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97 魔法少女とは


 右翼側でセレネのライブが始まった一方で、左翼側では魔族軍の兵士達と彼らを率いるレガドが人間達の攻勢を何とか凌いでいる状態であった。


 セレネの歌が聞こえてからは、歌の効果でレガド達の身体能力は爆発的に向上した。


 だが、いくらレガド達が強化されようとも人間に劣っていた戦闘能力が少々埋まったのみ。圧倒的な人数差と装備している物の質は変わらない為に状況を翻すほどの効果は生まれなかった。


 それでも左翼陣が崩壊していないのはレガドの適切な指示と己が最前線に立って周りを鼓舞する姿を見せ付けていたからだろう。


「くっ……! やはり人数差が……!」


 レガドは人間騎士の剣を弾き返しながら言葉を漏らしてしまう。


 崩れた城壁の傍からエキドナの指揮する魔法部隊と弓兵隊の支援があるものの、周囲にいる彼の部下は何名か討ち取られてしまっている状況だ。


 他にも重症を負った者は後方に下がって治療を受けさせているが戦線復帰は難しい。


 自分が踏ん張るしかない。何とか防衛線を維持できれば、突如現れた味方が手を貸してくれるかもしれない。


(あの方々は……あの方々も恐らく王種族。ならば、自分が死んでも……)


 己がここで犠牲になってでも戦線を維持すれば侵略は防げる可能性が高い。今ここで求められるのはいかに時間を稼ぐかだ。


 いくらレガドであっても死は避けたい。だが、ここでやらねば愛すべき故郷が、自分に着いてきてくれた部下達が蹂躙されてしまう。


 彼は剣を握る手に力を込め、敵に突撃しようとするが――


「待ちたまえ」


 レガドの背後より声が掛けられる。


 そして、声と同時に圧倒的な威圧感がその場に生まれた。


 場を制する威圧を感じているのはレガドや魔族達だけではなく、対面で剣を構える人間達も同じようで目を剥きながら硬直しているではないか。


(この威圧感……ッ)


 レガドは背後に立つ者が自分よりも遥か高みにいる、相当な強者であると確信した。


 恐る恐る背後を振り返ると、そこにいたのは1人の男。


 レガドは背後にいた男を見て、目を疑った。


 闇のような漆黒の髪。鼻の下にはダンディなヒゲ。少々強持てで歴戦の戦士のような顔つきを持った中年男性。


 さらに漆黒の髪からはクリフと同じような巻き角が生えており、王種族である悪魔族だと推測できる。


 だが、レガドが目を疑った理由は男の容姿ではない。


 服装である。


 何故なら、男は――女性物の洋服を着ていたからだ。


 男の着用する洋服。それはセーラー服と呼ばれる女性物の制服であった。


 全体は白であるがセーラー服たらしめる一番重要な襟はピンク色に白いラインが走り、胸には大きな襟と同色のピンクリボン。リボンの中心には禍々しい闇を連想する黒色の宝石が嵌ったブローチが備わっていた。


 服装は可愛らしい。だが、どう見ても着ている本人は男である。


 男の上半身はボディビルダー並みにムキムキで、セーラー服は今にも弾けそうなくらいにパッツンパッツンだ。

 

 それだけではない。


 セーラー服という概念を知らないレガドが女性物と気付けた理由でもあるが、下半身はスカートである。


 しかもミニだ。スカートの下に穿いているブーメランパンツが、歩く度にチラチラと見えるほどの超ミニスカート。


 遠くから聞こえるセレネライブのポップでキュートな歌をBGMに、とんでもねえド変態筋肉中年の登場だ。


(ス、スカート? 何故……?)


