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98 覚醒


「いやー、貴馬隊の戦闘をリアルで見るとなかなかヤバイね」


 崩壊した門の前に立ちながら戦闘風景を見ているイングリット達。


 視界の左は筋肉魔法少女がモーニングスターを振り回しながら逃げる人間の頭部を粉砕して回り、右は爆弾を抱えた親衛隊が次々と爆発していく。


 キマリンに狩られる人間達の悲鳴が自爆する親衛隊の爆風に乗って遠くまで響き渡る様は、異様としか言いようが無い光景だろう。


 ゲーム内ならば『エフェクト』で済むような光景もリアルとなれば話は別だ。悲鳴と血の雨が降り、爆散する肉の塊は少々グロテスク……いや、少々どころではない。


「あ、あの者達は……」


 特に一番戦慄しているのはシャルロッテだった。


 血肉吹き飛ぶ光景にも戦慄を覚えるが、彼らがイングリット達と知り合いという事は全員が王種族である可能性が高いと彼女は推測。


 つまり、100人の王種族が現世に突然現れたのだ。


 現世から王が消えて100年以上。現在の魔王国は王種族に頼らない政治や秩序を持っている。


 味方として戦場をかき乱す様は心強さを覚えるが、同時に今後の世の中はどうなってしまうのだろうかという不安も感じてしまう。


(王城はどう判断するのじゃろうか。揉めなければ良いが……)


 最初の3人であるイングリット達だけならば誤魔化しようがある。現に今まで誤魔化してきたのだ。


 しかし、今度は数が違う。さすがに100人もの魔族と亜人が突然戦場に現れれば、その登場の仕方を見ている軍人もいるだろう。


 彼らが騒ぎ立てる可能性がある。良い方向だけに考えれば、彼らは軍人。上から緘口令を敷けば口を開かないかもしれない。


 だが、100人の王種族が魔王国に行ったらどうだろうか。どう見ても彼らは古の物語に出て来る『王種族』と『準王種族』の特徴が体に見られる。


 古の物語は魔族と亜人ならば誰でも知る最もポピュラーな物語。それに登場する人物達を、街の住人がその目で見てしまったらどう思うだろうか。


 王種族が世に現れたと騒ぐのも時間の問題かもしれない。


「おい。あれを見ろ」

 

