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100 戦後処理 1


 開幕の合図は人間の持つ攻城兵器による無慈悲な一撃。


 人間とエルフ勢力が絶対的に有利な状況で開戦した北東戦線だったが、既に戦況は逆転状態。


「ちくしょう! ちくしょう!」


「早く逃げろッ! 駐屯地まで行って立て直すんだ!」


 防戦一方、己の命を引き換えに相手の侵攻を止めるといった捨て身の戦略を取る事しか出来なかった魔族達。


 だが、どうだろうか。今は人間とエルフが逃げ惑う状況だ。


「魔導の5、エクスプロージョン。魔導の5、バーニングストーム」


 今の人間とエルフ達は誰もが必死に走っただろう。だが、無駄な足掻きだ。足元に発生した巨大な魔法陣の外まで逃げる事は叶わない。


 術式全体に魔力が行き渡った魔法陣は発光した後に広範囲の爆発と炎の竜巻を同時に発生させ、戦場後方へ走る人間達を容赦無く焼き殺す。


 殺戮の炎が収まると、そこには何も残らない。人であったモノ達は塵となって風と共に消え、地面に残った真っ黒なコゲ跡が威力の程を示す。


「魔導宝玉、全解放」


 無表情で戦場を見つめるクリフの周囲に浮かぶ宝玉が眩い光を放つ。


 発光と同時に再び戦場には巨大な魔法陣が複数発生。


 どれもが広範囲であり、地獄の出口は視線の遥か先だ。足元を見た人間達は遂に足を止めた。


「ははは……」 

 