 レガドの脳内が疑問で支配される中、男は相変わらず威圧感を放ちながら最前線までゆっくりと歩み寄り、レガドへ視線を向けた。


「貴殿がここの指揮官かね?」


「は、はい……」


 服装がアレなのにも拘らず、堂々とした面構えと振る舞いを見せる男の鋭い眼光に晒されたレガドは軍に入りたての新兵のような敬語を使い、足は産まれたての小鹿のように震えてしまう。


「我輩が察するに、貴殿はここを死守するべく命を投げ出そうとした。違うかね?」


 男に自分の考えを当てられたレガドは驚きを顔に出してしまう。


 すると、男の表情は一変。キラリと光る並びの良い白い歯を見せながら笑み浮かべた。


「その覚悟、見事である! 貴殿の忠誠、誠に気高きものよ!」


「は、はあ……」


 いきなり魔王国に対する忠臣っぷりを褒められたレガドの思考は追いつかず、返事も曖昧になってしまった。


 それもそのはず。


 何故なら目の前に女性物の洋服を着た筋肉ムッキムキの中年がいるからだ。


「しかし、貴殿はここで散るべき者ではないな。ここは我輩に任せて部隊の立て直しを図るがよかろう」


 目の前にいる変態筋肉……中年男性はレガドより一歩前に出て人間達を見やる。


 彼の行動にハッとなったレガドは男の背中を見つめながら慌てて声をかけた。


「そ、それでは貴方が!」


 目の前にいる人間の兵は軽く見積もっても5000以上はいるだろう。それを1人で戦おうと言うのだろうか。


 そんな無茶はさせられない、とレガドは思っていたのだが、男は横顔をレガドに向けてニコリと微笑んだ。


「我輩を心配してくれるか。しかし、問題はない。行きたまえ」


 変態……男の見せる背中はとてつもなく大きい。


 服装はどうあれ、その振る舞いは男が憧れる『漢』と表現せざるを得ない。特に彼の劇画のような顔面とヒゲがそれっぽさを増幅させている。


 レガドはいつしか彼の服装が気にならなくなっていた。それどころか、見つめる大きな背中に安心感すら抱いていた。


「も、申し訳ない! ご武運を!!」


 レガドは頼もしい背中から視線を外し、目尻にたまった涙を部下に見せないようにしながら大声で一時撤退の指示を出して砦方向へ駆けて行った。


「さて……」


 レガドが下がって行くのを見送った男は前へと向き直り、人間達をギロリと睨む。


 威圧感に圧倒されていた人間達は一歩足を下げてしまいながらも、負けじと剣を構えて睨み返す。


「貴様! 何者だ!」


 人間達も目の前にいる変態……男から放たれる威圧感から只者ではないと感じ取っていた。


「我輩は魔法少女である!!」


 そしてこの返答である。


「我輩の名はキマリン。流派魔法少女魔闘拳の使い手。魔法少女キマリンであるッッッ!!」


 セーラー服を着た男が名乗りを上げると周囲はドン、と威圧感が倍に膨らんだ。


 否。これはただの威圧ではない。


 闘気であるッッッ!


 魔法少女道を極めた漢から溢れ出る闘気。スキル名を自称『魔法少女オーラ』と言うッッッ!


 (※ 正式名称は闘気です)

 

 その圧倒的で抑止しようにも溢れ出てしまう魔法少女オーラによって、力量差を肌でビリビリと感じさせる雰囲気に人間達は腰が引けてしまう。


「悪逆非道を繰り返す人間共め。我輩が正義の鉄槌を下すッ」


 キマリンはそう言うと、拳を前に出して構える。


 左手を軽く握りながら胸の前に出し、右手を腰の脇へと引く。足は地面に縫い付けるかの如く、しっかりと踏み締め――


「流派魔法少女魔闘拳壱の拳――マジカル・正拳突きッ!」


 腰まで引き絞った右手を強く握り締めてから、放つ。


 すると、ヒュンと風を切るような音が鳴った後に遅れてパンッと何かが破裂する音が戦場に響く。


 それを見ていた人間騎士の1人は頬に何か液体が付着する感触を感じて手で触る。すると、頬に触れた指には赤い液体がついていた。


 何だこれはと思いながら横へ視線を向けると、先ほどまで横にいた仲間の姿が無い。


「えっ?」


 どこへ行ったんだと周囲を探れば横にいた者だけではなく、その後ろに立っていた者達すらも姿が消えているではないか。


 何が起きたのか、と不意に視線を下に向けると先ほどまで横にいた者の足首だけが血を流しながら2つ揃って地面に置かれていた。

 

