103 打ち合わせ
貴馬隊バブみ騒動より1日。蘇生された者達はようやく冷静さを取り戻した。
本人達は正気ではなかったとはいえ、その時の記憶は脳にしっかりと残っていたようだ。
ある者は普段冷静で知的なキャラを演じていたにも拘らず自分が「ママ、ママ」と女性メンバーに甘える様子を思い出してはベッドの上で悶え苦しんだ。
また、ある者は甘えた女性メンバーの胸に頬を擦り付ける様子のスクリーンショットを見せられ「責任を取れ」と追求される。彼は一番大事にしていた武器を渡す羽目になったようだ。
貴馬隊の中でヒエラルキーが大きく動いた日々だっただろう。
そんな個人個人の阿鼻叫喚な日々が終わりを迎えた中で、死亡前と態度を変えぬ者がいた。
名はユニハルト・ユニコーン・パッパカ。そう、レギオン『貴馬隊』のレギオンマスターである男。
「私は何人もの人間を屠り、雷の如く戦場を舞った」
戦場にいたのを覚えている? その問いにユニハルトが答えた内容がこれである。
彼は自分が死亡した事も、女装した厳つい大男にあやされていた事も覚えていない。本当に覚えていないのか、それとも彼の脳が現実を受けれなかったのか。それは未だに謎だ。
しかしながら、彼は本来の調子を取り戻した。これにより、イングリット達と今後の打ち合わせや情報交換を行う事がようやく出来る。
「つーわけでよ。あの駄馬にイチャモンつけても面倒なだけだから、なるべく触らないでくれや。セレネの決定だ」
夢見る羊亭にイングリット達を呼びに来た貴馬隊メンバーの男が、ユニハルトと会う前の前置きを告げた。
「頭がイカれてんだか、図太いんだか分からないね」
「ははは。ちげえねえ!」
前置きを聞いたクリフが感想を漏らすと、貴馬隊の男は膝を叩いて笑う。
とにかく、ユニハルトが死亡した事は触れずに情報交換を進める事となった。死因を追求されずに済んだのでイングリットにとってはありがたい状況だ。
一行は貴馬隊のいる宿へと向かい、ユニハルトやセレネ、キマリンが使っている一番大きな部屋へと招かれた。
「よう。わざわざ来てもらってワリィな」
「こう落ち着いて会うのは久しぶりであるな」
出迎えてくれたのはレギオン副マスターのセレネとキマリン。
魔王都への移動中も何度か顔を合わせて話してはいたが、今回のように部屋の中のような落ち着いた空間で会うのはゲーム内以来だろうか。
部屋の中へ入るとリビングにあるテーブルではユニハルトが腕を組みながら偉そうに座っていた。
各自椅子へ座る前にシャルロッテと貴馬隊の自己紹介が始まる。
「君が黒盾パーティーの新メンバーか。我輩はキマリン。魔法少女である。よろしく頼む」
「俺様はセレネ。この貴馬隊の副マスターをしてる。よろしく頼むぜ」
「妾はシャルロッテ・アルベルトなのじゃ。よろしくなのじゃ」
シャルロッテはキマリンとセレネの順に握手を交わす。
彼女は最後に椅子に座ったままのユニハルトを見た後に近づき、握手をしようと手を差し出した。
「よろしくなのじゃ」
「…………」
だが、ユニハルトは腕を組んだまま微動だにしない。というよりも、意図的にシャルロッテを無視しているように見える。
「……? よろしくなのじゃ」
ユニハルトが黙っている理由が分からないシャルロッテは再び話しかけて手を差し出すが、やはり無視されてしまう。
「ああ、ソイツは」
シャルロッテ以外の者達は彼の行動に対する理由を知っている。イングリット達もシャルロッテへ事前にユニハルトという男がどんな者なのか話すのをすっかり忘れてしまっていたのだ。
手を差し出し続けるシャルロッテへセレネとクリフが「ソイツは無視して良い」と言おうとした時――
「私に話し掛けるな。非処女のビッチが」
ビシッと音を立ててシャルロッテが固まった。
他の者達も「遅かった」と溜息を零す。
「な、な、な! 何なのじゃ! コヤツ、何なのじゃ!!」
「喋るな。耳に精○がかかる」
初対面でありながら超弩級の失礼さを見せるユニハルトにシャルロッテは顔を真っ赤にしながら頬を膨らませて怒りを顕わにした。
「ソイツは筋金入りの処女厨だ。気にするな。頭がイカれてんだ」
「そうそう。女の匂いを嗅いだだけで処女かどうか分かるイカれ野郎だ。無視して良いよ」
イングリットがシャルロッテの手を引きながらユニハルトから引き剥がし、セレネが自分の所属するレギオンマスターを扱き下ろした。
「ふん。イングリットの女だから視界に入るのは許してやろう。だが、私に話し掛ける事は許さん」
「俺の女じゃねえ。パーティメンバーだ。殺すぞ」
「そ、そうなのじゃ。ち、違うのじゃ」
