4.後ろ姿
アリア=リベルタの来訪から数日が経ち、それだけ日がたてば俺の頭も次第に冷静になってくる。
そしてエリアスの言葉の意味も理解できるというわけだ。
つまり彼は幼馴染を、アリア=リベルタを捨てたのだ。
姫様と結婚した方が高い地位が得られるからだろうか?
なぜ欲がないエリアスが姫様を選んだのかと理由まではわからなかったが、そういうことなのだ。
可哀想にとほんの数分を共にしたアリア=リベルタを思い、そして何もしないエリアスの代わりに俺が彼女を突き放すことにした。
いつ来るかも、そもそももう一度現れるかすらも分からない彼女のために近衛騎士の職の休暇を取って、カトラスの代わりに門の前に立つことにした。
来なければそれでいいのだと割り切っていた俺の目の前にアリア=リベルタは現れた。
彼女は以前カトラスにしたのと同じように門番に頼み込み、そしてエリアスに幼馴染のアリアが訪れて来たと言付けを頼んでいた。
真面目に聞きに行った門番はおそらく、その名を聞いて顔を歪ませるエリアスを見てしまったのだろう。
『もうその少女がやって来ても取り次ぐ必要はない』――エリアスがあの日俺に伝えたのと同じ言葉をありのまま少女へと投下した。
明確なまでの拒絶に彼女は糸が切れた操り人形のように地べたに座りこんだ。
どうしたものかと考え込む様子の門番の肩を叩き、一応事の経緯を聞き出す。
予想と全く同じ結果に呆れてため息が漏れてしまう。
「せめて名前を変えりゃあいいものを……」
そうすればきっと少しくらいは顔を覗くチャンスがあっただろうにと思いつつも、よほどあいつとの間に思い入れがあったんだろうと、幼気な少女をアッサリと切り捨てたエリアスに苛立ちを覚える。
さあどうやってこの子にエリアスを諦めさせればいいのかと頭を掻きむしる。
そしてとりあえず地面に座り込んだままの少女を「そこは邪魔だから退け」と理由をつけて立たせ、そして「女を地面に座らせたままだと品位に関わる」と用意した椅子に座らせた。
それでもずっと俯きつづけ、けれどもそこから動こうとはしない少女に「冷えるからな」とそれっぽい理由をつけて温かいお茶を渡した。
そして俺は彼女にエリアスが置かれている状況を少しだけ覗かせることにした。……というよりもその場にいれば嫌でも来訪者は目に入る。
助けてもらったお礼を言いたいと告げる商人。
昔から知り合いを語る中年の男。
学生時代の友人なんだ、とその一点張りを続ける若い男。
同じ村に住んでいるのだと言う男女。
それはどれも勇者に一目会いたいと願う者ばかり。何らいつもと変わりない。
今日も今日とて来るのは嘘つきばかり。
よくもまぁ代わる代わる来るものだと、自分で頼んでおきながらカトラスには随分面倒くさい仕事を任せてしまったものだと申し訳なくなる。
招かれざる客の相手をするのも面倒で適当に言いくるめたり、時には強引にそいつらを帰していく。
そして何人の客を帰した頃だろうか。
少女は固く閉ざしていた口を開いて、小さな声で俺に問うた。
「なぜ、親切にしてくれるんですか?」
震えるその声に、俺はその子の顔を見ることも出来ず、ただ真っ直ぐと前だけを見据えて心のうちを明かした。
「あんたは初めから嘘をついていないだろう」――と。
そして俺は少女がエリアスを諦められるように、この場から立ち去りたくなるように続けて彼女には痛いだろう言葉を投げる。
「勇者様は姫様と婚約なされた。それで、あんたはどうすんだ。実家に帰るのか?」
本能的に守ってやりたくなるその少女を苦しめる言葉など吐きたくもなかったが、この言葉で彼女は実家に帰る決心してくれたのなら、俺の知らないところで笑ってくれるのなら。
……そう思っていた俺は数日後、城から少し離れた市場で買い物をする彼女の姿を捉えたとき、息が止まりそうになった。
なぜここに居るんだ!と彼女の肩を掴んで、問いたださなかった自分を褒めてやりたいくらいだ。
代わりに1人で消費するには多すぎるその荷物を抱えた少女の後をコッソリ付けた。
騎士として女性の後を付けるなど、決して許されない行為であることは重々承知している。
だがそれでも俺は彼女がとある店に入るところをこの目で収めることにした。
店の名前は『サリー』
魔王討伐の仲間であったシャオの姉、サリーが経営する食堂だった。