94 降臨
「クソッタレ! キリがねえ!!」
壊された門に殺到する人間達に対し、イングリットは門のあった位置から戦場に飛び出して応戦していた。
振り下ろされる剣を大盾で弾き返し、別の者を殴り飛ばす。
圧倒的な人数差によって囲まれてしまっているイングリットであるが、聖なるシリーズを持っていない人間からの攻撃は不完全な鎧であっても痛くも痒くもないといったところ。
大盾でガードする一方で背中を斬られるが、ブラックアダマンタイトの頑丈さに物を言わせてノーダメージ。背中に当たった剣はキンと甲高い音を立てて弾き返される。
途中から防御は必要無いのではないか、という結論に至って今ではガードすらしていない。
ヘイトスキルを使用して人間達を己に釘付けにして、大盾の質量でぶん殴って殺戮を繰り返し行っていた。
「死ねえええ! ぐえっ!?」
右から雄叫びを上げながら斬りかかって来た人間の顔面に矢が刺さる。
チラリと背後を振り返れば、崩壊した門の残骸の影に隠れながら援護射撃を行うメイメイとシャルロッテの姿が。彼女達はイングリットを抜けて砦に向かって来る人間を優先的に排除していた。
他にもまだ崩壊していない砦右側の城壁上には魔族軍の弓兵と魔法使いが並び、必死に攻撃を放つ。
無事だった魔族軍の兵は武器を持って応戦中だ。歩兵隊の者達は近接武器を持ち、イングリットの傍で戦っている者達も見られる。
だが、彼らは所詮弱種族。鉄壁かつプレイヤーであるイングリットとは違って人間1人を倒せれば御の字。ほとんどは逆に殺されてしまって悪戯に数を減らすかケガを抱えて後方へ下がるか、であった。
戦場を上空から見下ろせば、敵味方入り混じった大混戦といった具合だろう。
クリフの範囲魔法を惜しみなく使えれば状況をひっくり返せる可能性が高いが、ポーションが無い状況では温存せざるを得ない。
その分、最前線で戦うイングリットの疲労が蓄積し、ジャハームで補充した矢は消費してしまう。ジェミニを弓形態にして遠距離攻撃をしているメイメイも、そろそろ近接戦闘に切り替えなければいけない。
そうなればイングリットはこの大混戦の中でメイメイも守りながら戦わなければならないのだが、そこまでしてクリフの魔法を温存する理由はただ1つ。
仲間であるシャルロッテの願いを叶えてやりたいからだ。
家族を殺した者に復讐したい。その願いを叶えてやりたいとイングリット達は強く思う。
既に仲間の1人となって、いなくてはならない存在となったシャルロッテ。彼女が復讐を遂げる事で心に突き刺さったトゲが抜けるのであれば。己の不幸に区切りをつけられるのであれば。
パーティメンバーとして力になろう。イングリット達3人は話し合ってそう決めた。誰も否定意見を出す事無く、すんなり決まった事。
だからこそ、無理をしてでも道を切り開きたいのだが……。
「チッ! これは……!」
倒しても倒しても押し寄せる人間達。波のように押し寄せ、雨のようにエルフの魔法が後方より降り注ぐ。
仲間の願いを叶えてやりたいとは思うが、全滅しては意味が無い。
さすがのイングリットも撤退という文字が頭に浮かび、引き際を考え始めたところで――
『こんにちは。アンシエイル・オンライン運営チームです』
「は!?」
不意に脳内に響き渡るアナウンス。それはとてつもなく馴染みのあるモノだった。
イングリットが驚愕の表情を浮かべているとメイメイとクリフの驚いた声が聞こえる。イングリットの幻聴ではないようだ。
一方でシャルロッテは驚く二人に驚く、という訳の分からない状況に陥る。
プレイヤー達から『天の声』の呼ばれる運営アナウンスはプレイヤーにしか聞こえていない様子であった。
『ただいまより、RvR優勝レギオンメンバーの未実装エリア転送を開始します。未実装エリアでは既に大陸戦争が……』
RvRってなんだ。優勝ってなんだ。身に覚えのない単語に気を取られ、未だ続くアナウンスが頭に入ってこない。
イングリットは意味の分からないアナウンスに戸惑いながらも戦闘を継続。
『今後とも、アンシエイル・オンラインをよろしくお願い申し上げます』
天の声最後の一文が読まれると――砦上空に光る魔法陣が出現した。
あれは何だ、何の魔法だ、人間の魔法なのか。そんな声が至る所から上がる。その声は魔族の声も人間の声も存在していた。
空に出現した魔法陣は大地へキラキラと粒子を降り注ぎ、砦内の中央にズドンと轟音を立てながら女神像が突き刺さる。
落ちてきた女神像は衝撃で土煙を巻き上げ、土煙の中で祈るポーズで作られた女神像の両手が発光。
すると、扉がいくつも出現。その中の1つがギィと音を立てながら開くと――
『唸れ! 雷光!』
扉が開いたと同時に一筋の雷光が戦場に向かって駆ける。
雷光は砦を駆け抜け、戦場にいるイングリットの近く――ちょうどイングリットの右肩へ斬りかかる瞬間であった人間に雷撃が着弾。
雷撃を受けた人間は絶叫を上げながら黒コゲになり、周囲にいた人間達は戸惑いの声を上げる。
だが、イングリットはその現象をよく知っていた。
何故ならば――それはアンシエイル・オンラインでよく決闘を申し込まれた相手の十八番である攻撃だからだ。
「ふん。貴様は相変わらず堅いだけだな」
白い上下の高貴なる貴族服に白いマント。男の髪は白銀で額に生える一本角だけが青く、全身純白の高貴なる者。
