9 アヘ顔を浮かべるヒロイン
チュチュンと鳴く鳥の鳴き声でイングリットは目を覚ます。
ああ、この世界にもスズメはいるんだなぁ、なんて事を思いながら体を起こす。
妙に体がだるいが、何故か頭はスッキリしている。
そして何故か全裸だ。
脱いだ記憶も無いし途中で起きた記憶も無い。
それくらいぐっすりと朝まで眠ってしまったのはゲーム内に於いても冒険者としては失格だ。
テントに魔獣避けの鈴を設置しているが、高レベル魔獣には通用しない。
パーティでの野営ならまだしも、ソロ活動の際はいつ如何なる時も高レベルの魔獣が現れてもいいように周囲の気配に気を配りながら眠らないといけないのだ。
イングリットは気を引き締め直し、コキコキと首を鳴らした後に外に出ようとするが「そういえば昨日仕方なく一緒に寝たヤツがいたな」と横を見やる。
「…………」
横に寝ていた美少女――シャルロッテは全裸状態で仰向けになり、死んだカエルのように足をガニ股にしながら白目を剥いて口からは涎を垂らして眠っていた。
容姿は整っているのに寝顔が究極的にヤバイ。さすがのイングリットもドン引きだった。
「なんて女だ……ん?」
なんとも品の無い寝方をしてやがる、と思ったイングリットがそのまま彼女の様子を伺っていると彼女の丁度股間部分にあるマットがぐしょぐしょに湿っている事に気付く。
「うわ、コイツ……漏らしたのかよ」
寝小便とか最悪かよ、と溜息を吐いた後に掃除する為にも彼女を起こす。
「おい、起きろ」
声を掛けるが反応は無い。
チッと舌打ちしながら彼女の肩を叩いて起こそうとした際、彼女のヘソの下にハート型の刺青が入ってる事に気付く。
「なんだ?」
こんな刺青していたのか? とイングリットは彼女の刺青に指先で触れる。
すると――
「お"っ」
イングリットが刺青に触れた途端、彼女は変な声を上げながらビクン! と体を仰け反っていきなり反応した。
さらに彼女の股間から謎の液体が勢いよく飛び出してマットを濡らす。
「ヒッ!?」
イングリットも急に不可解な反応したシャルロッテに驚いて短く悲鳴を上げてしまった。
「ホラーかよ……」
まるで悪霊に取り付かれた者のようだ、と感想を抱いているとシャルロッテがぴくぴくと動き始める。
「お、お主……。なんという起こし方を……」
「何なんだよ……」
訳がわからないイングリットはシャルロッテが静まるのを待ち、彼女から事情を問いただした。
「それで……俺に呪いをかけようとしたら自分に返ってきて自分が呪われたと?」
「そ、そうじゃ……。意味がわからんのじゃ……。お主を従属化させようとしたら妾が従属化されてしもうた。しかも永続なのじゃ……」
シャルロッテは昨晩しようとしていた事を素直に吐いた。
呪いをかけたら反射され、2つの呪いが発動者にかかってしまう。
しかも2つの呪いは複合化して強力な呪いに昇華。永続的なモノとなってしまう。
男を魅了し男を操るサキュバスの血を引いた自分がまさかの淫紋を刻まれ、反射したイングリットに淫紋を触られるだけで快楽に溺れる変態美少女になってしまった。
「ふん。自業自得だな」
自分を陥れようとしたサキュバス女を見下し、憐れな豚を見るような目で見つめるイングリット。
「妾をこんな、こんな体にしたのはお主じゃろ! 責任取るのじゃ!」
シャルロッテはぷるぷると未だ震えながら、涙を浮かべて力無く吼える。
「はぁ? 知らん。魔王都に着いたら解呪すりゃいいじゃねえか」
ゲーム内にあった状態異常と呪い、それらはどんな種類のモノにも消す方法は存在する。
解呪という治癒師が使う魔法があって、使用できる治癒師に頼むか聖堂にいるNPCの神官に頼めば解呪してくれたのだ。
ゲームではこの2択であったが恐らくこの世界でも同じだろう、と思って告げたのだが。
「呪いを受けた妾だからわかるのじゃ! これは強力すぎて並の神官では解呪できないのじゃ! それに……のじゃ」
もじもじとしながら小さく言葉を呟くシャルロッテ。
「あ?」
イングリットは聞こえなかった後半部分を聞き返す。
すると、シャルロッテは顔を真っ赤にしながら吼えた。
「昨日のお主が……お主に襲われた快楽が忘れられないのじゃあ! 呪いをかけた事になったお主でしか満足できぬ体(呪いで)にされてしまったのじゃあ!」
吼えた後に、両手で顔を覆い隠し恥ずかしがりながらぷるぷると体を震わせるシャルロッテ。
「………」
意味がわからん、と唖然とするイングリットを放置してシャルロッテは説明を続ける。
