4.愚痴聞き大会
お昼の繁忙時間を過ぎ、お客さんが途切れるとすぐにサリーさんは店の前にクローズの札を出す。
その間、唯一の入り口はリリさんが「サリーさん、まだですかぁ?」と声をかけながら塞ぎ、店の奥へと続く暖簾の前に一番近い席にはスリュウさんが腕を組みながら鎮座している。
どちらも口には出さないが、ここから何も吐かずに出れると思うなよという威圧感が惜しげもなく放出されている。
リリさんはお客さんに向けるのと同じ笑顔を保ち続け、そしてスリュウさんは彼女の旦那さん曰く猛禽類のような鋭さを誇る視線を私へと注ぎ続ける。
もう2年近くこの場で働いておいて、この3人から逃れられるなんてはなから思ってはいない。ただ手短に済ませてくれればいいなと淡い期待を抱いてはいるが。
「終わったよ。あんた達、さっさと準備しな」
「私はもう大丈夫ですよ〜」
「あたしも問題ないです」
「あの、準備って何の……?」
「あんたが明日からもちゃんとうちで働けるようにしてやるための準備さ」
舞台上の悪役のように笑みを浮かべたサリーさん達が手ぶらの私を連れて来たのは近くの大衆酒場だった。
王都一の酒の品揃えを誇るその店は今はまだ開店時間前だ。だというのに3人ともクローズの札などまるでないかのごとく中へと入っていく。
「マスター、個室は空いてるかい?」
「開けとけって言ったのは君だろう?」
どうやらこの店とサリーさんは知らない仲ではないらしく、軽いテンポで会話をすると一番奥まった、通常は宴会で使われるような部屋へと当たり前のように入っていった。
そして始まるのはその酒場とは正反対の雰囲気を醸し出すサリーさん主催の私の愚痴聞き大会。
大衆酒場にしては少なすぎる店員数、というより私はこの店に来てからマスターの他に1人しか見ていないのだが、でありながら頼んでから品を出すスピードが早いのなんの。
だから余計に酒は回るし、愚痴は加速する。
それはもう女性しかいないことをいいことに荒れに、荒れに、荒れまくり1時間経った頃にはベロベロに酔っ払っていた。
「私は、もう恋なんてしませんよ!」
「今日は私の奢りだから沢山酒飲んで文句は吐いてしまいなさい!」
「サリーさん、一生ついて来ます!」
「アリアちゃん、良い子なのに相手は本当に見る目ないのねぇ〜」
「リリ姐さん! くっそ、私が男だったら今すぐ求婚してる!」
「アリア、リリはもう結婚してる」
「ああああ、ライさん羨ましいすぎる。お二人さん、お幸せに!」
「今日のアリアちゃんはいつにも増して可愛いわぁ。あ、バーボンロックで」
「ほら飲め飲め。そしてクズ野郎なんて忘れて新しい男探せ。男なんて大陸すべて合わせれば何十億といる」
「もぉ無理ですよ。私もう20ですよ? 今までの人生、エリアスに捧げ続けてたんですよ! 鳥揚げ一つください」
「後黒豆の枝豆ももらえる? それは遠回しにあたしに喧嘩売ってるのかしら? 20なんて平均寿命の半分以下よ? まだまだ若いんだから、文句や愚痴はいいけどそんな弱音吐いてちゃ今に負け組に真っ逆さまよ」
「私の実家じゃもうすっかり嫁ぎ遅れですぅ。もう一生家族に顔合わせられない」
「そんな? 私が結婚したの、28だけど?」
「それはスリュウさんが都市生まれだからですよ。私のとこ、本当に田舎で、女は成人したらすぐに嫁いで家に入るんです……。こっちに来るのだって家族全員、エリアスと結婚するんだと思ったから許してくれただけで、ここまでついて着いてきといて捨てられたなんて言えませんよ」
「それは、アリアちゃんは何も悪くないじゃないでしょう?」
「でももう何十枚にも及ぶ手紙が、どういうことか説明しろって言及の手が私の元に届いてるんですよ〜! もう話し合って決めたことにしちゃいましたけどね!!」
「ああ、まぁそうよね。ここで食い下がって時間を無駄に過ごさせるなんてあたしが許さないわよ!」
「ほら飲め飲め」
「お姉さんの胸に飛び込んでもいいのよ?」
「みんな大好きです!! 私は一生恋なんてしないで店のために尽くします!」
顔を赤らめて抱きついた時には店員さんまでも顔を涙で濡らしていた。どうやら彼女もまた私に同情してくれたらしい。
ベロンベロンに酔った私は恋愛の代わりにこんないい出会いをくれた神様に感謝を捧げたほどだった。