 シャルロッテが魔王国の行く末を案じていると、イングリットが戦場の奥を指差した。


 そこには何か箱型の物が停まっており、そこからキラキラと光が空へと舞い上がっている。


「見つけたぞ。聖なるシリーズの光だ」


 空へと舞い上がる金色の光。それはシャルロッテも見た事のある光だ。


 以前、この場でイングリットが戦った槍使いの勇者が持っていた聖なるシリーズと同様の光である。


 つまり、あの場にファドナの勇者がいる事を示していた。


「よし、行くぞ!」


 目標を見つけたイングリットはパーティメンバーを見やる。3人もイングリットの声に頷きで返した。


「おい! セレネ! 勇者を見つけた! 戦場の奥だ! バックアップしてくれ!」


 イングリットは城壁の上で次の歌を歌おうとしていたセレネへ叫ぶ。


「了解ー☆ みんな、行くよー!」


 頼みを了承したセレネは歌を歌い始め、親衛隊達をコントロールしてイングリット達の道を作り出す。


 セレネの作り出した道を駆けている途中でキマリンにも声を掛けて応援を要請。


「承知したッッッ! 行けぇいッッッ!!」


 一直線に勇者へと向かうイングリット達を邪魔しようと立ちはだかる人間をキマリンが狩り――遂にイングリット達は勇者と対峙した。



-----



「全く。不甲斐ない」


 アールスは突然状況の変わった戦場を車のフロントガラス越しに見ながら溜息を吐く。


 景気良く砦を吹き飛ばして優勢だったにも拘らず、突然聞こえてきた歌が耳に届いたと思えば次に聞こえてきたのは友軍の悲鳴だ。


 しばし状況を見守っていたら戦場に敷いた陣形は崩れ去り、既に乱戦状態。しかも最前線にいる人間の兵は恐慌状態と報告が齎されたではないか。


「これでは教皇どころか、教導者様にまでお叱りを受けてしまうじゃないか」


 今回の侵略は教皇からの指示であるが、その指示を出したのは主国よりファドナに滞在している教導者だというのは明白だった。


 つまり、この侵略戦を失敗する事は出来ない。失敗すれば教皇の首どころか自分の首が飛ぶだろう。


 アールスは溜息を吐きながら「やれやれ」と首を振った。


 自分の首が掛かっていながらこの余裕はどこからくるのだろうか。その理由は、彼には自信があるからだ。


 一般兵がいくら死のうとも自分1人で戦場を覆せる自信。それがアールスにはある。


「しょうがない」


 彼は気だるそうに車から降りて、持っていた剣を鞘から抜く。


 すると、銀色の剣は金色の光を放って粒子を空へと舞い上がらせる。


 勇者の剣。主国であるベリオン聖樹王国よりファドナ皇国第1騎士団隊長格にのみ下賜された最強の武器。


 この武器で何人も、何百人もの魔族と亜人を殺してきたのだ。


 今更、下等生物が未知なる外法を使っていようとも恐れる事はない。


「まぁ、大体は生け捕りだからな。手加減しなきゃいけないかな?」


 神々しく光る刀身に視線を奪われ続けるアールスはクククと小さく笑った。


「隊長! 敵が接近していまぐぎゃッ」


 彼が笑みを浮かべていると近くで爆発が起きる。


 耳に届いた声から推測するに味方の兵が爆発で吹き飛ばされたのだろう。光る刀身から視線を外し、顔を上げるとアールスの前方には4人の魔族が立っていた。



-----



「コイツじゃ! コイツなのじゃ!!」


 クリフの魔法で邪魔者を吹き飛ばしながら光の下へと近づくと、そこに立っていたのはメガネをかけた痩せ型の男。


 男は光る剣を片手に白銀の軽鎧を着用していた。


 シャルロッテの記憶の中にある白銀の鎧を着た人物。彼女の家族を殺した張本人こそ、目の前にいるアールスである。


「コイツとは失礼ですね」


 アールスは自分を指差すシャルロッテを睨みながら片手でメガネの位置を正す。


「忘れはせぬのじゃ! 妾の家族を殺した人間め!」


 記憶の中の人物と目の前にいるアールスが一致したシャルロッテは今にも持っている短剣で斬りかかりそうになるが、それをイングリットが彼女の前に体を割り込ませて制止する。


 一方で、親の敵と言われたアールスは首を傾げていた。


「家族を殺した? はて……。何人も殺したので、どの家族なのか……」 


 首を傾げるアールスはシャルロッテの顔をじっと見つめるが、彼の様子からは本当にどこの誰か分からないといった様子。


 自分の家族を殺した事すらも覚えていないと知ったシャルロッテは奥歯を噛み締めながら射殺さんばかりに睨みつける。


「貴様が侵略した領地の領主なのじゃ!! アルベルト伯爵領!! これで覚えておらぬとは言わせぬのじゃ!!」


「アルベルト? ん~? ……あぁっ! あの吸血鬼! もしかして、お前はあの時の娘かい!?」


 ようやく思い出したのか、アールスは若干興奮気味に声を荒げた。


「珍しい個体だと言うから皇都に移送したのに逃げ出した女か! あっはっは! まさか、自分から現れるとはね!」


 アールスはシャルロッテを足先から頭の天辺まで舐めるように見て、自分の唇をベロリと舌で舐める。 


「お前を手土産に戻れば予想外の被害も……。ん? あの吸血鬼の娘という事は……。そうか、そうか」


 アールスは1人でブツブツと呟きながら、ニタリと笑う。


「女。お前に良いモノを見せてやろう。お前にとって、とびっきりのモノだ」


「……なんじゃと?」


 アールスはニタニタと笑いながらシャルロッテへ話しかけた。


 そして、近くにいた人間の騎士に「車から人形を持って来い」と指示を出す。


「ンなモン、待ってるワケねえだろ! さっさと殺すぞ!」


 大盾を構えたイングリットが吼えるが、アールスは手で制する。そして、彼の口から出た言葉は――


「良いのかねぇ? 今から見せるのは、そこの女の家族だよ? 確か……姉だったかな?」


 アールスの言葉にビクリと反応するシャルロッテ。


 さすがのイングリットもアールスの言葉を聞いて動きを止めてしまった。


 まさか死んだはずであるシャルロッテの姉が生きている。天涯孤独になってしまった彼女にとっては一筋の希望だったであろう言葉。


 しかし、人間の騎士が持ってきたのは手足を切断された女性。


 首には首輪と鎖が巻かれ、体にはいくつもの拷問の跡。シャルロッテの姉という女性の目は濁り、生気を感じられない。


 金色だったであろう髪は汚れ、顔も痩せこけてシャルロッテと似ているとは言い難い。


 イングリットがあれは本当に姉なのか、と問おうとしたが――


「あ、あ、ああぁぁ……。あ、あね、姉上……」

  