「妾の体は大半がサキュバスじゃから……その、わかるじゃろ?」
シャルロッテはイングリットの下半身をチラッチラッと見やる。
「クソビッチが!」
「違うのじゃあ! 昨日までは純潔だったのじゃあ! こうなっては呪いをかけた者からしか力を得られぬのじゃ!」
サキュバスとヴァンパイア族の種族スキルを発動するには、自分以外の相手から魔力を調達しなければならない。
王種族ではない弱種族たるサキュバスとヴァンパイアは自らの魔力が自然回復しないのだ。
その種族的なデメリット故に、王になれず弱種族と定められている。
そんなデメリットを抱えていながらも、使える呪いには制限時間付きなのだから弱い種族と言われてもしょうがないのかもしれない。
本来は昨晩シャルロッテが発動した魔法を受けた相手が魅了と従属化が切れた後も快楽に縛られ、相手自ら求めてくるのを「オホホ~オホホ~」と王女様然とした態度をとりながら、相手の魔力――ゲーム的にはMP――を奪って自然に回復しない自身の魔力を回復させて魔法を行使する。
だが、高位呪いの効果でイングリットから潜在的に離れられなくなり、種族の特性にまで侵食してイングリット以外から魔力を吸えなくなってしまった。
因みに魔力を得る為には体を重ねなくても良いのだが、昨晩受けたイングリットの竜的なアレでサキュバスの本能が活性化して行為にハマっただけだ。
「じゃあこの腹の紋に触れると?」
「お"っ!」
呪いの主であるイングリットがシャルロッテのヘソの下にある淫紋に触れるとイングリットの魔力が彼女に急速供給される。
しかも供給される魔力の質は現世に生きる種族達に比べて王種族である赤竜のモノは魔力濃度が濃い。お中元で送られてくる白くて甘いジュースの原液をそのまま飲むくらいに濃い。
その高濃度な魔力を供給されたシャルロッテは、本来ならば魔力の過剰摂取で状態で体に激痛が走る程に苦しいモノなのだが、呪いに含まれる『痛覚変換:快楽』で快楽に変換されてしまう。
痛覚変換で快楽に変換されてしまった結果、美少女にあるまじきアヘ顔を浮かべながら下半身から謎の液体が吹き出てしまう。
呪いで離れられない体にされ、全ての痛覚は変換され、イングリットに淫紋を触れられても快楽地獄。
どこかのクノイチの如く「トホホ、感度2000倍なんてもうこりごりだよ」といわんばかりの状況だ。
生娘から一晩で対○忍系ビッチに仕上がったシャルロッテであった。
アヘ顔をキメてビクンビクン状態から回復したシャルロッテは、なんとか正気を取り戻した後に再びイングリットへ同行を申し出る。
「お主から魔力を分けて貰えれば妾はきっとこの先で役に立つのじゃ。呪いを使って敵を倒しやすくなるのじゃ」
だから捨てないで。悔しいけど離れられないのビクンビクン、とサキュバスとしてのプライドを辱められる想いをしながらも懇願するビッチ系美少女。
イングリットは彼女の懇願を聞きながら、彼女のデバフについて真面目に考える。
彼女の説明で明かされた、相手の目を見るだけで呪いを付与できるという能力は正直に言って素晴らしい。
デバフの類はゲーム内の戦闘では結構重要な位置づけで、特に呪いはゲーム内では強力なデバフであり戦闘には欠かせない要素だ。
呪いを回避するには対抗魔法を使うか、呪いを受けた後に解呪するしかない。
耐性アイテムもあるが、レア度が高くて簡単に手に入る物では無かった。
さらにはゲーム内では詠唱か無詠唱化させるアイテムがなければ瞬時に魔法を発動させる、という事は出来ない。
無詠唱化するアイテムはレア度が高くて簡単に手に入る物ではないし、詠唱すれば相手にバレて『弱体防御壁』というデバフを無効化させる短い詠唱で発動する唯一の対抗手段を使われしまう。
相手に悟られず無詠唱で瞬時に呪いを付与できる、というのは戦闘において大きなアドバンテージになるだろう。
それに、シャルロッテが面倒なヤツだったとしても魔王都に到着したらサヨナラすれば良い。最低でも魔王都までの我慢だ。
「あれ? でも、お前そんな呪い使えるのに何で大陸戦争で負けたんだ?」
イングリットは彼女の価値を考えていた際にふと思い出した。
無詠唱で相手を縛り、ステータスを下げる強力な呪いが使えるにも拘らず負けるはおかしい。
そう思う程にゲーム内での呪いとは強力な魔法なのだ。
「妾の呪いは1~3人くらいしか同時にかけらぬし……。妾は屋敷にいろと言われていたから兵がやられるまで篭っていたのじゃ。しかも最後まで一緒にいた執事は妾を置いて逃げ出したんじゃ。ヤツも結局殺されたんじゃがな」
