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96 アイドルヒーラー


 城壁の上で砦にあった城門を背に右側――右翼と称されるエリアを見渡すセレネ。彼の瞳には人間との力量差や劣る装備の質によって虐殺状態に陥っている魔族軍が映っていた。


「なんちゅーか、弱種族すぎだろ」


 ゲーム内でも人間勢力と魔族勢力との差は明確にあったが、それ以上に酷い。何が酷いと細かく指摘できないほど、全てが酷い。そんな有様だ。


「こりゃあ、やりがいがある」


 貴馬隊の掲げる目標は大陸戦争による魔族側の勝利。それはただの勝利ではなく、大陸全土を占領するという完全勝利だ。


 たった今、こちら側に来た貴馬隊は100人。どう考えても今度勃発する大陸戦争で現在のゴミのように死んでいく魔族軍をも投入しなければ戦力差で勝負にもならないだろう。


 貴馬隊がいくら頑張ろうともカバーできない戦線が発生するのは明白の理。例えゴミ戦力であろうと時間稼ぎくらいはしてもらわないと困る。


 魔族軍がゴミ戦力なのは確かだ。最早変わり様のない事実である。しかし、セレネには『ゴミ』をゲーム内の『新兵』くらいまでには押し上げる力があった。 


 それは――


「セレネちゃん! 舞台の用意が出来ました!」


「おう」


 セレネは彼の部隊員(スタッフ)が城壁に用意したステージを見つめる。


 それはゲーム内で馴染み深い、いつものステージ。


 城壁の幅限界まで広がった特設ステージだ。ステージ上にはセレネを照らして可愛さを120% 引き出す色とりどりの照明器具や巨大なスピーカーが2つも取り付けられている。


