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9.運ばれてきた手紙

 3年ぶりにエリアスと再会し、逞しくなった背中をさっさと姫様の元へ帰りなさいと押し出した。

 

 元勇者の、国を救った英雄エリアスが居るべきところは悲しみや喜びやらの感情から溢れ出す涙で目を腫らした幼馴染の元なんかじゃなくて、気高く美しいお姫様の元なのだ。

 

「アリア!」

「なに?」

 エリアスは最後に一度、首だけで振り返った。

 

「俺もアリアが大好きだから。だから、だからアリアも幸せになってくれ」

「うん」

 

 そして私たちは別の道を歩みだした。


 それぞれが己の『幸せ』を掴むために。

 

 それから数日と経たないうちに例の、姫様と密会を共にしていると噂の騎士の写真が上がった。

 収めたのは一番初めに写真付きで報道したあのゴシップ誌で、『勇者様と姫様 結婚も秒読みか』と特大の文字で一面に打ち出した。

 新しく上がった写真には姫様とシリウスさんの他にエリアスもおり、内容は件の騎士が勇者御一行の一人、シリウス=フラルだったこと、そして密会は勇者エリアスのサプライズパーティーの準備のためだったと報じた。

 

 写真の端々にはエリアスの誕生を祝うためのケーキやクラッカーが写っており、何よりも写真の中心で寄り添い合うエリアスと姫様の幸せそうな顔は国民達を安心させた。

 

 これなら結婚ももう少しだろう――と。

 

 一連の騒動は国民に二人の仲を再確認させたとして、騒動を報じた記事をスクラップしたアルバムが出回ったほどだ。

 

 今では魔王がかけたのが呪いではなく、祝福だったのではないかとさえ思える。

 

 人は障害があった方が強くなれるから。

 

 

「アリア、ちょっといいかしら?」

「サリーさん、どうかしたんですか?」

「悪いんだけど今から出れるかしら?」

「はい、大丈夫ですよ」

 今日も今日とて飽きずに元勇者様と姫様の仲睦まじい姿を報じた新聞をたたんで、コーヒーを流し込んでささっと身支度を整える。

 声をかけられるだけあって店に足を踏み込めば全席、人で埋まっていた。

 

「アリアちゃん、注文いいか?」

 奥でエプロンをつけ、店へと出るとすぐにお客さんに呼び止められる。

 常連さんである男性に「はい」と笑顔を乗せて応えるが、その声が耳に残るあの低い声でないことに心の中でひっそりとため息を漏らす。

 これは今日だけではない。最近ずっとこの調子なのだ。来るはずがないと頭ではわかっているのに、それでも探して、期待してしまう。

 

 

 今日でエリアスの記憶が戻ってから半年が経つ。

 王都は王国新聞から正式に発表されたエリアスと姫様の結婚に浮かれ気味で、式は半年も先なのに街には二人を祝福するリースや花束が至る所に飾られている。

 それだけ国の誰もが二人の結婚を祝福してくれているのである。

 

 だが私の心には薄っすらと雲がかかっている。

 

 エリアスの記憶が戻ったあの日からピタリとシリウスさんが食堂に来ることはなくなった。

 

 新聞に載っていたシリウスさんは他の写真同様に白黒で、そしていつも食堂に来るシリウスさんとは違ってキッチリと制服を着こんできた。制服に合わせてなのか、髪は整髪料で固められており、本当にあの人なのかと疑った。それほどまでに彼とは結びつかなかったのだ。


 もし私が彼に思いを寄せていなければ気付くことはできなかっただろう。

 サリーさんたちと同じようにまた遠征かしら?とお城に働いていると大変なんだなぁとあまり気に留めることもなかっただろう。

 だが私は気付いてしまったし、そしてエリアスからの話で彼がここへと通っていた目的が分かってしまった。シリウスさんが初めから優しかったのも、全ては仲間として共に戦ったエリアスのためと言われれば合点がいった。


 もうここに来る意味など、私の様子を伺う必要などないのだから、もういくら待っても彼がここへ来ることはないだろうとわかっているのだ。

 そんなことに気づいてしまってから、私は恋愛事に向いてないんじゃないかと思う日々である。

「はぁ……」

 ひっそりとお客さんにバレないように息を吐き出した。

 

 

「注文をしたいのですが」

「はい」

 背中に向かって発せられたその声はどこかで聞いたような、店によく通る声だった。

 振り返るとすぐ近くの、いつもシリウスさんが座っていた席に、背中にものさしでも入れてるんじゃないかってくらいピンと背筋を張った、あの日の門番さんがいた。

 正体がばれることを恐れてか、お城に仕えているといってもラフな格好で来ていたシリウスさんとは違い、彼の方は制服のままで、街中の食堂にはいささか不釣り合いのように見えてならない。

 

「いいですか?」

 目を見開いて凝視してしまった私に目の前の彼は眉間に皺を寄せた。

 慌てて「はい」と返事をして、伝票にペンを走らせる。

 サラダにパスタ、パンにデザートまで頼み、見かけによらずよく食べるんだなと驚いていると「あとそれと……」と周りを見回してからその先の言葉を濁らせる。

 

「はい」

 驚きはしたもののここは大衆食堂で、彼と同じかそれ以上に頼むお客さんも多い。

 実際にシリウスさんもよくそれ以上の量を注文していたし、だからこそ彼は混雑時を避けて四人がけの席を確保していたのだ。

 目の前の彼が後何品頼もうが、気にしないのだと見つめ返す。だが彼の口から出たのは私の予想の中にあったどれでもなかった。

 

「この後、時間はありますか?」

「はい?」

「アリア=リベルタ、あなたに用事があります」

 名前は、3年前のあの日に名乗った。あれだけ恥ずかしい姿を晒したのだから覚えられていてもおかしくはない。

 だがエリアスとの問題が全て綺麗に片付いた今になって用事があると言われても私には心当たりはまるでない。

 

「ええっと、ですね……」

 ここでなければ3年前に真の実力を発揮したこの足ですぐさま逃げることが出来るのだが、生憎ここは私の職場で、食堂でもある。混雑時を過ぎてはいるものの、まだ数人のお客さんは食事を楽しんでいる。

 

 この場合、なんと返すのが正解なのか。

 

 残念ながら私にはこういう、仕事終わりに呼び出されるような経験はまるでない。

 額にじんわりと汗を滲ませながら何とか正解を絞り出そうとしていると、目の前の彼は呆れたように小さくため息をついてから備え付きのナプキンにペンを走らせた。

 

『姫様から手紙を預かっております』――と。

 

 そして彼は再び私に問いかけた。

「この後、時間ありますか?」


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