 シャルロッテには一目見て姉だと分かった。その理由は何十年も一緒に暮らしてきたからだろう。


 彼女にしか分からない、姉の面影がまだ残されていた。


「やっぱり!! ほら!! 感動の対面だ!!」


 人間の騎士からシャルロッテの姉を奪い取り、まるで猫を持つかのように首輪を片手で持って彼お気に入りの『人形』を掲げる。


 首が絞まり、だらりと垂れる頭を気にもせずにシャルロッテへ見せ付けるように掲げる手を振ってみせた。


「や、やめるのじゃ!! やめて!! 姉上ェェ!!」


「はははは! コイツは使い心地が良かったからね! 持って来て良かった! まだ生きてるよ~? 返してほしいか!?」


「返すのじゃ! 妾の姉上を返してっ!!」


「ダメだよ! シャルちゃん!」


 シャルロッテは目から涙を流しながら駆け寄ろうとするが、クリフに手を捕まれて止められる。


 駆け寄れないシャルロッテは必死に叫びながら自分の姉へ手を伸ばした。


「ダメ。返さないよォ!」


 シャルロッテの必死な懇願を見ながら、ニマニマと邪悪な笑顔を浮かべたアールスはもう一方の手で持っていた剣をシャルロッテの姉の胸へ突き刺す。


 胸からは光る剣が突き出し、大量の血が血飛沫となって舞う。


 アールスは突き刺すだけでは飽き足らず、体に刺さった剣をグリグリと回して彼女の心臓を破壊した。


「テメェ!!」


「ああ……。ああ……ああ、ああ……」


 イングリットはアールスの悪意に怒りの叫びを上げ、目の前で姉を殺されたシャルロッテは力なく膝から崩れ落ちる。


「ひゃはははッ!! それだ!! その顔だよォォォッ!! 最高だァァァッ!!」


 アールスは突き刺した剣を引き裂くように体から抜き、死体をイングリットの足元へ投げ捨てる。


 怒りを顕わにするイングリット達と絶望に染まるシャルロッテを見ながら、腹を抱えて笑い続けた。


「ああ、姉上……。姉上……」


 どんな形であっても生きてさえいれば希望があったかもしれない。しかし、それも潰えてしまった。


 目の前で2度も家族を殺されたシャルロッテは涙を流しながら、姉の死体を見続ける。


 なんで、こんな。何故、自分の家族が。何故、自分がこんな目に。


「ああ……ああ……」


 目の前にいる者を――


 目の前で笑っているアイツを――


 家族の仇を――


『殺したい?』


 涙を流すシャルロッテの心に1つの問いが浮かぶ。


『殺したい?』


 問うのは何者なのか。


 だが、シャルロッテにとってそれはどうでも良い事だ。


 復讐を果たしたい。今、目の前にいるアイツを殺して、家族の無念を晴らしたい。


『そう。ならば、取り戻しなさい。本当の自分を。本当の自分の姿を。あの頃を取り戻しなさい。愛しい人から貰った力を』


 内なる声がそう呟くと――ドクン、とシャルロッテの体が跳ねる。 


「あ、あ、あ……」


 シャルロッテは虚ろな目で伏せていた顔を上げると、視界に入ったのは黒い鎧を着た男。


「お、おい。シャル?」


 シャルロッテの異変にイングリットが声を掛けるがシャルロッテは答えない。


 それどころか異変は続き、バチバチとシャルロッテの体の周りに赤い魔力が弾け、彼女の体にある淫紋が赤く光を帯びた。


 淫紋が赤く光ると静電気のように弾けていた赤い魔力はハッキリと見える程のオーラとなって彼女の体に纏わりついていく。


『さぁ。取り戻しなさい。愛しい者を失わない為に』


 虚ろだった紫色の瞳は赤く染まり、瞳の中の瞳孔は縦長のモノへと変わる。その瞳はまるでドラゴンのように。


『愛しき人の血を目覚めさせなさい。次こそは、共に戦って添い遂げる為に』


 シャルロッテの体に生えていたコウモリの翼はバキバキと音を鳴らしながら竜の翼へと変わり、サキュバスを示す尻尾も竜の鱗が生えた尻尾へと変化する。


 翼や尻尾だけではない。竜の鱗は彼女の首筋にも現れ始めた。


『竜の愛と神の慈悲によって覚醒しなさい』


「あ、あ、あ……」


 その姿はもう既にサキュバスや吸血鬼ではない。彼女の姿はまるで古に存在していた準王種族であるドラゴニュートのように変化する。


『竜の寵愛を受けし者よ。その名は――』


「アアアアアアアアッ!!!」 


 赤竜姫・シャルロッティア。


読んで下さりありがとうございます。


急にマジメになる。死んだ駄馬はいったい何だったのか。

次回は明日に。

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