 ステージの後方には専属のバンドチームも待機して、いつでも来いと目で訴えかけていた。


 セレネはインベントリからマイクを取り出してゆっくりとステージへ歩いて行く。


「あ、あ、あ、あ~」


 ステージへ昇る小さな階段の前で、彼は喉仏を触りながら声を調整。すると、今まで男の子と言わんばかりの声が少女の可愛らしい声へと変化した。


 セイレーンであるセレネは自由自在に声の質を変えられる。これは彼の就いている職業において必須のスキルだ。


「よし☆ いくよ!」


 すっかり少女ボイスになったセレネは勢いよくステージへ上がる。そして、城壁の下からステージを見つめる貴馬隊メンバーに向かって笑顔を浮かべながら手を振る。


「みんなー! 今日はボクのライブに来てくれてありがとー☆」


「「「「 うおおおおお!! セレネたーん! 」」」」


 城壁の下にいる貴馬隊メンバー ――それはセレネ親衛隊と呼ばれたセレネの部隊員でもあり、ファン達だった。


 彼らはインベントリからサイリウムや『セレネLOVE』とデコレーションされたうちわを取り出してブンブンと振ってアピール。


 さすがの人間達も何事かとステージや親衛隊に視線を向けるが、彼らはお構いなしだ。


 最後列で戦場に背中を向ける親衛隊は背後から剣を振り下ろされるが、片手でサイリイムを振りながら華麗なエルボーで人間を排除していた。


「こっちに来てから1発目のライブ! 張り切っていこー☆」


 セレネが後ろにいるバンドメンバーに目配せすると、音楽と照明によって演出されるセレネライブが始まった。


 マイクを片手にポップでキュートな歌詞を歌いながら、ステージを余す事無く大きく使った振り付けでファンを盛り上げる。


 突如始まったアイドルライブに戦場にいる全ての者達が呆気に取られた。


 今、この時。戦場で一番注目されているのは歌って踊るセレネだ。


 戦場の視線を独り占めしながら、彼はフリフリのミニスカートの中身がギリギリ見えるか見えないか微妙なコントロールを行いながら舞う。


 すると、どうだろう。


 セレネの歌声を聴いた親衛隊達と魔族軍の体にオーラが纏う。


「な、なんだ!?」


「体が軽い!」


「力が漲る!!」


 初めてセレネの歌を聴く魔族達は己の体に起こった異変に戸惑いの声を上げる。


「「「「 セ・レ・ネ! セ・レ・ネ! 」」」」


 一方で、親衛隊達はいつもの合いの手を挟みながらヒートアップ。


 このオーラこそがセレネの魔法。アイドルヒーラーと呼ばれたユニーク職しか使う事の出来ない歌唱魔法による支援魔法である。


 魔法には詠唱を唱えて発動するという制約が存在する。これはどんな魔法にも存在し、どんな魔法職も縛られる概念。


 しかし、それを半詠唱という形で詠唱を簡略化させて制約を軽くしたのが魔導師であるクリフ。 


 一方で、魔法使いとしては並の才能しか持っていなかったセレネは詠唱を覚えられなかった。


 彼は魔法使いの中でも支援や回復を行うヒーラー系統であったが、高階梯の魔法を詠唱しようとしても失敗してしまって使う事ができなかった。


 勿論、詠唱理論や詠唱自体を覚えていないのでクリフのように半詠唱も使えない。


 ヒーラーとして行き詰った彼が編み出したのが『歌唱』という概念。詠唱を自身の得意な歌のようにして唱えたらどうなるのだろうか。そんな考えから生み出された理論である。


 結果から言えば歌唱という魔法詠唱は実行できた。歌の歌詞の中に魔法効果を込めると、それが魔法として現れる。


 例えば力を増加させる支援魔法を行う時は『力強い』『力が沸いて~』と力上昇を連想させる歌詞を組み込めば良い。


 しかも一曲の中に複数の魔法効果を連想させる歌詞を組み込めば、それら全てが発動するという魔法を組み合わせるという新しい概念を生み出した。


 だが、当然デメリットも存在する。それは通常の詠唱で使用した魔法よりも効果が低くなる事。


 力増加の支援魔法を詠唱で使用すれば20上昇するが、歌唱だと10しか上昇しない。さらには支援魔法の持続時間も半分となってしまった。


 しかし、詠唱も歌唱も使い方次第。


 大陸戦争の行われる広いフィールドで幅広く瞬時に効果を付与できる歌唱は、大陸戦争ガチ勢であるセレネにとってピッタリと言えよう。


 そんな経緯があり、遂に歌唱を完成させた彼はユニーク職であるアイドルに目覚めた。


 これがアンシエイル・オンライン内でたった一人だけのユニーク職、アイドルヒーラー誕生秘話である。


「みんなー! 愛してるよー☆」


「「「「 うおおおおお!! 」」」」


 支援歌唱が終わると親衛隊は次々に雄叫びを上げる。セレネのアイドルたる振る舞いに彼らの内なるパワーは爆発寸前だ。


 そんな中、最前列をキープしていた親衛隊の1人が叫ぶ。