イングリットは誤解するなとユニハルトに言うが、シャルロッテは少々顔を赤くしながらチラチラとイングリットの顔を盗み見る。
シャルロッテの様子をニヤニヤと笑みを浮かべるセレネとクリフとメイメイ。キマリンは腰に手を当てながら「ガハハ」と大声で笑っていた。
「ふん。どうでも良い。とにかく座れ。まずは情報交換といこうじゃないか」
全員が椅子に座るとまず話し始めたのはユニハルト。
彼はこちらの世界に来た経緯をイングリット達へ語る。そして、来る前にゲーム内でイングリット達の冒険がライブ映像として配信されていた事を告げる。
逆にイングリット達が語ったのはこちらの世界にある国のあり方と住民達の暮らしだ。
「なるほど。動画で見てはいたが、やはりNPCではないか」
「ああ。彼らは生きているし、暮らしている。ここは本物の現実だ」
この国に住む者達はゲームの街に配置されている賑やかしなNPCではなく、本当に生きて暮らす者達だ。
「まさか、未実装エリアかと思ったら現実に来るとはねえ」
その証拠たるものがイングリットの横に座るシャルロッテだろう。イングリットと溜息を零すセレネはシャルロッテをチラリと見た。
本人はイングリット達が話す事に付いて行けず、首を傾げる。そして、彼女は遂に核心たる疑問を口にした。
「現実とはなんじゃ? ここは現実以外あるまい?」
彼女の疑問に対し、セレネ達はイングリット達へ視線を向ける。視線には「言ってないのか」という言葉が含まれていた。
そんな視線を受けてイングリットはクリフとメイメイを無言で見つめると2人も黙って頷く。
シャルロッテも自分の立場――魔王から言い渡された特務の内容をイングリット達へ明かしたのだ。自分達も隠し事をしているのはフェアじゃない。
北東戦線もあってタイミングを逃していたが、今が良いタイミングというやつだろう。
「俺達はな、この世界の住人じゃない」
イングリットはシャルロッテへ自分達がこの世界へ来た経緯を話した。
この世界と瓜二つのアンシエイル・オンラインというゲームをプレイしていたらゲームそっくりの現実世界へ飛ばされた。そんな内容だ。
彼女も最初は驚いていたが、話を聞かされるにつれどんどんと真剣な表情へ変わっていく。
そして、イングリット達の秘密を聞かされた彼女は少々黙った後に口を開く。
「その、お主等がやっていた? げぇいむ、というのはわからん。どこから来たかというのもこの際どうでも良いのじゃ。妾にとってお主等は仲間なのじゃ」
今更出自を聞いても変わらない、と彼女は告げる。
兜で顔を隠しているイングリットはともかく、クリフとメイメイは安堵の表情を浮かべるとシャルロッテへ微笑む。
「じゃが、お主等の姿はどう見てもこの世界におった王種族そのものじゃ。王城でもイング達が古より蘇った王ではないかと推測しておったぞ?」
彼らがこの世界にいた王種族ではない、と言っても向こうは信じてくれない。だって姿が王種族だもの。
王城では今頃、蘇った王種族達――イングリット達を含む貴馬隊とどう付き合っていくか、どう接すれば良いのか悩んでいるだろう。
また、街を王種族の姿のまま歩けば間違いなく騒ぐ住民が現れる。特に長寿種の中では神話戦争当時に子供だった者もまだ生きており、王種族の姿を見れば「王じゃん」と一発で分かるという。
騒ぎが起きれば最悪、現世に現れた王種族に土地を返すべきだ! と言う者も現れるだろう。そうなれば魔王国という国のあり方さえも揺らぎかねない。
シャルロッテはイングリット達の容姿と種族によるそういった懸念を話した。
「そうなったら冒険なんぞしておられん。王よ王よと言われ、魔族と亜人を虐殺する人間共を退治してくれと引っ切り無しに言われるじゃろう」
PvPをメインとする貴馬隊ならばドンと来い! だろう。だが、PvPなんぞよりもお宝を探す冒険の方が大事なイングリット達にとっては迷惑極まりない。
対して貴馬隊はPvPが出来れば問題無いが相手の数に対抗するには魔王軍は利用したい。
国との協力関係は残しておきたいので、王種族であるという事実は最大限利用したい貴馬隊とはイングリット達との希望が相反する。
仮にイングリット達だけが姿を隠した状態で活動しても、万が一街で身バレしたら付き纏われて冒険中や冒険前の補給で街に滞在している度に面倒事が舞い込んできそうだ。
プレイヤー達は「う~ん」と頭を悩ませる。どうにかして堂々と姿を明かしながら自由を手にできないものか。
そんな中、イングリットが閃く。
「いや、王である事を否定しないで良いんじゃねえか?」
「ああ、なるほどな」
イングリットの一言にユニハルトも思い至ったようだ。
