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魔王の呪い  作者: 斯波@ジゼルの錬金飴③ 10/18発売
本編 ~アリア=リベルタ~
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5.2年の月日と

 早いもので、あれから、サリーさん達が開催してくれた『アリアを慰める会』から2年以上の日々が経過した。

 あの日予定していた新居探しはサリーさんの管理しているアパートの一室を通常の半値以下の値段で借りることで落ち着いた。


「ここなら急な欠員が出た時にすぐ呼べるからいいわ」と笑いながら貸してくれたサリーさんではあったが、休みの日に呼び出されたことはまだ一度しかない。

 その一度だってリリさんがキッチンで倒れてしまったという連絡で、駆けつけるのが当たり前のことだった。

 それから産休という形で休みに入ったリリさんの代わりに私かスリュウさんがキッチンに立つことになり、結果的に勤務時間が長くなった今となっては店からほど近い家を格安で借りられたのは嬉しかった。

 だがその反面、お金は貯まるばかりで一向に減っていかないことが独り身の寂しさを実感させていた。

 

 だがこの2年、変わったことがなかったわけではない。


 例えばエリアスとの関係。

 それはこの2年の中で一番の問題といえよう。あの手紙を出してから一ヶ月と置かずにうちの兄さんとエリアスのお母さんが住所を辿って私の新居へとやって来た。

 

 この何ともいえない組み合わせなのは、国を救った勇者様相手に狩猟用の銃で立ち向かおうとする我が父、いそいそと鉈や包丁とありとあらゆる刃物を研ぎだした兄さんや母さん、そして幼馴染を捨てて姫様と生涯を過ごすことを決めたことに憤怒の念を隠しきれていないエリアスのお父さんを押しのけての二人らしい。


 選出したわりには兄さんはこの王都で使う機会などないだろうと思われる工具一式を腰から提げているし、おばさんに至っては嫁入り道具の調理包丁を何に使うためなのか、一式を箱に詰めて抱えて来た。

 彼らはエリアスに会う前に私に顔だけは見せてから行こうということらしく、今から仕事なのだと申し訳なく思いながら頭を下げる私に構わないのだと首を振った。

 

「アリア、兄ちゃん、ちょっとエリアスと久し振りに話してくるな?」

「アリアちゃん、私達がしっかり落とし前つけてくるからね?」

 不気味な言葉とは裏腹に爽やかな笑みを浮かべて去った二人が私の元に姿を現したのは私のシフトが終わった後しばらくしてからの、子どもならもう寝静まるほどのことだった。

 



「アリアちゃん、うちのバカ息子が……本当にごめんなさい」

 夜中のインターホンに何かと飛び上がった私を待っていたのは深々と頭を下げるおばさんの姿だった。その横で兄さんは悔しそうに唇を噛み締めながら、右手では工具入れをいじくっている。

 そしてエリアスのお母さんは衝撃的な一言を私に落とした。


「あの子は、エリアスはね、アリアちゃんのこと、何一つとして覚えていないの……」



 その一言を皮切りにおばさんと兄さんはエリアスと、宮廷魔導師に聞いた話を悲しそうに話してくれた。

 結論から言えばエリアスは私のことだけ綺麗さっぱり忘れてしまっているとのことだった。宮廷魔導師がエリアスの魔力を解析したが会話中に彼の感情の揺れは全くと言っていいほどなく、それどころかおばさんと兄さんが中々帰らない自分を村に連れ返すべく大々的に嘘をついているのだとさえ疑ったようだった。

 それを聞いた私の胸にはストンとそれまで荒ぶっていた感情が落ち着いて、そして両目からは涙が伝った。

 忘れられたことは悲しかったが、エリアスは望んで約束を違えた訳ではないことが嬉しかった。

 それから静かに泣き続ける私は2人に抱きしめられ、一夜を過ごした。夜が明け、一緒に村へ帰ろうという兄さんとおばさんの誘いを断った私はあれから2年以上経った今も変わらずに王都にいる。

 

 そしてエリアスはといえば婚約者である第1姫様との愛を深めていらっしゃる。

 彼が私を覚えていないと知ってからは定期的に発行される新聞をコーヒーの香りを楽しみながら読む余裕さえ生まれた。

 むしろ今ならエリアスが私のことを忘れてしまえて良かったのではないかとさえ思える。彼が本当に姫様を愛しているのが写真越しでもよく分かるからだ。

 もちろん過去にエリアスが私に向けた『愛している』の言葉はどれも嘘ではなかったのだろう。彼は面と向かって嘘をつける人ではないから。

 けれどそれは家族に向けての愛だったのだ。

 あのままずっと村にいたのならそれで良かったかもしれない。私達はきっといい夫婦になれただろう。2人で描いた夢の通りに今は1人くらい子どもがいたかもしれない。

 けれどエリアスは勇者となって村を離れたのだ。そしてそれこそエリアスと私の運命だった。ならば受け入れるしかないだろう。


 エリアスは幸せそうだし、私も……まぁ若干枯れてはいるものの、人間関係に恵まれている。このままだとそこそこの歳で潔く村に帰って甥っ子達に老後の生活を手伝ってもらうこととなりそうだが、優しい彼らならきっと一人くらい引き受けてくれると信じている。

 

「アリア、早くご飯食べちゃって! 食べ終わったら店開けるから」

「はーい」


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