5.サリー食堂
旅の道中、時間を潰すためと相手を知るためなんてことない質問を投げたことがある。
その一つが家族のこと。
アウレンは「産まれた時から師匠の元で暮らしていたから家族といえば彼女だけかな」と答え、俺とエリアスは両親と弟が1人いると答えた。
その質問で唯一、顔のシワ全てを中心に寄せたような表情を作ったのはシャオだった。
もしや触れてはいけないことだったのかと、思わず彼の中の地雷を踏み抜いてしまったらしいことを後悔して「悪……」まで俺の口から出た途端にアウレンは腹を抱えて笑った。
「そんなに嫌な顔をするんじゃない。彼女はいいお姉さんじゃないか」
「あれのどこがだ! 気が強すぎて嫁の貰い手がありゃしねぇ。それに言いたかねぇがあれは俺より強いんだぞ? その上、唯一の長所の料理を活かして料理屋なんて始めだした。お前だって、あいつの店が今なんて言われてるか知ってんだろ? 『モンスターの巣穴』だぞ?」
「うんうん、君はお姉さんが心配なんだね」
「誰があの女のことを心配なんかするか! 腕一本ありゃあドラゴンだって退治する女だぞ?」
シャオが嫌そうに語るその女性の店こそが、エリアスの幼馴染、アリアの働く店だったと誰が予想するだろうか?
おそらくあの話をした頃にはすでにアウレンは知っていたのだろう。
少女が働く店のことも、そしてシャオの姉のことも。
『モンスターの巣穴』との呼び名が若干引っかかりはしたものの、なんだかんだで世話好きな彼の姉の店ならと一歩店内へと踏み出した。
そしてその瞬間、『モンスターの巣穴』と呼ばれる意味を知った。
店内で大人しく料理を待っている男達は殺気こそ放ってはいないものの、それなりの風格というものは漂わせている。明らかにただ者ではない雰囲気を醸し出している者が密集しているこの空間に足を踏み入れれば、嫌でも背筋には汗が這う。まるで唐突にレベルの高いダンジョンにでも迷い込んでしまったかのように。
「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」
そんな中、たった1人、アリア=リベルタだけは他の店の店員と同じように笑っている。
まるで彼らから滲み出すその風格を気にすることなどないように。
彼女の言葉に従い、端の方の席を陣取る。
そして何とか緊張から手汗の滲み出る手でメニューの一番上に載った、トマトパスタセットを注文する。
この間、途切れることなく各方面から視線を注がれ続けていたのだが、その中でも肌を刺すような力を持っていたのはキッチンからの視線だ。
俺よりもいくつも歳上なのだろうその女性は、他の客同様に新参者である俺を拒むかのように視線を注ぎ続けた。
「トマトパスタセットが一つ。……ってサリーさん、どうかしましたか?」
「ん? ああ、何でもないわ。トマトパスタセットね」
会話から察するにその女性の名前は『サリー』というらしい。おそらくは、というよりもほぼ確実にシャオの姉である。
思えば仕事で始めて会った時の彼もこんな風に俺を拒絶するように睨んでいた。後にそれは俺を見定めていただけだと分かったのだが、彼女が彼と同じように俺を見定めているのならば……と一層身は固くなる。
汗をかいたグラスを一気に煽って、備え付けの水差しで新たに水を注いでは飲み干す。
そんな些細な動作でさえも一挙手一投足に注目されているような気がしてたまらなかった。
「おまたせいたしました。トマトパスタセットです」
「ああ、ありがとう」
何とか震えの治った手でフォークを掴み、パスタを絡めとる。
さっさと食べて、そして早くこの場から去ってしまおうと口に運んだその瞬間、俺は恐怖から解放された。
トマトの酸味が太めの麺とよく絡まり合っていて、それ以外のことを思いながら片手間に食べてしまうのがもったいなく思えたのだ。
気づけば手は忙しなく動き続け、セットとして付いてきたサラダとパンを貪るように喰らった。
そして空になる直前にはこんなことを口走っていた。
「同じセットと、後このピザももらえるか?」
「はい」
これでは足りるわけがないと本能が告げていたのだ。身体の思うがままに手と口を動かす。
そして脳がもう満足だと信号を出すまで食べ続けた。
その頃にはすでに周りの人のほとんどが退席をしており、そのわずかに残った客はただただ料理を喰らい続けた俺を、同士を見るかのような優しい視線を注いでくれた。
きっと彼らもたった一口でこの味に囚われてしまったのだろう。
俺は初めの目的すらも忘れて、会計を済ませると満腹になった腹を撫でた。