クリフ達が首を傾げているとイングリットが説明する。
「俺達の姿が王種族と同じで、相手が王だと言うならば否定しないで良い。王じゃないという証拠も無いんだからな」
「つまりは私達が王と言えば王になる。しかも現魔王国の上層部が王であると推測しているのだから話は早い」
イングリットの説明にユニハルトが追従した。
「それと懸念に対する答えと、どう関係が?」
キマリンが問うとイングリットが再び口を開く。
「相手が俺達を王と崇めるならば、俺達は王だ。そんなヤツ等が王の言葉に背くのか? ついでに俺達の立場を確保できるじゃねえか」
イングリットが兜の中で邪悪にほくそ笑む。
「つまり、俺達が邪魔するなと言えばヤツ等は邪魔しねえ可能性が高い。俺達は冒険をするから大陸戦争には行かないと言えば良い。ユニハルト達は大陸戦争に参加してやるから支援しろと言えば良い」
王種族とは頂点である。イングリット達が自ら王種族であると主張するならば、自分勝手に行動しても咎める者は王種族だけだ。
咎める立場にあるユニハルト達とは利害が一致している。
イングリット達は冒険してお宝を手に入れる。不要な物はユニハルト達が買い取ってくれるだろう。それに神脈を解放すれば新たな日替わりダンジョンが出現するかもしれないのだ。
それらを利用する為に貴馬隊はイングリット達が望まない大陸戦争の参加を引き受けてくれる。
イングリット達は冒険に専念でき、貴馬隊は大陸戦争に参加しながら解放された日替わりダンジョンでアイテムを確保できる。WIN - WIN の関係だ。
魔王国や獣王国も大陸戦争にユニハルト達が参加すれば文句は言うまい。
イングリット達は自分達の冒険心を満たす為に。ユニハルト達は飽くなき闘争心を満たす為に。そして、魔王国は強者である王種族の協力を得られる。
王種族達が自由を得られ、魔王国も防衛に対する『壁』を手に入れられる。
「それに俺達は国をどうこうするつもりもねえんだ。相手からすれば現状維持になるし、本来の王が譲歩してくれたと取るだろう。その代わりとして、俺達の立場をより良いモノにできる」
「そうだな……。まずは我々の権利の確保。この国で自由に行動できる権利を確保するのが最優先だ。最終的に我々がどの立場まで駆け上がるか、それで決まるが……最初は税金の免除等できれば上々か」
譲歩してくれたと思わせ、相手に代案を押し付けるがその内容はこの世界に来た王種族達が将来的にどうするのか、という最終目的が定まってなければいけない。
「最終的には自治区か都市でも作れればいいんじゃねえか? レギオンであったろ。都市運営のコンテンツ。お前等がこっちに来たって事はまだプレイヤーが追加で来る可能性があるんじゃねえか?」
「確かに。ならば、最終的には土地を確保してそこにプレイヤーを集めるとしよう。……というか、冒険者組合を立ち上げるか」
「そうだな。商人組合と傭兵組合は国の機関だ。アイツ等に任せると国の危機に対して無償で寄越せとか言われるだろう。ならば、プレイヤー主体で国と対等に取引できるシステムを作る方がいいな」
イングリットはいつだかの商人組合にいたカエルを思い出す。
この国の上層部に寄り添っていては損する事の方が多くなる可能性が高い。ならば、国の頂点相手に直接取引できる機関を作ってしまえば良い。王が運営する絶対的な機関を。
それに元々冒険者組合というのは商人組合と傭兵組合の前身だ。それも王種族が生きていた時代にあったモノ。イングリット達が復活させて運営すると言い出してもおかしくはない。
「プレイヤー達が確保したアイテムの売買は冒険者組合で。冒険者組合で買い取った商品を国の市場に流せば良い。その方が損はしないだろう」
「よし。では、その線で話を詰めよう」
ここまでの話し合いをまとめると、自分達は王種族という事にしておく。プレイヤー達の自由の為に身分を魔王国に保証させて確保する。冒険者組合を作って国との様々な窓口にする。
この3つだ。
話し合いの中でイングリットは兜の中で邪悪に笑う。
(ククク。冒険者組合の創業者になれば色々と便利に使えるだろうよ。金を稼ぐにはシステムを利用するのが一番だからな)
彼は大好きな金の為に。
一方でユニハルトもまた、表情には出さないが心の中でほくそ笑んだ。
(フフフ。まずは魔王国に恩を売る。そして行く行くは……私の国を作るのだ。PvPコンテンツの全てを私は手に入れるッ)
2人の男の欲は魔王国にどのような影響を及ぼすのか。それはまだ誰も解らない。
読んで下さりありがとうございます。
誤字報告ありがとうございました。本当に助かります。
次回は土曜日です。