ほら、妾は可愛いじゃろ? 戦場に出さぬと家族に言われていたのじゃ、と続ける。
「あ、そう……」
どんだけ過保護に育てられているんだ、と呆れるイングリットであった。
「あーもう。しょうがねえ。ともかく魔王都に行かないと話しにならねえ」
こんなビッチに付きまとわれるのは御免被るが、放置しても後味が悪いし昨日考えた通りクリフの説教が怖い。
イングリットはパーティメンバーであるクリフならば解呪できるかもしれない、と魔法担当の仲間に期待する。
その為にも恐らく皆が目指しているであろう魔王都に行かなければならない。
「一緒に行ってもいいのか?」
「……仕方なくだからな」
イングリットがそう言うと、シャルロッテの顔がパァと明るくなって笑顔を浮かべた。
「やったのじゃあ! ありがとうなのじゃ!」
「戦闘になったらお前も戦えよ」
「わかったのじゃ!」
こうして魔王都を目指すイングリットに1人のビッチ系美少女デバッファーが加わった。
イングリットは改めて思う。
こうやって会話できているって事はNPCじゃないんだな、と。
イングリットの中で、ゲーム世界に自分も『魔族』として入り込んでしまったという考えは完全に確定となった。
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真っ白な空間にモニターが浮かぶ空間にて。
宙に浮かんだモニターを見ながら絶句する灰色髪の男神と黒い翼を生やした鴉青年がいた。
「………」
「………」
彼らはイングリットを現世に送り込んだ張本人達。
この空間にあるモニターで送り込んだ3名の動向を監視しているのだが……。
「なんでいきなり敵国の宝物庫に忍び込むんだ?」
モニターを見ていた男神は手で目を覆いながら呟いた。
現世に降りる際、3人がバラバラになってしまったのは男神達のミスだ。
彼らが吸い込まれた扉はゲームキャラクター通りの見た目に人体構成を行う『装置』のような物の入り口だったのだが、3人同時に潜らせると3つの魂が融合してしまう恐れがあった。
それ故に、別々の扉を用意して人体構成をしていたのだが、男神と鴉青年とは別の眷属による作業ミスによって転送ポイントのズレが発生。
このミスで3人が合流している状態でスタートできなかった。
それは悪かった、認めよう。
ミスした眷属も作業中に指差し確認を怠ったのと、男神が作った作業手順の不備があったのを彼等は潔く認める。
だが、それにしてもイングリットの行動は彼らにとって予想外過ぎた。
現世に降りて『これ現実? ゲームの中?』と混乱するまでは想定内。ファドナの騎士と遭遇し、敵対するのも良しとしよう。
「まさかイベントアイテムの鍵すら取り出さないとは……」
イングリット達がイベントで入手した真実の鍵。
あの宝石から浮かぶホログラムモニターにストーリークエストで向かう場所が表示されるようになっていた。
クエスト制作担当の眷族も現世に降りた3人の鍵へ意気揚々とクエストメッセージを送信したのだ。
なのに、イングリットは鍵すら取り出さずに、真っ先に敵国の宝物庫へ侵入してお宝泥棒。
男神も青年もモニターを見ながら目を疑ってしまった。
クエスト担当の眷族なんぞ、イングリットの行動を聞いてからノリノリで「クエストスタート!」なんて言いながらクエスト配信した自分の姿を思い出して悶絶しながら床をのた打ち回っていた。
終いにはファドナに囚われていた現世の娘とニャンニャンしてアヘ顔ダブルピースさせてしまう。
一緒にモニターで動向を監視していた2人はとても気まずかった。
「はぁ……赤竜族の者は昔もこんな感じであったな」
男神は眉間の皺を揉み解しながら呟く。
「そうなのですか?」
「ああ。奴ら竜人族は対等となる敵対種族が少なかった為に、大好きな財宝を収集する事しか頭になかった。世界が滅べば無くなるぞ、と言ったら『奴等』との戦いには参加したが、普段は金銀財宝にしか興味を示さん」
男神の言葉を聞いて、青年は「だから宝物庫で大喜びしていたのか」と納得した。
「ところで、よく皇国の騎士に勝てましたね。彼はもっと苦戦するのかと思いました」
魂の訓練シミュレーター――アンシエイル・オンラインは人間達との戦い方や立ち回り方法をゲームプレイで学び、イングリットで例えれば『自然治癒』『デバフ反射』『魔法超耐性』など種族の特性やスキルを覚醒させる為のモノである。
自然治癒は元々竜人族にある特性だし、デバフ反射と魔法超耐性はシミュレーターに内包されている神力を利用してイングリットが欲しいと望んだスキルであり、彼自身が神力で創造して得たスキルだ。
