93 開戦(裏)
ファドナ皇国第1騎士団3番隊隊長を任せられているアールスは隊長専用である車の後部座席で、ブドウの香り漂う高級ワインをグラスに注ぎながら寛いでいた。
尻の下には座り心地の良い革張りの座席。足を組んでも狭さを感じさせない車内。
セレブリティ溢れる空間で鼻歌交じりにワインを楽しむ。
「君、車をもう少し前へ出してくれ」
「かしこまりました」
同じ隊に所属する専属運転手にそう言うと彼を乗せた車は戦場の後方にあるキャンプ地からゆっくりと進み、やがて戦場全体が肉眼で見える程の位置までやって来た。
フロントガラスから見えるのは余裕の表情を浮かべながら戦闘準備する自軍の背中。
その背中越しに見えるのは緊張を張り詰めさせながらこちらを睨む、砦の城壁に立っている魔族軍達。
「ははは。見てみろ。弓なんか構えてるぞ」
アールスは城壁の上で弓を構えて牽制しているつもりであろう魔族軍を指差して笑う。
そんな魔族軍を見て彼は1つ考えを閃いた。
「ふふ。どんな顔をするのかな?」
そう呟くと彼は後部座席の窓を開けて自軍の者を1人傍へと呼んだ。
「予定を繰り上げる。パイルタンクを使って一気に門と城壁を吹き飛ばせ」
「わかりました」
上官の指示を受けたファドナ兵は指示を遂行するべく目的地へ向かって行った。
それを見送ったアールスは窓を閉めるボタンを押した後にワインを一口。赤色の液体を口に含むとブドウの爽やかな香りが口の中に広がった。
数分後。
アールスの乗っている車の後方から2台の攻城兵器が現れた。
彼が使えと言ったパイルタンクと呼ばれた聖樹王国製の殺戮兵器。
荒地を物ともせず進むキャタピラを足にして、長く伸びる1門の砲。パイルタンクの中には人が複数人乗り込み、専用の弾である杭を装填して発射する。
異世界召喚でこの世界に呼んだ者から知識を奪い、この世界で現実とした異世界兵器の1つである。
「さぁて。お楽しみの始まりだ」
やや興奮気味に彼が呟くと戦場には『ドン』と轟音が鳴り響く。
轟音と共に砦へと発射された杭が門に着弾すると、先ほど以上の轟音を撒き散らせて門と城壁が崩壊した。
「はははは!! 見ろ!! 見てみろ!! 魔族が無様に宙を舞ってるぞ!! はははは!!」
彼の指差すフロントガラスの向こう側には門と城壁が壊れて吹き飛ぶ光景に加え、着弾地点の傍にいた魔族兵が衝撃で空へと舞い上がっている瞬間だった。
相手にとっては不幸の絶頂でもある瞬間を見ながら腹を抱えて笑うアールス。
彼はファドナ騎士団の中でも1位2位を争うぐらいに性格が歪んでいる。
アールスの楽しみは敵である魔族や亜人を拷問し、苦悶の声を聞きながら大好きなワインを飲む事。
目に映る光景が圧倒的であるほど、彼の歓喜は高まる。
そして、もう1つ。それはお気に入りの人形をゆっくりと壊す事だ。
彼は座席の横に置いてあった人形の首に繋がれた鎖を引っ張って、己の膝の上に乗せた。
「ほら、見ているか? お前の祖国が壊されて行く様を。ふふふ。はははは!!」
手足が切り取られ、自由を奪われてしまっている長い金髪の生えた人形の顎を持ち、強制的に顔を上げさせて崩壊していく砦の様子と砦から聞こえる断末魔を見聞きさせる。
「…………」
だが、人形は濁った虚ろな目を向けるだけで一言も発しない。
それで良い。彼にとってはそれで満足だ。声を発せずとも人形が泣き喚いているのが手に取るように分かる。
何故なら、何回も聞いた人形の悲鳴は耳の奥に残っているのだから。
「ああ、最高だ! 最高だなァ!!」
アールスは人形の首を片手で絞めながら、もう一方の手で口へワインを運んだ。
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男神のいる神域。
そこではいつものような静けさは無く、男神の眷属達やモグラのような姿をした小人――下級眷属が慌しく動き回っていた。
