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91 ソウル・アーカイブ:忌み子


 むかし、むかし。現在の魔王都の南にとある村がありました。


 その村ではサキュバス、インキュバス、ヴァンパイアの3種族が暮らしていました。


 村で暮らすサキュバスは一人のヴァンパイアと結婚し、子供を生みます。


 生まれた子供はとても可愛らしい女の子。母親であるサキュバス族の容姿を受け継ぎ、小さなコウモリの羽と細く先端がハート型になった可愛らしい尻尾が生えておりました。


 月日が流れると女の子は魔族の中でもとびきり見目麗しく、美しい少女へと成長していきます。


 しかし、成長した女の子はとある問題を抱えている事が発覚しました。


 それは母親の特性だけでなく父親であるヴァンパイアの特性も受け継いでいる事。


 女の子は子供達と遊んでいる際に父親であるヴァンパイアの能力である、眷属化を魔獣に使用してしまったのです。


 これを見た子供は驚き、家に帰ると親に伝えます。すると、村は大騒ぎになりました。


 本来、子供は母か父のどちらか一方だけの特性を引き継いでが生まれるのですが、女の子は母親であるサキュバスの特性だけでなく体の中に父親であるヴァンパイアの特性を秘めていたのです。


 未来の魔族の中では珍しいが無きにしも非ず、といった結論が出された現象ですが、当時の世界では未知なる病気のような扱いを受けていました。


 女の子は村長に連れ出され、能力を使ってみろと言われました。


 何も知らない彼女は躊躇いもせずに眷属化を披露すると、村長や同行していた大人達から恐れられてしまいます。


 そして、村人達は――村人だけではありません。彼女を生んだ親すらも彼女を『忌み子』と呼びました。


 曰く、母親だけでなく父親の力も奪った。


 曰く、触れると能力を吸われる。


 曰く、災いを齎す存在である。


 秘密が露見する前までは美しい容姿から『村一番の美少女』『王に娶られてお姫様になるだろう』などと持て囃されていた状況から一変。


 友達と呼んでいた存在からは無視されて石を投げられ、ニコニコと笑いながら可愛がってくれていた親は毎日彼女へ『忌み子』『何故生まれてきた』と呪詛を口にします。


 少女は村の端にある小屋に監禁されました。その小屋の中で毎日、泣き続けます。死にたい、何故生まれてきたのか、と苦痛の毎日を過ごしていました。


 そんな日々を送っていた時、彼女に転機が訪れます。


「南の山に住まう竜人の王へ貢物として彼女を渡す」


 村長が南に聳える高い山で暮らす王。赤竜族の王へ忌み子である少女を貢物として渡そうと村人に提案しました。


 当時、村は赤竜人の庇護化に入っていました。これは何か災害や強力な魔獣が現れた際は王である赤竜人に助けてもらう代わりに、毎年貢物を渡すという契約になっていたのです。 


「忌み子であるが容姿はとびきりだ。赤竜王様であれば忌み子の呪いも跳ね除けられるだろう。世話係として使ってくれれば良し。生贄となっても良し。村から厄介払いもできる」


 村長の提案は王へ対する貢物の選別としては愚策とも言えるモノでしょう。


 しかし、この村を庇護する赤竜人は何かと評判が悪い王でした。


 赤竜王を一言で表すならば『強欲』です。赤竜王は他の王種族に勝負を挑み、力で相手を捻じ伏せて宝を奪い集めるという欲深い王。


 他の魔族や亜人から庇護している相手へクレームがひっきりなしに入る程の人物で、村人もクレーム対応に少々の疲れを覚えていました。


 故に貢物も『適当で良いや』となるのも頷けます。もしも、赤竜王が怒って契約を取り止めると言い出せば、別の王と契約すれば良いだけの事。どちらに転んだとしても村としてはオイシイのです。


 そんなワケで、忌み子の少女は南の山へと連れて行かれました。赤竜王の住む洞窟の前で「さっさと行け」と言われて村人とはお別れです。


 少女は悪評がハンパない赤竜王の洞窟の奥へ体を震わせながら歩いて行きます。


 自分はどうなってしまうのだろうか。乱暴されて遊ばれた後に殺されるのだろうか。それとも竜の大口で丸呑みされてしまうのだろうか。


 己の未来を想像しながら奥へと進むと洞窟の中には豪邸が建っていました。


(ここが赤竜王様の邸宅なのでしょうか。何故、洞窟の中に豪邸が……?) 


