101 戦後処理 2
北東戦線での戦闘は空が茜色に染まる夕方には終了した。何日も続くかと思いきや、蓋を開けてみればなんと呆気なかった事か。
きっと、魔王都で惰眠を貪りながら安全圏で結果のみを待つ魔族の貴族はそう言うだろう。
しかしながら、結果は結果。防衛側であった魔族側の勝利には変わらない。
人間側が負けた最大の理由は最高指揮官であるファドナ騎士団所属の勇者、アールスが瞬殺されて全体が動揺と混乱に陥ってしまった事だろう。
さらには最高指揮官不在となって態勢を整えようと撤退する様子を見せたところにブチギレたクリフとメイメイの猛追。
人間とエルフ達は一気に瓦解してしまい、ただ悪戯に死者を量産させてしまう。
そこへダメ押しとばかりに貴馬隊の残党狩りとも言えるキル稼ぎが入り、2万以上いた人間とエルフの軍勢は最終的に3000にまで数を減らす。
この3000は後方に残っていた500名の雑用係も入れての人数だ。あの地獄のような戦場から逃げられたのは僅か2500人程度。
逃げ遂せた2500人のほとんどは戦場の最後方に位置していた輜重兵と攻城兵器や武器等の整備を行う為に現地まで同行した整備兵達だ。彼らは物資を輸送する為の車が傍にあった事が功を奏した。
実際に戦場から無傷で逃げ出せたのは戦闘要員は700名もいない。
2500人という数は随分と多く見えるが、元々戦場で戦闘に参加していた他の兵達をほぼ壊滅できたのは大きい。
と、言うよりは2万を3000まで減らせただけでも魔族側からしてみれば大勝利と言うべき戦果。それを齎したのはプレイヤー達であっても、人間とエルフ達から見れば魔族側の勝利には変わらない。
魔族軍の上層部にいるレガドとエキドナは今回の戦果を魔王都にいるクソのような貴族達にどう説明すれば良いか、頭を抱えているが。
特に突如現れた100人の王種族と準王種族達の存在はシャルロッテが抱いていた懸念通りに、魔王と共に頭を抱えながら対策を練る必要があるだろう。
現にレガドは「どうすりゃ良いんだ……」と呟きながら魔王都からやって来たソーンに魔王への報告書を手渡していた。
そんな中、砦にある訓練場兼広場に続々と運び込まれる貴馬隊メンバー達の死体。
運び込まれた死体は五体満足である者の方が圧倒的に少ない。爆発で自ら死に向かった者など、頭部のみが運びこまれる事すらあった。
傍から見ればとんでもなくグロテスクな状況だ。
「えーっと、これで最後か? よし、次は装備品を回収しに行くぞ。適当に落ちてる人間共の装備も回収しろよー」
普通の神経ならば顔を背けたくなるような状況にも拘らず、貴馬隊の回収班達は特に忌避感を抱いていないのか淡々と回収をこなしていた。
それどころか死亡した仲間の頭部を死体置き場まで運ぶのが面倒だから、と投げたり蹴ったりして敷いたシートの上に着弾させる始末。
仲間への敬意など微塵にも持ち合わせていない、相手をキルするだけが至高の喜びとばかりに思う戦闘集団といったところか。
魔王都からやって来た傭兵や魔族軍達は戦闘中から貴馬隊の圧倒的な戦闘能力に魅了され、何かコソコソと言い合いながら見ていたのだが……流石に仲間の頭部をシュートしている様を見てドン引きした様子。
先ほどから聞こえていないと思っているのか「ありえねえ」「あれって王種族だよね」「王種族って暴虐の化身じゃん」「俺も死んだら頭をゴールにシュートされるの?」と様々な負の感想を漏らしていた。
「んじゃ、蘇生します」
貴馬隊に所属するヒーラー、黒縁のメガネを掛けて知的な男を演出する神官は愛用の杖を死体置き場へ向ける。
「にゃんにゃらホイ!(詠唱) 死者をあるべき姿へ戻せ! 第6階梯! リバイバルヒール!」
第6階梯魔法、完全蘇生させる魔法であるリバイバルヒールを唱えると死体置き場に置かれた半身のみの死体が1体だけ眩い光を纏う。
纏った光は失った体の部分を補うように形造ると、やがて元通りの体となって光が霧散する。
貴馬隊の1人が元通りになった者へと近づき、胸に耳を押し当てた。
「お。ちゃんと生き返ってる。息と心音はある」
