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92 開戦


「んおっ!」


「起きたか」


 焚き火の中にくべた枝がパチパチと音を立てている脇で目を覚ましたシャルロッテ。


 彼女が寝ていた……のではなく、気絶していた理由はいつもの魔力供給。


 食後に行ったのだが、相変わらずアヘ顔ダブルピースで死んだカエルのように気絶したのが1時間前の事である。


 彼女はしょぼしょぼする目を擦りながら体を起こすと横で火の番をしていたイングリットが水の入ったカップを手渡した。


「随分とうなされていたぞ」


「なんだか変な夢を見たのじゃ……」


 気絶したんじゃないのか? と内心思うイングリットであったが、今日の彼女は聞き取れない程の小声でブツブツと何かを言いながら地面に倒れていた。


 気味悪がったイングリットはクリフを呼んで状態を見てもらったのだが、彼の見立てではあまりの快楽に幻覚でも見ているのではないか、という判断を下されて迂闊に動かさない方が良いかもしれないと満場一致。


 マントを体に掛けて放置状態であった。

 

 夢を見たという彼女だが、内容は覚えていないらしい。


 何か重要な夢だったようなとウンウン唸りながら思い出そうと努力している。


 しかし、横にいるイングリットにとってはそこまで重要ではない。彼はシャルロッテへ声を掛けて唸り声を中断させた。


「明日には砦に到着する。覚悟は出来ているな?」


「……出来ているのじゃ」


 当時の事を思い出せば、最初に浮かぶのは父と母の首を持って来た人間の顔。


 彼女にとって、あの人間の顔は絶対に忘れるわけがなかった。


「ヤツは敵の将じゃろう。周囲にいた人間よりも質の良さそうな鎧を着ておったのじゃ」


「あの金髪豚みたいな勇者か? 光る武器は持っていたか?」


 イングリットの質問に対し、シャルロッテは再び当時を思い出す。


 だが、笑う人間が着用していた豪華な白い鎧は思い出せるが片手に持っていたかもしれない武器の事は覚えていなかった。


「わからないのじゃ。じゃが、白銀の鎧を着ていた。ピカピカ光っておったが……」


「白銀の鎧、か。さすがに聖なるシリーズで鎧があるとは思えんな……。まぁ、いい。どのみち、全員殺すだけだ」


 イングリットは焚き火を見ながらそう言って、近くに置いてあった枝を火へ投げ入れる。


「……すまぬのじゃ」


「次にそれを言ったらまた気絶させる」


「んぐ!」


 私怨に巻き込んで申し訳ない、と謝罪の言葉を口にしたシャルロッテだったが、指を一本立てて彼女の淫紋を突く仕草を見せたイングリットを見て慌てて己の両手で口を塞いだ。


「じゃ、じゃが、お主の鎧も完全ではないじゃろ? ポーションも無いのじゃ……」


 彼女が申し訳なく思う理由に私怨に付き合わせてしまっている、という件もあるがイングリット達は別の問題も抱えていた。


 それは完全なるアイテム不足。


 遺跡のダンジョンマスターとの戦闘でイングリットは鎧を破損させて完全には修復されていない。


 それに加えて耐久戦法を行使した代償にインベントリ内にあったポーション各種も全員在庫切れ。


 イングリットの憤怒を使った一撃必殺武器は封印状態。憤怒が起動すれば敵の大群を前に大暴走だ。


 回復ポーション不足で緊急回復も出来ず、クリフに到っては魔力ポーションが無いので魔力を回復できない。


 クリフの魔力を節約しながら憤怒が起動しないように短期決戦を挑む他、彼らに勝利の道は無い。


「何とかなるだろ」


 イングリットはそう言うが厳しい戦いになると予想するのはシャルロッテにも簡単だった。


 どう考えても自分を気遣って言ってくれているのだろう、と察してしまう。


 その気遣いが尚更彼女の心を締め付ける。


「ありがとうなのじゃ……。明日は妾も死力を尽くすのじゃ」


 だが、同時に仲間の存在を心強く思う。


「明日に備えてもう寝ろ」


「わかったのじゃ」

 