「セレネ親衛隊! 会員ナンバー7番! もう限界です!! 突貫します!!」


「来た! 7番来た!」


「特攻隊長! 来た!」


 もう我慢ならねえ、と爆発寸前の会員ナンバー7番はインベントリから両手で抱えるほどの大きさをもった『爆弾』を取り出す。


 すると、城壁の下にいた他の親衛隊達はモーゼの奇跡の如く、2つに割れる。


「うおおお! セレネたん好きだあああ!!」


 そして彼は割れてできた道を駆け抜け、人間達へ特攻。


 セレネへの愛を叫びながら人間と共に爆発した。  


「俺もだ! 俺も行くぞ!!」


「会員ナンバー14番!! 続きます!!」


 城壁の下にいた親衛隊達はインベントリから抱え爆弾を取り出し、次々に特攻。


 彼は人間達の群れへと突っ込んではドカン、ドカンと轟音を撒き散らしながら自爆した。


「な、何なんだ!? あいつら!?」


「死ぬのが怖くないのか!?」


 爆弾を抱えて愛を叫び、目を血走らせながら突っ込んで来る敵に流石の人間達も困惑と恐怖が湧き上がる。


 1人1殺とばかりに死を恐れず突っ込んで来るのだ。しかも、剣や槍で攻撃して止めようにも、止めた時点で爆発してしまう。


 止めた者は巻き込まれ、周囲にいた者も巻き添いを食らってしまって被害甚大。こんなもの、恐怖を抱く以外にあるだろうか。


 次々に突貫して行く親衛隊達。遂には最後の1人が爆発し、人間達はようやく恐怖の時間が終わったかのように思えた。


 だが、ここで終わらないのがセレネと親衛隊。


「みんなー! まだまだいくよー☆」


 熱狂的なファンである親衛隊が全員吹き飛んだにも拘らず、セレネは次の歌を歌い始めた。


 すると――爆発で死亡し、地面に転がる親衛隊の死体がピクピクと動き始めたではないか。


「オ、ォ、オオ……」


「ゼ、レネ"た……ん……」


 セレネが歌いだした歌唱の中に含まれる歌詞は『生き返って』『諦めないで』といった内容が含まれている。


 歌い始めたのは蘇生魔法の歌だ。歌唱のデメリットで効果が半減してしまい、完全蘇生には至っていないが。因みに完全復活するには蘇生魔法を2回歌唱しなければならない。


 しかしメリットもしっかり存在する。


 完全蘇生ではない彼らは魂が体に完全に定着されていない、云わばリビングデッド状態。


 この状態だとデスペナが未発動のままというメリットがあるのだ。つまり、何度死んでもデスペナは受けない。


 デスペナは受けない代わりに動きは遅いし思考能力は低下しているので、完全と不完全どっちが良いかと問われれば『状況による』と言わざるを得ないだろう。


 だが、セレネが蘇生魔法を使う主な場所は大陸戦争。物理と魔法が飛び交う魔族と亜人にとってのキリングフィールドである。


 クソ雑魚な魔族と亜人はどうせすぐ死ぬ。ならば、半分蘇っただけでも十分ではないか。半死半生の状態で人間とエルフに一太刀でも浴びせられれば十分だ。


 役立たず共は1人でも多く人間を自爆に巻き込む事だけ考えてろ。みんなのアイドル、セレネたんからの愛と命令の篭ったステキな歌である。


 動き出した親衛隊の死体は遂に立ち上がり、どこからともなく取り出したサイリウムをセレネの歌に合わせてゆっくり振り始める。


「「「「 L" O" V" E"……ゼ、レネ" 」」」」


 リビングデッド状態でありながらも、彼らは楽曲毎にあるファンのパフォーマンスと掛け声は完璧だ。


「ヒッ!」


「な、何なんだよあれはァァァッ!!」


 人間達を支配する恐怖はまだまだ続く。


 死んだはずの魔族は起き上がり、再び動き出したのだ。しかも、彼らの姿は一回目の自爆で失った体の部位はそのままの状態である。


 怯える人間達の目の前にある光景は、ゾンビがサイリウムを振ってアイドルを応援しているという狂気の世界。


 狂気とホラーの入り混じった阿鼻叫喚轟くライブ。それがアイドルヒーラー・セレネの作り出す世界観。彼がアイドルヒーラーではなく、死霊術師と言われる所以はここにあった。


「ナ、ナ"ばん"……。いぎま"ず……」


 再びモーゼの奇跡が起こった。


 残った1本の足でゆっくりと体を反転させた親衛隊は、再び爆弾を抱えて人間達へ向かって行く。


 片足でピョンピョンと小さくジャンプしながら、セレネへの愛を叫んで悲鳴を上げる人間達へ突っ込むのだ。


「うわあああ!?」


「来るな、来るなアアアア!!」


「みんなー! 楽しんでるかなー☆ 次の曲いくよー☆」


 北東戦線の右翼側は恐怖に支配された人間の悲鳴とポップでキュートな歌が鳴り響くのであった。


読んで下さりありがとうございます。

少々忙しくなってきたので明日の更新以降は少し間が空く予定です。

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