どうやらアップデート内容通り、蘇生魔法はしっかりと機能しているようだ。
だが、致命的な問題があった。
「1人ずつやらにゃならんのか。メンドクセ」
ゲーム内には蘇生魔法は第6階梯のリバイバルヒールしか存在しない。他にも蘇生用のアイテムもあるが、こちらは貴重品かつ緊急用のアイテムな為に現在のような状況で使うのは好ましくない。
という事は、魔法で済ますしかないのだが1回の発動で1人しか生き返らない。神官の男が言うように非常に面倒な作業だ。
何せ、死体は30以上(ほとんどファンクラブ会員)あるのだから。
「悪魔魔導師連れて来いよ。宝玉使えば数稼げるだろ」
「そうしよう」
神官の男は別の場所にいるクリフのもとへと歩いて行く。
一方で、死体置き場で蘇生魔法を行使する貴馬隊のメンバーを見ていた魔族軍の軍人達は口を開けて驚きながら固まっていた。
別の場所で名の挙がったクリフも蘇生魔法を使っている最中。
魔法を掛ける相手はシャルロッテの姉だ。
四肢を切られ、心臓を破壊されて死亡した彼女を生き返らせる事が出来るのか。
「ダメか……。やっぱり、前に試したように魔法が霧散しちゃう……」
クリフは苦々しい表情を自らの手で覆う。
未だ気絶中のシャルロッテが起きる前に蘇生を試みたが、結果は以前に傭兵の男へ蘇生魔法を使用した時と同じように魔法が発動するが効果は現れない、という現象に至った。
生き返ればシャルロッテの心を大きく癒す事が出来ただろう。だが、それは叶わなかった。
「……魔王都に埋葬するしかないか。せめて、体くらいは綺麗に治れば良かったんだがな」
死んだシャルロッテの姉に最上級の回復魔法であるパーフェクトヒールを使っても欠損した四肢は戻らない。
クリフの考察としては『死亡した者に対してあらゆる魔法の効果は有効化されない』という事。イングリットの腕が治ったのは死亡していなかったからではないか、という結論に達した。
ゲームプレイヤーであるイングリット達は死亡しても蘇生魔法が有効化される為、こちらで暮らす者達よりは『保険』が用意されていると言えるだろう。
「仕方がない、と言って済ましたくはないけどね……」
「シャル、立ち直れるかな~……」
イングリット達の表情は暗い。シャルロッテが目を覚ました時、彼女は何と言うだろうか。
気絶する前は仇を討てた事に感謝を述べていたが、時間が経てば『何故』『どうして』『こうしていたら』と後悔するのが人というモノだ。
彼女がそうなった時に自分達はどう支えれば良いのか。どう答えを出してやれば良いのか。それはイングリット達にも分からない。
イングリットがシャルロッテの姉の死体を丁寧に毛布で包んでいると、貴馬隊の神官がやって来た。
「おお、いたいた。クリフ。ちょっと蘇生作業を手伝ってくれ」
「良いけど……。どうしたの?」
クリフは君も蘇生魔法使えるよね? と言いたげな表情と目線を神官の男へ向ける。
「それがさぁ。蘇生するのが1体ずつなのよ」
「あー、なるほどね。分かった。いいよ」
神官の男が告げる事に大体の状況を察したクリフは手伝う事に決めた。
「馬車に運んだら俺も見に行く。メイはシャルの傍にいてやってくれ」
「分かった~」
イングリットは死体を包んだ毛布を抱いて、自分達の乗ってきた馬車へと歩いて行った。
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「よし! これで最後!」
クリフが額に汗を浮かべながら最後の死体を蘇生させる。
「馬車に積んでくれー!」
クリフと同じく額に汗を浮かべながら、何杯も飲んだ魔力ポーションで腹をタプタプにした神官の男が叫ぶ。
すると、近くに停めてあった馬車――魔族軍から購入した物――の帆付きの荷台に生き返った者を押し込む。
蘇生された者達は未だ目覚めない。いつ目覚めるかは分からないが、目覚めるまで待ってから魔王国へ移動するよりさっさと移動してしまおうと、生き残った貴馬隊メンバー達は結論を出した。
「おい。本当に荷台にぶち込んで大丈夫か? タンスの中の布団みたいな状態だぞ。アイツ等なんてキスしてやがる」
