15.騎士として
その日、正式に婚姻を結んだエリアスと姫さん。2人の国民へ向けた婚姻パレードの準備に向けて、城中の使用人や騎士達は騒がしく動き始めた。
なにせ国の英雄と姫君の婚姻パレードだ。さぞかし国を挙げた盛大なものとなるのだろう。
騎士団も所属ごとに警備場所が定められていく。近衛騎士は王族の警備が主だった。その中で俺に割り振られたのは、姫さんとエリアスの警備、一番重要な役だった。
まるで俺の騎士職の、最後を飾る仕事であるかのように。
上司にそのことを告げられてすぐに、辞めるならこれを最後の仕事としようと決めた。今までずっと机の引き出しに入れたままの退職届を胸元に潜ませる。
向かうは準備で大変忙しいであろう、姫さんの元だ。何でこんな時期にと眉をひそめられるかもしれないが、俺にとっては今が絶好のタイミングだった。
そう強く思いながら歩いていたせいか、自然と廊下の道は開いていく。すると部屋にたどり着くよりも早く姫さんの姿を捉えることができた。
このタイミングを逃してやるものかと彼女への距離を詰めると、何を聞くわけでもなく「入ってちょうだい」と俺を近くの客間へと通してくれた。そしてご丁寧に周りにつけていた侍女たちを部屋から出した。
彼女達が全員出払ったのを確認してから深刻そうな表情で「何があったの?」と尋ねた。
それに何も答えない代わりに、胸元から出した真っ白な封筒に大きな文字で『辞職届』と書いたそれを差し出すと彼女は全てを悟ったようだった。
それを手に取るとすぐさま中から一枚の紙を取り出して、退職希望日時を確認する。
そして姫さんはなぜ俺がそれを提出するのかさえも分かっているかのように、俺のこれからについて切り出した。
「これからどうするの?」――と。
そんなの俺も分からない。答えようもない問いである。
答えを知っているのだろう俺は、記憶に靄をかけることを望んだのだから。
今後の俺が辿るべき道筋を過去の俺は記してくれなかった。
すると俺が黙っていたせいだろう。姫さんはゆっくりと頭を下げた。
「シリウス、ごめんなさい。そしてありがとう」
謝罪と感謝という正反対の言葉を告げる彼女の意図など分かりはしない。
「姫さん、これは俺が決めたことなんだから謝るな」
だが俺は知っている。
彼女を、姫さんを巻き込んではいけないことを本能的に悟っているのだ。
あれから急き立てるように日々は過ぎていった。
いよいよ今日が姫様とエリアスの結婚パレードが始まる。
パレードのルートは表門からスタートし、城下町の端で大きくカーブを描いてから、真逆の門へと向かう、王族の婚姻パレードの慣例ルートよりも長めの道のりである。
その理由はただ一つ。
勇者が花婿として参加するからだ。それだけで他の王族の婚姻パレードよりも何倍もの人が王都へと押し寄せる。
門が開き、パレード台が顔を見せると耳に反響するような歓声が台を囲むようにして上がった。
誰もが2人の婚姻を望んでいた結果であろう。
こんな中で警備など必要ないのかもしれないと、特等席から友人の婚姻を祝福しながら王都を回った。
パレードも終盤に差し掛かり、今まで社交用の作り笑いを浮かべながら民衆達に手を振っていたエリアスは何かに気づいた様子で、姫さんの腕を突いた。
何かあったのだろうかと、姫さんと同じようにエリアスの視線の先を探せば、そこには先日の少女が立っていた。……それも彼女よりもいくつか年上なのだろう、顔立ちの整った青年と共に。
「姫様と勇者様がこちらに手を振ってくださったぞ」
2人が彼女に気づいて笑顔で手を振ると、彼女達の周りの観客はその喜びに一層沸いたように歓声をあげた。
その一方で、彼女が男を見上げて嬉しそうに笑う姿に胸のあたりがズキリと痛むのを感じた。けれどそんな感情など、たかだか一度顔を合わせた俺が持つにはお門違いの感情だろうと、すぐに護衛としての任を達成することだけを頭に刻んだ。