 本物の地獄を見た者は、最後に笑うのか。そう思う人間の騎士はある事を思い出した。


 そういえば、自分が拷問した魔族も最後は笑っていたな、と。


 まさかその時は自分が笑うとは思わなかっただろう。彼は次に『足が熱いな』と一瞬だけ思った後に人生の幕を閉じた。


 一方、別の場所では。


「お願いしますッ! やめてッ! やめ――」


 グチャン、とまるで浜辺で行うスイカ割りのように頭を潰されるエルフ。


 今し方頭を潰した大型のバスターソードを横に構えて、次は人間の足へと横薙ぐ。


「があああッ! クソがァァァ!!」


 足の骨を装着していたグリーブごと粉砕された人間の騎士は悪態を撒き散らしながら地面を這う。


 少しでも、目の前にいる悪魔から逃げる為に。


「おいッ! クソエルフゥッ!! 俺を助けろォォッ!!」


 顔を上げれば恐怖を顔に張り付かせたエルフの男がガクガクと体を震わせながら立っていた。


 人間の騎士はエルフの男に助けを求めるが、エルフの男は背中を向けて走り出してしまう。


「おい、お前ェ! 逃げるんじゃねェェッ!! 俺を助け――」


 グチャン。


「あ~。うるさいな~」


 いつもはニコニコと可愛らしい笑みを浮かべている事が多いメイメイだが、今ばかりは不機嫌というのが一目で分かるほど眉間に皺を寄せていた。


「さっきまでギャーギャー言ってたのにさ~」


 グチャン。


「魔族を殺して笑ってたのはどこの誰だっけな~?」


 グチャン。


「も~。全く、も~」


 刀身から血が滴る程に赤く染まったバスターソードを担ぎ上げて、小さな体とぷっくりとした可愛らしい頬に返り血を付着させたメイメイは独り言を呟き続ける。


「退却ッ! 退却だッ! 後方の野営地に戻って部隊を編成し直すッ!」


 人間の指揮官らしき男が大声で指示を叫ぶ。その指示を聞いたメイメイは声の元へと視線を向けた。


 そこには貴馬隊のメンバーから逃げる人間とエルフが10人程度固まって動いていた。


 先ほどまで戦っていたであろう貴馬隊のメンバーは殿として残ったと思われる人間の騎士と剣を交えている最中で追撃は出来ない様子。


 メイメイはノックザッパーをバスターソードから鎌へと変形させる。


「逃がすくらいなら、やっちゃうね~?」


 鎌の刃を地面に擦らせ、ジャキジャキと火花を散らしながら逃げる人間とエルフ達へ向かう。


 逃げるエルフの男が後方を振り返って小さく悲鳴を上げた。


 彼の目に映るは大鎌を引き摺りながら迫る幼女。可愛らしい容姿とは裏腹に彼女は頬に返り血を付着させ、武器を握る手や衣服は真っ赤に染まっている。


 小さな死神が自分達の背中まで迫っていると思えば、恐怖以外に感じる事が他にあるだろうか。


「いやだァァ! 死にたくないィィ!」


 小さな死神を見てしまったエルフは泣き声を上げながら必死に走る。走りながら後ろを振り返れば、小さな死神は自分の命を刈り取ろうと執拗に追いかけ続けて来ていた。


 生きたい、という本能が起こした行動だったのだろう。エルフの男は前を走っていた人間の肩を掴み、自身の後方へ振り払った。


「なッ! きさ――」


 驚愕する人間の顔を見るエルフの男。人間がエルフへ何かを言おうとしたところで、大鎌の刃で胴が横一文字に引き裂かれる。


 エルフの男が行った行為は明らかに人間に対する背信行為だ。誰かが見ていたら彼は裁かれるだろう。しかし、それでも死ぬのは今じゃない。


 例え目撃者がいて追求されたとしても何か理由を付けて言い訳すれば、野営地に戻っても生き延びれるかもしれない。


 とにかく、時間は稼げた。もう自分の背に大鎌の刃が近づく事は無い。


 そう考えていたのだが―― 


「ぐがっ」


 彼の腹に矢が2本刺さる。


 衝撃で地面を転がると、一緒に逃げていた者達も倒れこんでいた。


 何が起きたのかと後方に目を向けると、そこには先ほどの死神が弓を構えて立っているではないか。


 小さな死神は弓を分裂させると、双剣を持って歩きながら近づいて来る。


「頼むッ! 俺は違うッ! 命令されて――」


 彼が見た最後の光景は地に這う、首の無くなった自分の体だった。



-----



 砦に戻ったイングリットはインベントリから取り出した毛布を何枚か地面に広げてシャルロッテを寝かせる。


 彼はドカリとシャルロッテの横に座り込むと、水筒の中にある水をガブガブと飲んで喉を潤す。


 腕でワイルドに濡れた口を拭うと、タオルを水で湿らせて横で気を失っているシャルロッテの頬についた血を拭き取った。


「あの姿は……」


 イングリットはシャルロッテが変身したドラゴニュートの姿を思い出す。


 あの姿はどこかで見た事がある、何か重要なモノだったような……そんな考えが浮かんで収まらない。


 記憶の片隅に何か引っ掛かるような感覚が続き、胸がモヤモヤとして落ち着かなかった。


 イングリットが必死に記憶を探っていると貴馬隊のメンバーの1人がポーションを片手に近づいて来た。


「うい~。黒盾ェ~。調子はどうだよ」


「あ? 別に問題ねえよ」


「オメェじゃねえ。そっちのカワイコちゃんだ」


 貴馬隊のメンバーはシャルロッテの顔を覗き見る。


 イングリットは彼女を見られた事に少々ムッとしてしまったが、イングリット本人は気付いていなかった。


「問題ねえよ。それより、テメェは戦場でキル稼ぎしないでいいのかよ」


 イングリットの問いに顔を上げた貴馬隊のメンバーは溜息を吐き出した。


「あー。テメェんとこの悪魔魔導師と技巧幼女がやべー勢いで狩りまくってるからよ……」


 広範囲魔法と技巧武器でワンパンしていく様はまるで地獄の使者だ、と彼はぼやく。


「ふーん。どんな感じだ?」


「悪魔魔導師は無表情で広範囲魔法を連発してるし、技巧幼女は返り血で真っ赤に染まりながらひたすら頭潰してるしよ。あそこにいる魔族の軍人なんざチビリながら戻って来てたぞ」


 貴馬隊のメンバーが指差す先にいた魔族の軍人はブツブツと何か言いながらズボンを濡らしていた。


「あー……」


 ブチキレたパーティメンバーの様子を容易く想像できてしまったイングリットは内心でチビった軍人を憐れんだ。


「つーわけで、俺達は半分引き揚げてきた。移動する準備もしねーとな」


「魔王国にか?」


「おう。拠点はそこだろ。砦はぶっ壊れてるしよォ。しょぼすぎだろ、魔族の砦」


 壊れた門と城壁を見ながら文句を言う彼は、ゲーム内にあった人間勢力の砦と比べているのだろう。


 人間側の砦は魔法のバリアが張られた頑丈すぎる砦だ。貴馬隊が総力を挙げても落とす事が出来なかった程の防衛力を誇る。


 それと魔族側の砦を比べては不満が出るのも当たり前かもしれない。


「黒盾、オメェこっちの世界のヤツに顔利くんだろ? 適当な広い場所を確保しといてくれや。死んだヤツ等の死体持ってくるからよ」


 セレネライブで燃え尽きた者達の蘇生をする為に、死体回収班が動き回っているとの事。


 ついでに駄馬の死体も回収したそうだ。彼は生き急いだクソザコレギマスと罵られていたが。


 貴馬隊のメンバーはイングリットに「頼むぜぇー」と言い残して門の方へ歩いて行った。


読んで下さりありがとうございます。

次回は日曜日です。

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