 シャルロッテは決意を新たに、彼の言葉に甘えてテントの中へと入って行った。



-----



 翌日、昼過ぎには肉眼で砦の姿が見える程の距離まで到達。遠目からでも砦では慌しく人が動き回っているのが見えた。


 ラプトル車を走らせ、そのまま砦の魔王国側にある門まで向かう。


 門番がいて止められるかと思っていた一行であったが、門番を置けない程の人不足なのか簡単に砦の敷地内へと入る事が出来た。


 ラプトル車を停めて全員が外に出た際に通り掛った軍人に指揮官の所在を問う。


 勿論、シャルロッテの貴族としての身分を振りかざしての質問。問われた軍人は素直に教えてくれた。


「砦の総司令はレガド様です。今はエキドナ様と共に指令室におります」


「そうか。助かった」


 前にエキドナと初めて出会った部屋だろう。そう当たりをつけて向かうと答えは正解だった。


 流石に部屋の前には軍人が立っていたが、こちらもシャルロッテの身分を出せば解決される。


「シャルロッテ!? それに君達も!」


 指令室に入室したイングリット達に一番最初に気付いたのはレガドと共に机の上に置かれた地図と木製の駒を動かしていたエキドナだった。


 彼女に数秒遅れて、レガドもイングリット達の姿を視認すると驚愕の表情を浮かべた。


 突然現れたイングリット達に他の軍人達も「何者だ?」といった表情を浮かべているが、レガドとエキドナの手前口にはしないようだ。


「貴殿らがどうしてここに?」


 レガドの問いにイングリットが、いつかと同じように答えた。


「俺達も参戦してやる。俺達は俺達で判断して動くから、お前等は好きにしろ」


 いつも通りの物言いにレガドとエキドナ以外の者達は一気に顔を真っ赤に染める。


 傭兵如きがなんて言い草なんだ、と。4将の2人が黙っちゃいないぞ、と。

 

「うむ。分かった。君達の狙いは?」


 しかし、周囲の期待を裏切り総司令であるレガドは素直にイングリットの言葉を受け入れてしまう。


「俺達の狙いは敵将らしきヤツだ。目印は白銀の鎧。そいつをぶっ殺したら離脱する」


「承知した。敵の頭を討ってくれるとは、こちらとしても助かる。現状でこちらは防衛が手一杯だ」


 ポカンと口を開けてしまう周囲はスルー状態で2人の話は進んでいく。


「敵の数は?」


「相手は2万と予想されているが、今見えているのは半分程度だ。後方に敵のキャンプが見えた。あそこに控えているのだろう」


 レガドは机の上にある地図を指差してイングリットへ状況説明をする。

 

「攻撃魔法を使える者はいるか?」


「800……くらいだな。それほど数は多くない」


 イングリットの問いにレガドは腕を組みながら答えた。


「俺達は右側から回り込んで敵の後方に突っ込めるよう待機する。時間を決めておいて、時間になったら城壁から魔法の一斉射で前線を釘付けにしておけ。それを合図に突っ込む」