ゲーム内で強力なスキルを覚醒させた、ここまでは良い。
しかし、現世に降りたイングリットは体の強度や力の強さはゲームプレイ時のステータス通りじゃない。
イングリットの腕力や皮膚の硬さ、彼らがHPと呼ぶ生命力やMPと呼ぶ魔力量は魂に記憶されている能力値――死ぬ前の彼らが元々持っていたものが少しばかり強化されているだけ。
男神達も彼の体を再構成する際に、身体能力もステータス通り再現したかったがそれは不可能であった。
原因は『魂の器』の限界値。
魂の器とは魂を乗せる台座のようなモノだ。
魂を強化すると魂の情報量――重量のようなモノが増える。それが台座である魂の器の限界値を超えてしまうと器は崩壊し、魂は魂たる形を保てなくなる。
イングリットはゲーム内で新しいスキルを3つ得た。
これで器の許容量は9割満たされ、残りの1割を身体能力の強化――彼が特に伸ばしていたステータスに基づいて残り許容量1割分の防御力の強化を施した。
ステータスの完全再現と新たに得たスキル、どちらを優先させるか男神達も迷ったがスキルの方が汎用性が高いと判断してスキルを優先させた。
それに、ゲームをプレイするプレイヤー達は王種族と呼ばれる者達がほとんどで、現世に生き残っている種族達よりも元々身体能力が高い。
ただ、鴉青年の最も懸念する要因はイングリットが武器らしい武器を持っていない事だった。
アンシエイル・オンラインでも彼は盾を使って仲間を守るタンク役に徹して剣術などを訓練していない。各種武器の扱い方――パッシブスキルを持っていない。
モニターを見ていた鴉青年も盾を両手で持って相手の頭にバンバンと打ち付けるとは思ってもいなかったが、それにしても鴉青年には攻撃面を全く訓練しなかったイングリットがああも簡単に勝てるのは予想外であった。
「元々攻撃性の高い種族であるので力は並の種族よりも強い。武器が扱えなくともただの人間には容易く勝てるだろう」
男神が言うように、総じて魔族というのはただの人間よりも身体能力的には優れている。
それでも負けたのは人間側にも魔族や亜人を凌駕する強者が存在し、男神が創るよりも遥かに強力な武具が創れるからだ。
「1対1の状況で『ヤツ』の眷属と戦えば……それでも正直、通用するのかはわからん。パーティメンバー3人で戦えば勝率は上がるがな。しかも、人間は忌々しい程に学習能力と潜在能力が高い。ヤツの眷属以外にも強者が生まれている可能性もある」
人間という存在は未知数だ。
技術、知力、精神力、それら全てが魔族と亜人よりも上回ってくる。
神の力を使い、魂を強化しても敵うかどうかも未知数で底知れぬ存在。
「……あの彼の脳内に流れているダメージメッセージは?」
男神から答えを得た鴉青年は次の質問を問いかける。
「あれは……タンク職に就いた者が現世へ送られた時の特典的な機能だ。ダメージを受けた際に相手の脅威度が明確にわかるようにという意味と数値によってダメージ量を知る事で立ち回りを考えさせるように……と書いてある。勿論、ゲームのようにHPなんぞ無いし、現実なのだから頭部を潰されればダメージもクソもなく死ぬが」
男神はタンク職のバランス調整を担当していた眷族から渡された仕様書を読み上げながら答えた。彼の手にある仕様書には『特典機能は許容量0.01% しか使わないから大丈夫!』と赤字でめちゃくちゃアピールされていた。
だが、男神の言う通り現実世界にはゲームのようにHPという概念は無い。
頭を吹き飛ばされれば死ぬし、体を切られて致死量の血を流せば死ぬ。
イングリットが現実世界でもタンクたる防御力を再現できているのは転生システムで得た3つのスキルの恩恵と彼が装備する黒い鎧のおかげ、というのが強いだろう。
青年はなるほど、と頷いてから呟いた。
「彼は何でタンクを選択したんでしょうね?」
彼の赤竜族という攻撃的な種族性を知れば浮かぶ当然の疑問だろう。
「……きっと、潜在的な想いがあったのだろうな」
青年の疑問に対し、男神は静かに呟いた。
少しの間静寂が支配するが青年が隣のモニターに視線を向けた事で再び会話が始まる。
「他の2名も順調なようですね」
「うむ。全員が魔王都で合流しようと思っているようだし、今の所は修正された行動予測通りだな」
男神と青年は別のモニターへ視線を向けて他の2人の動向を監視し始めた。
こんなヒロインはセーフなのか、アウトなのか。
神(HinaProject)のみぞ知る。