 それだけではない。


 その後ろに立っていた者達の足首や足だけが一直線に揃って残されていたのだ。


「ふむ。正拳突きだけで倒れるか」


 拳のみで命を容易く奪ったキマリンの呟きが戦場に響く。


 人を一直線に刈り取った現象の正体はキマリンの放った正拳突きである。


 彼はステータス『力』に特化した超パワーファイターな拳闘士だ。


 どれくらい力に特化しているか、と言われればイングリットの防御を真正面からぶち抜いて大ダメージを負わせる程と言えば分かりやすいだろうか。


 アンシエイル・オンライン内での決闘で唯一、イングリットのHPゲージを死亡ギリギリまで削った男。それがキマリン。


 そんな力特化なキマリンの放った正拳突きは拳圧による衝撃波を発生させ、それが大砲の如く人間の体を木っ端微塵に吹き飛ばしたのだ。


 魔法少女と言っておきながら魔法もクソもない、純粋な物理である。圧倒的なパワーで空気を押し出して衝撃波とするゴリゴリの物理攻撃。


『行き過ぎた物理は魔法と変わらない』


 誰が最初に呟いたのか、いつしかアンシエイル・オンライン内でキマリンを象徴するかのような名言すらも生まれたほどの超有名物理アタッカー。


 いつかを境に『我輩、魔法少女になる』と呟き、既に近接アタッカーとしてステータスを伸ばしてしまっていた漢が見せた愚直な魔法少女への道のり。


 物理を極め、物理の壁を突き破った自称魔法少女。


 それがキマリス改め、キマリンという名へ改名した魔法少女であるッッッ!


「ひ、ヒィッ!」


 とんでもない殺戮者の登場に人間達は完全に戦意喪失。ガチガチと歯を鳴らしながら怯えを顔に張り付かせる。


「いちいち殴っていては時間が掛かるな。ここは我輩の愛用武器を使わせてもらおう」


 拳一撃で何十人と殺害したキマリンが次に見せた行動は、まさかのインベントリから武器を取り出すという行動。


「マジカル・ステッキッッッ」


 マジカルステッキ。それは棒の先端にトゲトゲの球体が取り付けられた武器の名前。


 そう。モーニングスター。


 よくあるハートが付いたステッキなんて可愛い物じゃない。相手の肉を粉砕する用途で作られたメイスの一種。殺る気マンマンの武器だった。


 キマリンはマジカル・ステッキという名のモーニングスターを構えて、一足で人間達へと踏み込んだ。


「マジカル・スイングッッッ!」


 そして、振る。ただ、純粋に己の体にある筋肉で振り抜くのみ。

 

 鍛え抜かれた筋肉が織り成す魔法っぽい物理。横一文字に薙いだ攻撃は人間達の頭部をいとも簡単にミンチへと変える。


 肉片と血がミックスされた赤き華が咲く戦場に人間達の悲鳴が木霊した。


「う、うわあああ!!」


「なんだこいつ!?」


「どこが魔法少女だ!!」


「マジカル要素なんてどこにもねえ!! 逃げろぉぉぉ!!」


 人間達は恥を捨てて逃げ出した。


 ただ、生き残りたい。あの魔法少女(悪魔)に殺されたくないという純粋な生への渇望だけが彼らの脳内を支配する。


 だが、しかし――


「逃がさぬわッッッ」

 

 キマリンが逃げる人間達へ踏み込むと、あまりの勢いに大地が爆発した。


 背中を向けて走る人間達を次々と屠る女性物の洋服を着た悪魔。


 プ○ダを着た悪魔なんて目じゃない。本物の物理を極めし悪魔が人間共を地獄へ叩き落す。   


 マジカル・ステッキを縦横無尽に振っては人間の体をミンチに変え、空いている手で殴り飛ばし、時には蹴りで腹に穴を開ける。


 狩って、狩って、狩りまくる。


 数十分後、戦場は殺された人間達の死体と溢れ出た血で地面が真っ赤に染まっていた。


 地獄のような光景の中心にはセーラー服を着た魔法少女が、血に染まったマジカル・ステッキを払いながら1人佇む。


 そして、彼はこう言うのだ。


「悪は我輩が成敗するッ!! マジカルッ! ルンッ!! ルンッ!!」 


読んで下さりありがとうございます。

次回は火曜日の予定です。

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