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102 デスペナ


 砦から魔王都までは馬車で3日かかる。その3日間、死亡して蘇生された貴馬隊メンバーは目を覚ます事はなかった。


 しかし、道中でシャルロッテは目を覚まし、辛い現実を再度認識すると大粒の涙を流し泣き声を上げる。イングリット達の慰めもあり魔王都に到着する頃には冷静に事を考えられるようにまでは回復はした。


 魔王都に到着してエキドナの手配とレガドの書いた書状によって問題なく城門を通過。その後、指定されていた宿へと貴馬隊は向かって行った。


 到着した時は夜であったため、イングリット達は夢見る羊亭に戻って一晩明かす。翌日にシャルロッテの区切りをつけるべく、魔王都にある墓地へと赴いた。


 向かった墓地は貴族身分の者が埋葬される場所で、管理人が常に常駐する墓地だ。通常は魔王都に住む貴族のみが埋葬される場所であるが、魔王の計らいでシャルロッテの姉はここに埋葬される事となった。


「姉様。安らかにお眠り下さい……」


 掘られた穴の中にシャルロッテの姉の遺体が入った棺を収めて、シャルロッテがピンク色の綺麗な花束を棺の上へ落とす。


 イングリットとクリフが棺に土をかけてシャルロッテの姉は埋葬された。


 彼女の埋葬された横にはシャルロッテの両親の名が刻まれた墓石も立っている。


 シャルロッテは両親の死を受け入れられずここまで引き伸ばしていたと、もっと早くに魔王都で墓標を用意してやれば良かったと小さく呟く。


 イングリット達との出会いで辛い家族の事を少しでも考えずにいられたのは幸運だったのかもしれない。きっと、ずっと考えていたら彼女はとうの昔に潰れてしまっていただろう。


 ただ、彼女の両親の遺体や遺品が無い為、埋められた棺は空であるが弔いをしないよりはずっと良い。


 何より、両親と姉の死に対する区切りをようやくつけられたのだ。


「みんな、ありがとうなのじゃ」


 両親と姉の墓標を背にシャルロッテは弱々しく笑みを見せた。


「お前の両親の遺品を見つけたら、ここに埋葬してやりゃあ良い」


 イングリットは持ち込んでいた花束を3つ、墓標の前に置いた。


「……蘇生できなくて、ごめんね」


「良いのじゃ。ありがとうなのじゃ」


 クリフは魔王都へ戻る道中に姉を蘇生できない事を素直に彼女へ話した。


 最初はショックを受けて泣いていたシャルロッテだったが、彼女もクリフを責めるのは間違っていると分かっていたのだろう。


 むしろ、気にして落ち込んだのはクリフの方でシャルロッテは彼の気持ちを汲んで感謝していた。


「シャル~。僕達がいるからね~? ずっと一緒だよ~!」


「うむ。ずっと、一緒なのじゃ」


 メイメイは彼女を励まそうとシャルロッテへ抱きついた。


 最初は箱入りお嬢様であるシャルロッテに対して「仲間にして大丈夫か?」とも思っていたメイメイ。


 しかし、今では仲良し姉妹のようだ。これも一緒に冒険を続けて助け合ってきたからだろう。


 シャルロッテは家族を失った。しかし、新しい仲間を手に入れたのだ。


 俯く日々はこれで終わり。これからは仲間と共に前へ進むのだから。



-----



 墓地を後にして久しぶりの魔王都を4人で歩く。魔王国の中心である魔王都は相変わらず騒がしい。


 しかし、いつも以上に住人や街行く人がドンチャン騒ぎしている理由は北東戦線における侵略を阻止できたからだろう。


 人間達の侵略に対し完勝とも言える戦果は砦へ派遣されていた傭兵達によって住民達へ伝わった。


 被害はあったものの、憎き相手へ大打撃を与えられたという報は住民達に喜び安心感を与えるのに十分な出来事だった。


 まぁ、傭兵達と魔族軍は特に何もしていない。やったのは王種族であるイングリット達や貴馬隊だ。しかし、これらの真実を話す事はエキドナとレガドに固く禁じられている。


 傭兵や軍人達も突然現れた者達の姿から王種族・準王種族であると薄々感づいている様子。住人達が話す内容を聞けば『誰がやった』という具体的な内容は話さず『勝利した』という結果だけを話しているようだ。


