6.気になる人ができました
それと後もう一つ、この2年で変わったことといえば、気になる人が出来たことだろう。
「シリウスさん、お久しぶりです」
「アリア、久しぶりだな。これ、今回の土産。みんなで食ってくれ」
兄さんとおばさんが「いつでも村に帰ってきていいんだからね」と言い残し王都を去ってから数ヶ月経った頃に、目の前の黒髪に黒い瞳という、この国には珍しい外見を持ったシリウスさんはこの食堂へ通い始めた。
城に勤めている彼は同僚からこの食堂の話を聞いたらしく、一度来たらこの店の味にハマったらしい。それから仕事で王都を離れている時以外はほぼ毎日通って来てくれる。
来るのは大抵ピークの時間が過ぎてからで、去り際に今日はよく洗濯物が乾きそうだとか市場でこの野菜が安売りしていただとか、そんな世話話をする。城に勤めているといっても家事は自分でするそうで、よく話が合うのだ。
初めはその見た目とスリュウさんが比にならないほどの鋭い目線に委縮していたけれど慣れればすぐにシリウスさんが優しい人なのだとわかる。
注文する時に聞き取れなくても困らないように文字を指さしてくれたり、運んできたたくさんの料理をすぐに受け取ってくれたり、片づけやすいようにお皿を種類ごとに分けて重ねておいてくれたり、ちょっとした会話だって相手に合わせて変えてくれるのだ。
そしてそんな見た目とは少しギャップのあるシリウスさんはご丁寧にも王都の外に遠征に行った際には必ずお土産を持って来てくれる。
「いつもすみません」
「いつも美味いメシを食わせてもらってるからな。これくらい気にしないでもらってくれ」
「ではありがたくいただきますね」
「そうしてくれ」
ニッと左右に口を開いて笑いながら手渡された食堂の従業員分の数になる袋を、シリウスさんの背中を見送った後で裏へと持っていき、棚の上へと置いておく。
今回、私の名前がついた札がくくりつけられているのは桃色の小さめの袋。前回はハチミツ色で、その前は夕暮れ時の空の色。
中身は開けずともまた私の好みのど真ん中を突くようなお菓子だと想像がつく。シリウスさんに好みを告げたことなど一度もないのだが、初めてお土産をもらった時から彼が私の好みのもの以外を贈ったことはない。
お土産として渡されて来た口に入れるとホロホロと溶けるお菓子は口に入れるたびに過去の記憶を呼び戻させる。
エリアスと過ごした、楽しく、そして幼かったときのことを。
それはまるで新しい恋に踏み出そうとするのを拒むかのように口いっぱいに甘さを広げるのだ。
だから私はシリウスさんに『恋』をすることは出来ない。
「エリアス、早く結婚すればいいのに……」
私に出来るのは2年以上も姫様の婚約者で止まっている幼馴染に離れた場所から恨み言を送るだけだ。