫女をしていた彼女は何度か当時の王族や貴族を見た事もある。
だが、現在の彼女は視力を失っているのだ。当時の話を聞けても王城に招いた王種族を見て王族かどうかを判断する事はできない。
当時の王の名前を覚えているので一致する名があれば、その者に「王族ですか」と問えるのでその方向で解決しようと考えてはいるが、巫女の老婆が旧魔王都で暮らしていた時よりも以前の時代に生きていた王であったら名がわからない。
この国もジャハームと同じように王家や魔王国建国に関係するような大昔の資料等の大半は失われてしまっている。初代魔王国国王が蘇っていたとしても、初代魔王国国王の名前が解らないので判別しようが無いのだ。
名前で判別するのも不確かな部分が多く残ってしまうが、仮に王家の血筋が見つかっても先ほどの問題点である現状の貴族が立ちふさがるだろう。
現魔王が王位返還に前向きであっても付随する問題は多い。
「ううむ。まずは王達に話を聞くところから始めないとですかな? 陛下が直接会う前に、我々が1度向こうに赴いて聞いて参ります。明日にはレガドも戻って来るようですしな」
「そうだな。身分の保証等は確約として、王位の件はあちらの話を聞きながら進めた方が良いか……」
まずは王種族達の話を聞く。そして、彼らが王位返還を求めるのであれば素直に返還する用意がある事を伝える。
こちらは敵対や邪魔をする意図は無く純粋に協力する意志がある事を伝えようと話を纏めた。
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神域にて
「やはり即復活は無理か」
男神は宙に浮かぶモニターを見ながら眉間に皺を寄せる。
彼の隣には魔鴉の青年と黒犬の魔人が同じくモニターを見ており、黒犬の魔人――魂の管理人であるアヌビスが男神の問いに応える。
「はい。肉体は元通りになろうとも魂が肉体に定着するには時間が掛かります。戦場で蘇生してすぐにまた戦闘を再開、とはいかないでしょう」
「……あの奇行も復活による後遺症ですか?」
魔鴉の青年はモニターに映る男が「ママ、ママ」と叫ぶ様子を指差した。
「そうですね。後遺症というよりも副作用と言うべきでしょうか。魂が肉体に定着し、体が正常に働き始める。しかしながら、蘇生とは通常の生命誕生とは異なります。動き出した脳が体の成長具合に合わせて最適化を行う時に出る症状です」
1度死ねば体はただの肉となる。それを再び肉体として回復させれば、体の全てが『新品』になるのだ。
当然それは脳も同様。普通ならば身動ぎしかできない赤子から始まり、徐々に体が成長していく過程で脳も成長する。
しかし、蘇生魔法は脳が新品状態、所謂『肉体を動かす為の経験値』がゼロの状態で復活すると体の成長具合との整合性が取れてない状態で始まってしまう。
そこで脳は魂に刻まれた情報を元に体の成長具合に合わせて死亡前の状態に最適化の処理を図るのだが、その過程で体と脳のタイムラグが発生。その結果が幼児退行として現れるとアヌビスは説明した。
「即戦力で復活させるのは禁術ですね。蘇生禁術の封印を解けば出来ない事もないですが……」
「神力が足りんか」
男神の答えにアヌビスが頷いた。
「禁術封印はアンシャロンが行ったからな……。私が封印を解くには神力を多く使う。どのタイミングで封印を解くかは慎重にならざるを得んな」
世界に影響を及ぼす禁術。それは複数存在しているが、その術を封印したのは男神の片割れであり、邪神に奪われた女神であった。
彼女がこの世界の魔法を統括している存在である為に男神が女神の施した封印を解くには本人よりも多くの力を必要としてしまう。
解く事は出来るが、解いたら溜まった神力は封印解除だけでほぼ使い切ってしまうだろう。そんな状態で現世にいるプレイヤー達がピンチに陥れば、男神は神力が再び溜まるまで手助けする事が出来ない。
「まずは既存の蘇生魔法で様子を見るしかないでしょう。他の神脈が解放されれば余裕が生まれるはずです。特に大神脈を1つでも解放できれば戦況は十分に変化するでしょう」
戦況を左右する要は神の力の源となる神脈の確保。これに尽きる。
神脈を確保して神力をより多く得られれば現世に蘇った王達の手助けも、地上に蔓延る人間達に対しても対抗できる。
男神が負けてしまった理由は不意打ちで神脈を奪われ、この世界の住人よりも強い種族を召喚されてしまったからだ。
1度は負けたが次は負けない。その為の準備は行ってきた。相手も相応の備えをしているだろうが、次こそは――男神はモニターに映る人間達を睨み付けた。
「それにしても、あの少女は完全覚醒には至らなかったのでしょうか?」
魔鴉の青年がモニターに映るシャルロッテを見ながら問いかけた。
「いや、魂は覚醒はしている。ただ、まだ肉体が覚醒状態に適応していない。前世と同様に覚醒元となった竜の力が足りないのでしょう。記憶も薄っすらとしか思い出していないでしょうし……まぁ、前世の記憶が完全に蘇る事は無いでしょうけどね」
「そうなのですか。あの禁術はどうなのです?」
「あれは禁術ではない。第10階梯魔法だ」
魔鴉の質問に答えたのは男神だった。
「第10階梯……現在は6階梯が限界でしたよね?」
「ああ。彼女のアレだけが特別なのだ」
「何故、彼女だけ?」
「約束したからですよ。彼女の死に際にね」
アヌビスが過去を思い出しながら告げる。
「そうだ。彼女には借りがある。故に、私とアヌビスで彼女を特別にした。王達とは別にな」
魔鴉の青年が首を傾げていると、アヌビスが「撤退戦の時ですよ」と一言付け加えると魔鴉の青年は合点がいったようだ。
「彼女も邪神を打倒する為の戦力となるだろう。それが彼女の望みでもある」
彼女が死に際に見せた行動は男神にとって彼女の願いを聞き入れる十分な理由だった。
「愛の為に、か」
男神は当時の事を思い出しながら、厳しい現実の中で彼女が次こそは幸せを掴めるようにと願う。
「ところで、次のクエストと恩恵のアップデートは準備できたか?」
シャルロッテをモニター越しに見ていた男神が魔鴉の青年に問うと彼は頷きながら答える。
「はい。既に準備を完了しております。現世の様子を見ながら配信を行います」
「そうか。今回を機に人間共の力を少しでも削ぐ力になれば良いが……」
男神はそう言って再び視線をモニターへ向けた。
読んで下さりありがとうございます。
次回は明日です。