雷光と化した2本の足で戦場へと駆けた男は愛用のレイピアを構え、イングリットの横に立っていた。
「駄馬! なんでテメェがここにいやがる!」
純白で高貴なる者の正体。それはアンシエイル・オンライン最強レギオンのレギオンマスター。ケンタウロス族の系譜でありながら人型の体を持つ王種族『ユニコーン族』の男。
名をユニハルト・ユニコーン・パッパカ。因みにユニハルトまでは正式なキャラクターネームでそれ以降は彼が勝手に言っているだけだ。
そんな彼を知る者は皆、こう呼ぶ。
『駄馬』もしくは『スピードで脳のやられた処女厨』と。
散々なネーミングを付けられた彼であるが実力は確か。
スピードを極限まで高めたステータスを生かして『魔法剣シリーズ』というユニーク武器を使用し、近接魔法攻撃で相手を翻弄する生粋のアタッカーである魔法剣士だ。
実力も確かだが、顔もイケメンだ。まるで王子様のような顔面偏差値に高貴で優雅な立ち振る舞い。
彼のファン曰く、イケメン顔に生える一本角が特殊な魔法で高貴さを増幅させている、との事。
「ふん。貴様が苦戦しているようだからな。高貴なる私が助太刀してやったのだ」
ユニハルトとイングリット。対極に位置するステータスを持った者同士、どちらが上なのかと何度か決闘した事があった。
結果はユニハルトがイングリットの防御力を破れず敗退。
その度にイングリットをライバル視して、イングリットはそれを疎ましく思うという仲だ。
イングリット的にはクリフとメイメイの次に付き合いが長い相手だろうか。それ故に、彼の性格や行動も熟知していた。
「ふざけんな! テメェ、キル数増やしたいだけだろ!!」
「失敬な! 私をキル厨みたいに言うな!」
ユニハルトが戦場でライバルを助けることは無い。彼の脳内には大陸戦争における成績しかないのだ。
キル数で上下を語る、生粋のPvP駄馬。それがユニハルトという男である。
「魔族が増えようが関係ねえ!」
「死ねえええ!」
2人がやり取りをしていると、左右から人間が斬りかかって来た。
イングリットとユニハルトは相手の斬撃を受け止めもせず、カウンターをお見舞い。2人は背中を合わせて互いに戦場を睨む。
「おい、駄馬。来たのはテメェだけか?」
「馬鹿言うな。私はレギオン単位で招待されたのだ。他の者達は砦で戦闘の準備しているだろう」
そう言われたイングリットは砦の方へチラリと視線を向ける。
すると、砦にはユニハルトのレギオンメンバーらしき者達で溢れかえっているではないか。
クリフ達のいる場所にはユニハルトのレギオン『貴馬隊』に所属している知り合いの顔もあった。
「丁度良い。俺達は敵の将に用がある。他のキルはくれてやるからさっさと蹴散らせ」
「ふん。言われなくとも勝手にキルは量産する」
ゲーム内で大陸戦争が発生した際にあーだこーだと五月蝿いヤツではあるが、味方にとって頼もしい相手であるのも変わりない。
「まずは周囲を掃除しなければな」
「ああ」
イングリットは背中を合わせるユニハルトの言葉に頷きながら返事を返す。
両者眼前には槍を構えた人間の騎士。まずは自分達を囲む者達を蹴散らし、イングリットはパーティメンバーと合流を図ろうと考えた。
さぁ、殺るぞ。
イングリットは心の中で決意し、兜の中では舌舐めずり。
大盾を手に、腰を少し落としながら足を引く。突進の構えだ。
だが、その腰を落とした際に力が入っていたのか「トン」とユニハルトの尻に当たってしまった。
「あっ」
「あ、すまん」
トン、と当たった感触が少々強かったのを感じたイングリットは素直に謝罪した。誰もが戦闘の構え中に邪魔されたら不快に思うだろう。
そう思ったから素直に謝罪したのだ。だが、ユニハルトの返事は無い。
無視かよ! と思いながらチラリと背後を振り返ると――
「…………」
前のめりになったユニハルトの背中から槍の刃が飛び出しているではないか。
「えっ? えっ?」
槍を構えていた人間も訳の分からない事態に困惑。周囲にいる人間もポカンと口を開けて呆けていた。
無理もない。一瞬の出来事だったのだ。
トンと尻を押されたユニハルトはバランスを崩して槍に向かって倒れ込んでしまった。
普通の者ならば防具が刃を弾いてくれるだろう。が、ユニハルトはスピード重視しすぎて重量のある防具を装備しない所謂『ゼロ重量剣士』と呼ばれるタイプであった。
ゼロ重量剣士は装備する物でスピードが落ちる事を極端に嫌う。武器のみを装備し、重石となる防具を捨てて防御力ゼロでも当たらなければ良いじゃん。という考えだ。
その結果がこれ。
槍の刃に倒れ込んだユニハルト。咄嗟の衝撃でバランスを取る事も出来ず、目の前にあった刃がズブズブと腹に沈む。
彼の背中にあった白いマントは徐々に赤く染まっていく……。
困惑状態の人間が槍を思わず手放すと、ドサリと音を立ててユニハルトは地面に落ちた。
そして、赤く染まる彼の背中からスゥーっと白く半透明のユニハルトが姿を現した。
「…………」
「…………」
イングリットも周囲の人間も半透明のユニハルトが空へと舞い上がって行くのを見上げ続ける。
半透明のユニハルトは地上にいる彼らを見下ろして――ニコリと微笑んでから空に溶けていった。
ユニハルトは死んだ。
駄馬、死す。
明日も投稿します。