 イングリット達の人数は4人。少々大回りしながら隠れて動けば、相手の横っ腹くらいまでは行けるだろう。


 そこから一気に敵の待機するキャンプ地へ駆け抜け、雑魚を散らしながらシャルロッテの仇を強襲。


 短期決戦で仕留めた後に即離脱。というのが昨晩のうちにパーティ会議で決めた作戦だった。


「了解だ。なるべく援護するが……。期待はしないでくれ」


 作戦が決まり、配置に着こうとしたところで司令室のドアが勢いよく開かれた。


「レガド様! 敵が動き出しました!」


「何だと!?」


 レガドは慌てて司令室の外にある廊下の窓から戦場を見れば、戦場で陣形を作る人間とエルフの様子に変わりはない。


 しかし、陣の奥にあるキャンプ地から巨大なキャタピラ付きの物体――破壊槌を発射(・・)する機構を備えた攻城兵器がゆっくりと陣へと近づくように姿を現したではないか。 


「あれは何だ?」


 だが、その攻城兵器に対して首を傾げるレガド達。


「やっべえ」


 攻城兵器を見て顔を強張らせるのはプレイヤーである3人。


「あれってどう見ても『絶対門壊す砲』だよね」 


「どう見てもそう~。後ろで歩いている人間が杭を運んでるね~」


 絶対門壊す砲。それはゲーム内で行われていた大陸戦争で人間側が必ず使う攻城兵器だ。


 門の前に兵器を設置して杭を打ち出し、門を壊す……のではなく、遠距離から大きく太い杭を撃ち出して門や壁にぶっ刺すという物理の暴力兵器である。


 あれを止めるのは容易ではない。プレイヤー達でさえ遠距離火力職を50人くらい集めて第6階梯魔法を一斉射しなければ壊せないくらいに頑丈だ。


 言うなれば絶対門壊す砲は異世界戦車だろうか。


 他の人間を無視して全力で狙わなければ一瞬で門や壁が崩壊してしまう。そうなれば忽ち歩兵戦力に戦線を押されて砦内部に侵入されてしまうだろう。


 絶対門壊す砲を奥に置き、歩兵戦力が守護。安全圏から門を壊して戦線を押し上げた後に目標地点へ雪崩れ込んで占拠する。これがゲーム内で行われていた人間勢力の勝ちパターンだ。


「あれが何なのか知らないのか? 破壊しないと一瞬で砦は崩壊するぞ」


 自走する攻城兵器を不思議そうに見ているレガドとエキドナに問うが彼らは「初めて見る」との事。


 それもそのはず。今まで人間とエルフ勢力は本気で侵略していなかったのだ。


 しかし、今回は領土の獲得と実験材料の獲得を主国から命じられている。攻城兵器を持ち出して勝利を確実に手にしようと、敵勢力の見せる本気が絶対門壊す砲なのだろう。


「回り込んで……とか言ってる場合じゃねえぞ」


 攻城兵器を撃たれてしまえば魔王軍本隊による足止めや時間稼ぎなんてしていられない。


 一瞬で砦が崩壊し、イングリット達も敗走しなければ数の暴力で押し潰されてしまうだろう。


 ここでレガド達を見捨てて逃げるのが生存の確率は高い。だが、それをしてはシャルロッテの家族の仇は討てず、別の機会がいつ訪れるかも分からない。


 シャルロッテにどう説明するか、と考えている最中にメイメイの慌てた声が耳に届く。


「ま、まずいよ~! 発射準備してる!」


 イングリットが目を凝らして攻城兵器を見れば、攻城兵器の砲身がやや上に動き始めていた。


 あれは既に杭を装填し終えて射撃の軌道を計算している段階である証拠。もう数秒もしないうちに発射されてしまう。


「逃げろ! 外に逃げろォォ!」


 イングリットは叫び、シャルロッテとメイメイを両脇に担いで外へと走り出した。


 彼の後ろにはクリフが追従し、遅れてイングリットの叫びを聞いたレガド達が続く。


「緊急退避ィィィ!! 魔王軍は全員砦の外に出ろォォォ!!」


 レガドは大声で指示を叫びながらイングリットへ続く。彼の必死な叫び声を聞いた魔王軍の軍人達も逃げ出すが、何名かはまだ状況が把握できていない様子。


 イングリット達が砦の庭に到達した瞬間、まるで雷が降って来たかの如く轟音が鳴り響いた。


 一瞬の間を置いて、再び轟音。そして轟音と共に大量の土煙と砦を形成する石ブロックや木の破片が勢いよく吹き飛んできた。


 背中を向けてメイメイとシャルロッテを守っていたイングリットが後ろを見ると、堅く閉じていた戦場へと続く門が大穴を開けて破壊されてしまっている。


 そして、門があった付近には金属製の巨大な杭が地面から斜めに生えていた。


「ま、まさか……。一瞬で門が……!」


 信じ難い現実に驚愕するレガド。が、驚愕している暇などありはしない。


「攻めて来たぞ!」


 破壊された門の穴から見えるのは雄叫びを上げながら砦へと突っ込んで来る人間達。


「防衛態勢!! 魔法使いと弓隊は城壁から射撃して少しでも足止めしろ!!」


 瞬時に状況を理解したレガドの指示が飛ぶ。


 一方でイングリット達は崩壊した門へ向かって一足早く走り出す。


「回りこむとか言ってる場合じゃねえ! その前に砦が落ちちまう!」


 イングリットは大盾をインベントリから取り出しながら舌打ちする。


 彼らの考えた作戦は無駄になり、大陸戦争は始まってしまった。


読んで下さりありがとうございます。

次回は火曜日です。

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