 どのような戦闘だったのか、という話もチラホラ聞こえてくるがそれは噂話を聞いた者達が勝手に想像したに過ぎない。


 ともあれ、勝利へ導いたイングリット達と貴馬隊は王城からの使者を待たなければならない。


 イングリット達は関係無いと思っていたが、貴馬隊との仲介をしてほしいらしくエキドナにしばらく魔王都にいてくれと泣き付かれてしまったのだ。


 彼らも破損した装備品――特にイングリットの鎧を完全修復しなければならない為、すぐさま次の冒険には出かけられない。エキドナの頼みを了承して、しばらくは装備品の修理と体を休めるつもりでいた。


 一方で王城にて開かれている会議の議題。その中心となっている貴馬隊はというと――


「おじちゃん? 地面に座ってどうしたの~?」


 イングリット達の進む道の前で可愛らしい魔族の幼女が地面に足を伸ばしながら座る男へ話しかけていた。


「ママ? ママァァァァ!!」


「ママ? あたちはママじゃないよぉ?」


 男は曇りの無い、キラキラとした瞳を幼女に向ける。


 そんな瞳を向けられた幼女もまた、綺麗な瞳をさせながら男の言動に首を傾げた。


「あ、いたいた。脱走したと思ったらこんな所にいやがったのか」


 首を傾げる幼女にママ、ママと連呼する男へ別の魔族男が駆け寄ってきた。


「おじちゃん、このおじちゃんの知り合い?」


「ああ、そうなんだ。ごめんね。変な事されなかったかい?」


 幼女が新たにやって来た男を見上げながら問うと、男は膝を地面について幼女の目線に合わせながら話しかけた。


「ううん。でも、このおじちゃんお母さんとはぐれちゃったみたい。迷子かなぁ?」


「ははは……。大丈夫。このおじちゃんはね。頭がイカれ――頭の病気なんだ」


「頭のびょーき? かあいそう……」


 シュンと俯く幼女の頭を男はそっと優しく撫でた。


「君は優しいね。そうだ。これをあげよう。キャンディっていうとても甘いお菓子なんだ。さぁ、食べてごらん」


 男はゲーム内で得た料理アイテム『イチゴキャンディ』を取り出して、幼女へプレゼントする。


「あまーい! おいしい!」


 幼女は食べた事がないキャンディに驚きながらも目を輝かせた。


「そうかそうか。じゃあ、あと5つあげよう。おうちに帰って、おうちの人にも食べさせてあげてね」


「うんっ! ありがとう! おじちゃん!」


 キャンディを貰った幼女はニコニコと笑いながら手を振って家へ帰って行った。


 幼女へ手を振りながら見送った男は、幼女の姿が見えなくなると足元にいる男へ視線を向ける。


「ったく。手間掛けさせやがって。オラッ! 収容所(宿)へ戻るぞ!」


「ママ!! ママァァァァ!!!」


 ママ、ママと泣き叫ぶ男の首根っこを掴み、ズルズルと引き摺って行く。


 この一連の流れを見て、もうお分かりであろう。彼らこそ現在王城で話題沸騰中の貴馬隊である。


 いくら貴馬隊がイカれた集団だからといって、流石に幼女をママと叫ぶようなヤツはいない……と思いたい。


 では、何故あんな事になっているのか。答えはデスペナだ。


 死亡して蘇生された者が、生き返った事への代償。デスペナルティ。


 ゲーム内では装備品を1つフィールドへ落としてしまう。レベルがカンストしていない新規ユーザーならば装備品の代わりに保有経験値の10%を失うというペナルティだった。


 だが、ここはゲーム内ではなく現実だ。


 現実で受けたデスペナの内容は『バブみ』を感じてしまう事――綺麗な言葉で言い換えれば幼児退行だろうか。


 魔王都に到着した翌日に目を覚ました蘇生者達。彼らは男女問わず、等しくバブみを感じてしまう脳になってしまった。


 クリフと貴馬隊に所属する神官の診察によれば、完全復活した脳や思考が追いついていない状態なのではないか、という推論に至っている。


