14.呟き
「婚姻式? 俺が? 何で?」
「是非シリウスのことを両親とアリアに紹介したいんだ!」
エリアスがそう伝えて来たのは婚姻式の前日のことだった。
「いや、俺はそういうの……いいよ。かしこまった場所は好きじゃないし、な」
「だがもうみんなに伝えてあるから出てくれ」
「みんな、って……」
「国王陛下にセシリア姫様、アリアにうちの家族」
「参加者全員じゃねぇか!」
「ああ!」
嬉しそうに笑うエリアスに、ああこれは手を回したのはこいつじゃないんだなと確信した。おそらくは姫さんである。
最近なぜか姫さんは、俺をやけに信頼しているような、そして俺の性格を熟知しているような気がしてならないのだ。
最近の姫さんの行動は近衛騎士の一員に取るものではない。やけに距離が近いと感じるのも、そしてそれは彼女がエリアスと接する時のものとは明らかに違うのだと感じるのも、どちらも気のせいではないはずだ。
「それは……断れないやつじゃないか」
「ああ」
エリアスの深みを増した、純度の高い笑みに俺は逃げられないことを悟って早々にどうにかしてその場を切り抜こうとするのを止めた。国王陛下にまで伝達されていて逃げられると思うほどに俺の頭はヤワなものではないのだった。
翌日、いいタイミングになったら呼ぶから隣の部屋で待っていてほしい、とエリアスと姫さんから告げられた俺は、このまま忘れておいてくれないかなと淡い期待を抱きながら隣室で待機していた。……のだが、友人の婚姻式だと言うのになぜかソワソワとしてしまう。
これは手持ち無沙汰なのが悪いのだろうと、城の使用人の1人に声をかけてティーセットを用意させてもらった。別に彼らよりも自分の淹れるお茶が美味いだなんて思ってはいない。確実にそれを生業とする彼らの方が美味いお茶を淹れるはずだ。だが沸くお湯を見ている時、そして小さな口からポットにお湯を注ぐ瞬間は、それにばかり集中して、他のことを考えずにすむのだった。
それに集中し過ぎたせいだろう、エリアスの俺を呼ぶ声に応える声が妙に低いものになってしまったのは。それでもちょうど淹れ終わったタイミングだっただけ良かったかもしれない。
隣に通じるドアの前で1つ、深呼吸をしてから部屋を跨ぐ。そして客人の前へと足を進めた。
「シリウス=フラルと申します。エリアス様とは旅を共にさせていただきました」
「シリウス、エリアス様なんて固い言い方するなよ。父さん、母さん、リコルには手紙にも書いた通り、それとアリアには前に少しだけ話したけど改めて紹介させてくれ。シリウスには魔王討伐以外にも色々とお世話になったんだ」
「君がシリウスさんか、話には聞いてる。うちの息子が世話になったな」
「あなたには感謝してもしきれないわ。どうもありがとう」
「いえ、私は何も……」
特に俺はエリアスにこれといって特別なことをしたわけではない。
守ってやらなくては……と思いはしたものの、彼は自らの手で強くなったのだ。結局のところ、俺がしたのは他の2人と同様に彼とともに戦っただけだ。だというのに、エリアスの家族は何度だってお礼を繰り返しては頭を下げるのだ。
本当に……何もしていないというのに。
彼らの浮き沈みする頭を見ながら、俺の意識はその隣の少女へと向いていた。
年頃の女性をじいっと見るなんて不躾な真似はしないが、部屋に立ち入った瞬間に主張の少ない緑色のドレスを着た彼女の姿が脳裏に焼き付いたのだ。
「お茶でも飲みながらお話をしませんか?」
姫さんがそう言い出さなければ、俺はずっとエリアスの家族から解放されることはなかっただろう。『ありがとう』とお礼や感謝の言葉は嬉しいが、こうも何回も言われるとかしこまってしまうのだ。特に友人の両親からならば。
移動するのは奥に用意されていた各々の席。
姫様、エリアスの隣に俺が座り、向かいにはエリアスの両親、弟、そしてアリアと並ぶ。
たまたまなのだろうが、俺の目の前には先ほどの少女が俺と目を合わせることなく座っていた。
初対面の、それもこんなガタイのいい男に目の前に座られて、話を弾ませることなどないのだろう。それに今回はエリアスと姫さんの婚姻式だ。会話の中心はもちろん彼らのこととなる。
何かの手違いで、使用人たちの手で用意されていたお茶ではなく、俺が隣室で淹れたお茶が出されたのは驚いたが、慣れたその味に安心したのは秘密である。
すっかりいつもの調子を取り戻した、とまでいかないまでも、彼らの話に混ざることは出来るようになった俺は、姫さんと共に彼らの知らないエリアスの成長を語る。
魔王討伐でのこと。
姫様の婚約者となった後のこと。
エリアスは村から出てきたばかりの頃からは想像できないほどに強くてかっこよかったと語ると、エリアスの弟は兄を尊敬するような眼差しを向けていた。
俺の弟は年が近いせいだろうか、あまりこうして俺のことを尊敬することもなかった。それはただ単純に俺があいつにとって尊敬できる兄ではなかっただけなのかもしれないが。
嬉しそうに話を聞いてくれる彼らを前に驚くほど軽やかに口は回る。
エリアスが謙遜するたびに、俺は姫さんと共に彼のことを語るのだった。
……だから目の前の少女がどんな表情をしているかなんて、エリアスが彼女に声をかけるまで全く気がつかなかった。
「アリア? 具合が悪いのか?」
「大丈夫よ、エリアス。少し幸せムードに当てられただけ」
彼女はエリアスにそう答えたが、俺には彼女が無理に笑っているような気がしてならなかった。
遅れて国王陛下が輪の中に入ってからも、俺の記憶に鮮明に残った、先ほどの彼女の笑みが気になって仕方がなかった。その笑顔を頭に浮かべては、なぜだか心は痛くなった。
こんなはずじゃなかったのにな……と心の奥底で誰かが呟いているような気がした。