貴馬隊のメンバーが眠った状態の者達でギュウギュウ詰めになった荷台を見ながら呟く。
隙間が無いくらいにギュウギュウ詰めになった馬車が2台。もう少し馬車を用意できれば、ここまで酷くなっただろう。
だが、魔族軍の方も馬車を使うので2台譲るのが限界だ、と言われてしまったから仕方が無い。
「大丈夫だろ。男同士でディープキスしてようが死にゃあしない。死んだらもう一回生き返らせりゃ良いんだよ」
口を半開きにして眠るユニハルトが別の男と唇を圧迫されているが、彼らは起きる気配もない。
起きないのだから仕方がない。むしろ、生きてる者は魔王国まで馬車の御者か走るかしないといけない。そっちの不満の方が大きい。
貴馬隊の移動準備が行われている最中、見学していたイングリットはレガドとエキドナに呼ばれて話し合いを行っていた。
「そのぉ……あの方々は何者ですか? イングリット殿は親しげに話していましたよね? 知り合いなんですよね?」
イングリット達に干渉するべからず、と命令されているレガドからしてみれば随分と突っ込んだ質問だ。
随分と突っ込んだ質問であるが、質問せざるを得ない。何せ、彼らはこれから魔王国へ行くと言うのだから。
身分証が無ければ入れない魔王国に100人もの身分証未所持者が向かうのだ。しかも防衛線のあった砦から。魔王国の城門で彼らが止められたら、間違いなく『北東の砦から来ました』と言うだろう。
そうなれば、砦にはレガドがいたよな? となるのは当然の事。既に魔王国にいる魔王へ『王種族が100人も現れた』と記載した報告書をソーンに届けて貰っているが、あちらで対応できるかどうかも分からない。
砦の最高指揮官たるレガドも、どうにか手を考えなければならなかった。
「何者って言われてもなぁ……」
一方で、質問されたイングリットも腕を組んで悩む。
ゲームから来たぞ、と正直に言っても信じてもらえないと思ったからだ。
彼がウンウンと悩む姿はレガドとエキドナにとって『やっぱり王種族って明かせないのかも』と変な方向に捉えてしまうから性質が悪い。
どう言えばよいか悩むイングリットと、その姿を見ながらドキドキするレガドとエキドナ。
10分ほど沈黙が続いたところで、決意を固めたレガドが口を開いた。
「では、私が魔王都に向けて一筆書きます。それを城門で出して下さい。ただ、身分証が無いのでずっとそれで通す訳にも行きません。故に、後ほど城から何かリアクションがあるはずです」
少々ビクついたレガドがそう言いながらイングリットを見やる。イングリットは頷きだけ返して話の続きを待つ。
「申し訳ないですが、城の判断が出るまでは魔王都から出ないで頂きたいのです。これは、皆さんに不要な容疑等を掛けられないようにする処置です。ご理解頂きたい」
行動を縛られるのは面倒だ。面倒であるが貴馬隊ではないイングリットにとっては他人事である。素直に頷いた。
「あと、あの方々は宿を取ると思いますが、宿はここを使って下さい。私が懇意にしている者が経営する大型の宿なので。そちらも一筆書きます」
「分かった。まぁ、宿は平気だろ。その気になりゃあ、馬小屋でも寝れる集団だ。問題無い」
貴馬隊のメンバー達が馬小屋で寝れるかどうかはイングリットは知らない。
とりあえず駄馬がレギオンマスターなので大丈夫だろう、いつだったか彼らは装備を買う為に宿代も節約していたガチ勢集団というのを思い出しての適当な返答である。
「わ、分かりました。私の書いた書状があるので問題無いとは思いますが、念の為にエキドナも同行させます。遅れて私も魔王都へは向かうのでよろしくお願いします」
イングリットがエキドナへ視線を向けると彼女が頷き、レガドが書いた二通の書状をエキドナへ手渡す。
「じゃあ、アイツ等の準備が整ったら出発しよう」
「承知した。私も準備をしてくる」
イングリットとエキドナが指令室から退出すると、レガドはキリキリと痛む胃を服の上から手で摩りながら特大の溜息を漏らした。
読んで下さりありがとうございます。
次回は火曜日です。