 恐らく数日すれば体と脳が正常化して思考が元に戻るはずだろう。


 とにかく、死亡して復活した者は男性も女性も母性を感じる相手に「ママ、ママ」と言って甘えてくるのだ。


 女性が幼児退行して甘えるのは絵的にまだ良い。しかし、厳つい男が甘えてくるのはどうだろう。キツイという感想以外に何も無い。もはや貴馬隊のいる宿は阿鼻叫喚である。


 街行く幼女にママと叫んでいた彼も蘇生された者の1人である。地獄の収容所と化した宿から脱走し、ここへ辿り着いたのだろう。


「あれは何なのじゃ……」


「言うな」


 それを目撃してしまったイングリット達。


 せっかくシャルロッテの心に区切りのつく、彼らの心に広がった『あったかい感じ』がクソのような出来事で台無しである。


「俺は絶対死にたくねえ」


「同じく」


「同じく~」


 3人のプレイヤーは何があっても死なないと心に誓った。



-----



 イングリットは1度宿に戻った後に、貴馬隊のいる収容所(宿)へ向かった。


 一応、様子を見ておく為だ。


 宿に到着し、ドアを潜ると疲れた顔をしている店員がカウンターに立っていた。


 イングリットが貴馬隊に会いに来たという用件を告げると、店員は黙って2階を指で指し示す。


 彼がカウンターを後にすると店員の「さっさと出て行ってくれねえかな」という言葉が小さく聞こえたがスルーした。


 イングリットは2階にある一室をノック。すると、中からドアを開けてくれたのはセレネだった。


「おう。黒盾じゃん。どうした?」


「いや、様子を見に来た。今後の事も話したいからな」


 お互いにどういった関係を保つか。これは重要な話だ。


 イングリットは冒険をしたい。貴馬隊はPvPをしたい。お互いに目指しているものが違うが、共に現実世界へやって来てしまった間柄。


 こういった場合はお互いに立場を示し、どこまで協力できるのかというのを決めておかなければ無用なトラブルに巻き込まれる可能性があるだろう。


「あー……。ワリィ、まだその辺は話できねぇや」


 セレネもイングリットの言い分は分かる。だが、出来ない理由があった。


 それは――


「ママ!! ママァァァ!!」


 部屋の中から聞こえるユニハルトの絶叫。


「お前、男じゃん」


「なんか、見た目が女っぽければ良いみたい。俺様に母性を感じているっぽいけどウザくて仕方ねえ」


 イングリットは男の娘であるセレネを見た後に室内へ視線を向ける。中ではキマリンの厚い胸板に抱擁されるユニハルトを見て『なるほど』と頷いた。


「アイツが正気に戻ったら誰か呼びに向かわせるわ。それまで待ってくれ」


 はぁ、と溜息を零すセレネ。


「了解した」


 イングリットは未だ「ママ、ママ」と叫ぶユニハルトを憐れんだ。何故死んでしまったのか。きっと防御が低かったせいだ。イングリットは己の忌まわしき記憶をそっと封印した。


 2階から1階へ降りようとした際に別の部屋から声が聞こえる。


「あれ? ルミルミ、そいつの面倒見てんの? もしかして、恋しちゃってるカンジ~?」


 声の主は貴馬隊に所属する女性メンバーのようだ。


「まさか。ここでコイツを世話しておけば恩が売れるでしょ。正気に戻ったらコイツの持ってる装備を貢いでもらうのよ。スクショも取ったし証拠もバッチリ」


「ルミルミ、マジ天才じゃね? あーしも強い武器持ってるヤツんとこ行ってこよ~!」


 貴馬隊は相変わらずイカれてんな。そう思いながらイングリットは階段を降りて行った。


読んで下さりありがとうございます。

次回は木曜日です。

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