下級眷属達は頭に『安全第一』と書かれたヘルメットを被り、何やらキラキラ光る石を装置に流しいれていたり。
モニターを見ながらキーボードを叩いたり、バインダーに挟んだ紙に書かれた数値と装置に取り付けられたメーターを真剣に見比べていた。
「座標入力、ヨシ!」
「神力結晶の充填、ヨシ!」
「肉体再構成の設定、ヨシ!」
作業が終わった下級眷属達はツメのような手で各担当の作業を指差し確認する。
「魔鴉様! 準備完了! 準備完了です!」
そして、作業場の傍に控えていた上司である魔鴉の青年に準備完了を伝えた。
「はい。ご苦労様です。前回のように降臨時の座標が狂ってはいけません。私がプレイヤーに告知している間に各班で指差し確認をもう1度、徹底して下さい」
「はい!」
ハンチョウと呼ばれる下級眷族の1人が魔鴉の指示を受けると、再び各班のいる場所へ戻っていった。
「さて、私も告知をしましょう」
魔鴉はモニターとキーボードの置かれた机に向かう。
モニターに映るのは今回、現世へと降りる100人――レギオン『貴馬隊』のレギオンハウスが映し出されていた。
レギオンハウスには事前に伝えていた通り、貴馬隊のメンバー全員が揃っている。
魔鴉は自分も貴馬隊のメンバーが全員揃っているのを専用ウィンドウを見ながら指差し確認で確認した後にキーボードへと手を置いた。
「えーっと……。こんにちわ、アンシエイル・オンライン、運営チームです。これより……」
カチカチカチ、とキーボードをタイピングしながら貴馬隊のメンバーと既に現世にいるイングリット達へお知らせする内容を打ち込んでいく。
「それでは、アンシエイル・オンラインを、お楽しみ下さい……っと」
お知らせ内容をタイピングし終えると椅子に座ったまま背後へと振り返る。
「こちらは準備OKですよ」
「こっちも指差し確認OKです! ちゃんと間違いありません!」
下級眷属はビシッと敬礼。ハンチョウの瞳には2度と同じ間違いを犯さない、自分達の担当する仕事への熱い情熱が浮かんでいた。
「はい。それでは……転送開始!!」
魔鴉の青年がGOサインを出すと、下級眷属達全員が揃って敬礼した。
「あいあいさー! 転送開始!!」
そう言って再び各持ち場へと走る。
「肉体構成扉の出現、ヨシ!」
「魂の吸引速度、ヨシ!」
「肉体構成進行度、ヨシ!」
「神力使用ゲージの推移、ヨシ!」
ハンチョウの見つめるモニターには嘗てイングリット達が吸い込まれた扉がレギオンハウス内に出現し、貴馬隊のメンバーを次々と吸い込んでいく。
そして、隣のモニターに視線を移すと――
扉に吸い込まれ、肉体が再び構成された貴馬隊のメンバーが北東戦線の砦へと降り立っている様子が映し出される。
「座標への転送……ヨシ!!」
ハンチョウが無事に転送完了した事を告げると下級眷属達はワッと喜びの声を上げる。
「やったー!」
「成功だー!」
ワイワイと成功に喜ぶ下級眷属をにこやかに見守る魔鴉の青年。彼も腰の後ろで手を組みながらウンウンと頷いていた。
「そうだ。一応、魔王国の巫女に神託を降ろさなきゃかな?」
プレイヤー達には告知したが魔王国にいる神託の受け取り手である巫女にも知らせなければ現世が混乱してしまうかもしれないと考える。
なにせ、今回は100人だ。100人もの王種族と準王種族が現世へと降り立つ。
巫女に神託を降ろせば当代魔王の耳に入るだろう。伝えなくとも王種族達が何とかしそうであるが、余計な手間は取らせない事に越した事は無い。
魔鴉の青年は再びキーボードに手を置いて、神託の内容を打ち込む。
「えっと……。神域より100の王と王の従者が降臨する。魔族と亜人の未来を照らすであろう。……これでいいかな?」
文面を確認した魔鴉の青年はキーボードからマウスへ手を移動させ、カチカチと操作。
そしてウィンドウ内の『送信対象 巫女』という項目をクリックした後にエンターキーを『ターンッ』と人差し指で叩いた。
読んで下さりありがとうございます。
明日も投稿します。




