7.その知らせは突然に
「アリア?」
「あ、シリウスさん。こんにちは」
「なんか嫌なことでもあったのか?」
そう聞かれたのは食堂の一番の書き入れ時である正午を2時間と少し過ぎた時のこと。
他にお客さんが居なくなった途端にシリウスさんは私の元へと駆け寄り、そして心配そうに顔を覗き込んだ。
「え? 嫌なこと、ですか? 特には思いつきませんが……。もしかして私、今日ずっとむくれ顔でした?」
「そういうわけじゃないんだけど、さっきのお客さんの新聞を複雑そうな顔で見てたから」
「え、私、そんな顔してましたか?」
「ずっと、ってわけじゃなかったけどな」
「心配をおかけしてすみません。何ともありませんよ」
不満そうに口をすぼめるシリウスさんに笑顔を返すとこれ以上の尋問は諦めたのか、伝票を手に取り私に背を向けた。
「おかみさん、お会計いいか?」
去りゆくシリウスさんの背中を笑顔を浮かべながら見送る。事情をわかっているサリーさんもいつも通りの世間話をしてからシリウスさんの背中を見送った。そして店の外にクローズの看板を出すとズンズンと私の隣を通り過ぎてキッチンへと戻る。
「アリア、つまみは唐揚げでいいかしら?」
「別に私、沈んでる訳じゃないんですよ?」
「私が飲みたいの。だから付き合いなさい」
「……はい」
今朝方の新聞で一面に報じられていたのはエリアスと姫様のこと。
それは2人の婚約が発表された日から両手では数え切れないほどに報じられており、その度に国民の関心をさらう程で問題はそこではない。問題なのは内容の方で、姫様が一人の魔導騎士と内密に頻繁に会っているとのことだった。
そう報じられるのは常連客である靴屋の親父さんが読んでいた新聞で四部目だ。
事の発端は6日前。
1つの新聞が姫様には入れ込んでいる騎士がいると報じた。
報じたのは王立新聞ではなく、舞台女優や演出家などの有名な人たちの裏話を書くことで有名なゴシップ誌。面白ければ嘘の情報でさえも載せてしまうようなその新聞の内容を信じるものなど少なかった。
明らかに隠し撮りなのだろうその写真に写っていたのは姫様と彼女の肩を抱く男性の腕。その腕には王国騎士の、それも最上位に位置する近衛騎士であることを表す3本線が入っており、それがエリアスではないことは一目瞭然だった。
けれどその記事を真に受ける者などごく僅かだった。今の時代、写真を偽ることなんて容易く、何より報じた新聞が新聞だったからだ。
けれどその記事は国王陛下がその新聞の回収命令を出したことによって一気に信ぴょう性を増すこととなった。
大まかに言えばこんな嘘が広がっては困るとの理由だったが相手は有名なゴシップ誌。回収などせずともほとんどの者が信じてなどいなかったのに、わざわざ回収させたのだ。
それは多くの国民の目には真実をもみ消そうとしている行動のように映った。
事の真相を知りたがる国民と、そして謎を暴きたがる記者。
需要と供給が相まって、この数日間で何社もの新聞社が大々的にそのことを報じるようになった。それは国王陛下が取り締まろうとも間に合わないほどに湧き上がって、今では王都の外へ出て、少し離れた町でならその記事を読めると言われるほどにまで広まっていった。
私はエリアスに幸せになってほしい。
だから私はずっと彼が姫様と結ばれるのを祈り続けたのだ。
忘れたと言われても思い出してくれともう一度押しかけることはせずに、私はエリアスが失くした記憶の中にいた幼馴染でい続けた。
写真の中で幸せそうに笑う姿を見て、私も頑張ろうと思えた。
「何で……」
悲しいのか、悔しいのか、憎いのか、感情の整理はとてもじゃないが追いつかない。
それは何も言わずにサリーさんが置いてくれたジョッキ一杯の酒を流し込んでも腹の底でうずくまって消えてはくれない。
背中に両手を回して落ち着かせるようにトントンと叩いてくれるサリーさんに甘えて、溢れ出す涙をこらえる事なく流し続けた。
それは偶然にも3年前、エリアスが魔王を退治したと報じられた日と同じで、もうこの世には居ないはずの魔王が残した呪いではないかと疑わずにはいられなかった。