 少女は疑問に思いながらもドアをノックします。


 すると、ドアから現れたのは一人の男性。


 頭には2本の竜角と赤い髪。顔はワイルド系のイケメンです。シンプルなのにどこか気品漂う洋服から見せる首筋には赤い竜の鱗が。


「あ? なんだテメェ」


 赤竜王はドアの前に立つ少女を噂通りの悪人面でギロリと睨みつけました。


「わ、私は、村から、貢物として、参りました……」


「貢物だ~? 女じゃねえか!」


「ひ、ひぃ!」


 何で貢物が女なんだ。食い物じゃねえのか。宝石じゃねえのか。と呟く赤竜王。


 その態度に悲鳴を上げた少女は、やっぱり殺されるんだと死を覚悟しました。


「とりあえず、中に入れよ。なんで今年の貢物がお前なのか訳を聞いてやる」


 死を覚悟した少女でしたが、意外にも赤竜王は理性的。出会い頭に相手をぶちのめすような凶暴さは無かったようです。


 少女は赤竜王の屋敷に招かれ、訳を話しました。


「つまり、お前は忌み子で厄介払いするついでに俺の所へ送られたと?」


「そ、そうです」


 少女は包み隠さず己の立場を説明しました。ついでに赤竜王が外でどう思われているかも説明しました。


「あの負け犬どもめッ! 俺に負けたからってある事無いこと言いやがって……ッ!」


 どうやら赤竜王が他の王種族と勝負して宝を奪った、という噂は誤りのよう。


 赤竜王曰く、王種族の中でも最上位に君臨する竜人族に勝つというのは『最強の王』という名誉を手にする手段らしく、勝負は向こうから持ちかけられたとの事。


 勝負を持ち掛けられても最初は面倒臭がっていた赤竜王ですが「そっちが勝ったらウチの宝あげるからさ~。あれ? 逃げる系? 最強種なのに逃げる系?」と煽られたからぶちのめした結果が今の悪評だそうです。


 赤竜王の話を信じた少女は「悪い人じゃないのかも」と少しだけ安堵しました。


「あと、お前が忌み子って話だが」


「は、はい……」


「お前は別におかしくない。この世にはお前のように2種族の特性を持って生まれる者もいるんだ。前に魔人族で同じようなヤツがいてな。ソイツは元々準王種族だったが、今では王として君臨している」


 2種族の特性を持って生まれる者。それは王種族の間では特異種と呼ばれて『王』の素質を持つ者として認識されていると彼女に説明しました。


 赤竜王の説明を受けて彼女は涙を流しました。


 自分は忌み子じゃなかった。村の皆と同じ魔族で、悪い病気じゃないんだと。


「わ、私は忌み子じゃないんですね……?」


「そうだ。お前はおかしくない。俺が村に行って説明してやろうか?」


 今まで迫害と差別を受けていた彼女は、秘密が露見してから初めて自分の存在を認められたように思えました。


 初めて自分を認めてくれた赤竜王。彼女は彼の傍に居たいと心から思いました。


「どうか、私を傍に置いて下さい。何でもします! 役に立ちます!」


 少女は赤竜王の前で土下座して頼み込みます。


「マジかよ……」


 困ったように呟いた赤竜王ですが、少女の必死な土下座に最終的には折れました。


 こうして少女は赤竜王のたった一人の世話係として暮らし始めたのです。


 余談ですが、少女の生まれた村は赤竜王との契約は打ち切れず。少女の待遇にイラついた赤竜王は村を経済的にジワジワと殺しながら馬車馬のように働かせました。


 世話係として暮らし始めた少女ですが、彼女は今までの不幸を打ち消すように赤竜王の屋敷で幸せに暮らします。


 主人である赤竜王へ手料理を振る舞い、屋敷を掃除し、彼の着た洋服を洗濯する。 


 2人きりの生活。 男女2人きりの生活です。何も起こらないハズもなく……。


 数年後、彼女は赤竜王の妻として迎えられました。


 夫婦となった2人は当然の如くヤる事をヤります。すると、彼女の体に異変が現れました。


「これ、尻尾も羽も竜のモノですよね?」


「首筋に鱗が生えてるぞ」


 赤竜王の寵愛を受け続けた少女は生物学的にはサキュバス族でしたが、ある日を境に竜人としての特徴が現れ始めたのです。


「お前、ドラゴニュートになってね?」


 竜人は少々の鱗が体に残りつつ、頭に竜角が生えただけの見た目で内に強力な力を秘めた王種族。


 対し、ドラゴニュートは四速歩行でトカゲの見た目を持った竜の面影が残る種族。首筋や二の腕に鱗が生えており、背中には竜の翼とお尻からは太い竜の尻尾が生えている見た目です。


 ドラゴニュートとは完全に人となった竜人の下位種族であり、竜王の系譜の中では準王種族と呼ばれる種族でした。


 己の体が変化するというのは、普通の人にとっては恐怖を覚えるでしょう。


 しかし、彼女は違いました。


「私、旦那様と同じ竜になれたのですか!? 嬉しいです!」


 己を認めてくれて、愛してくれた相手と同じ種族になれた彼女は飛び跳ねながら喜びました。


「ああ。これからも一緒にいてくれ。シャルロッティア」


「はい! 勿論です。イングリット様」


 2人きりの世界で、2人は愛を育む。


 しかし、その幸せな日々は長く続きはしなかったのです。


 2人の愛を引き裂いたのは神話戦争。


 夫である赤竜王は男神の軍勢に呼ばれ、戦争に参加する事になってしまいました。


 赤竜王は妻であるシャルロッティアに家で待つように言いましたが、彼女は離れませんと言って共に戦場へ……。


 赤竜王は彼女を何とか説得して駐屯地に置いて前線へ赴きました。しかし、人間による奇襲攻撃が駐屯地を襲います。


 そこで、彼女は命を落としてしまったのです。


 彼女は命の炎が燃え尽きる寸前に願いました。


(どうか、次の人生があったとしたら……。また、貴方様のお傍で生きていたい……)


 最後の瞬間に愛する夫の顔を思い出しながら、薄れる意識の中で――


『その願い。必ず我が主へと届けよう』


 彼女が最後に見た者の姿は黒犬の魔人だったのです。


読んで下さりありがとうございます。


次回は日曜日です。少し間が開いてしまいますが、申し訳ないです。

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