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魔王の呪い  作者: 斯波@ジゼルの錬金飴③発売中
番外編 ~シリウス=フラル~
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3.突き立てる言葉

 エリアスが国王陛下からのお言葉を受けてから早数日、すでに王都中にエリアスと姫様の婚約の話は広まった。

 王都を歩けばあまり新聞を読まない俺の目にさえその情報は触れるほどに誰も彼もが新聞を広げていた。


 その新聞を見かける度に思い出すのは『アリア=リベルタ』という顔も知らない少女のことばかり。写真も実物も見たことはなくとも、道中エリアスから聞かされた話だけで彼女を知るには十分だった。


『気立てが良くて、料理が上手くて、泣き虫だけど優しい、甘いお菓子が大好きな少女』――それが俺がアリアという少女に抱いているイメージである。

 シャオなんかは昔、何かあったのか「そんな女はこの世に存在するわけがない」と否定的ではあったが、いつの頃からか否定さえもしなくなった。

 大方、気になって見に行きでもしたのだろう。彼ならエリアスにも見つからずに少女の姿を捉えることができるはずだ。


 シャオがそんな態度を取るもので、気になって調べたアウレンも口をつぐみ、それからは余計に気になったものだった。だが俺は目立ちすぎるからという理由で見に行くことも出来ずにいた。


 アウレンやシャオの口さえも封じさせるその少女と対面するのは、きっとエリアスの結婚式か何かだろうと楽しみにしていた俺は少しだけ残念で、そして彼の口から何も告げられない少女は可哀想に思えた。




 俺達が王都に戻って来てからというもの、エリアスの元に日に何十人もの来客がやってくるようになった。

 根が真面目なエリアスは初めこそ取り次いでもらっていたものの、数日も経てば1週間も続いた宴を思い出したのか面倒臭そうに顔をしかめる様になった。

 それはそうだろう。

 なにせ名を名乗られようが、顔を見せられようが2年間で会った人の顔や名前なんて全て覚えているわけがない。

 時間を問わず、ひっきりなしに来るその客に嫌気が指していた頃、俺はエリアスにとある提案をした。



「エリアス、門番を俺の親友に任せてくれないか? はっきりいってあいつは妻と食以外にはあまり興味を持たない男で、あいつなら来客をテキパキ捌いてくれるはずだ」


 それは嘘ではない。

 親友のカトラスは権力に近寄って来る人間を嫌う。そしてそういうタイプの人間を見分けるのが上手いのだ。

 俺はカトラスのそういう面を考慮して、もしもアリアという少女が訪ねて来たら取り次いでもらおうと思っているのだ。

 その名前を聞いた時、エリアスが受け入れればそれでいい。

 だがもしも他の人間の時と同じように顔を合わせることすら拒んだら?

 そう嫌な考えが過ってしまうのだ。


「それはいいな!」

 エリアスの許可をもらい、俺はすぐにカトラスに門番としての役目を担ってもらえるように頼みにいった。


 するとカトラスは2つ返事で受け入れた。


「アリア=リベルタだな、わかった」

「悪いな。変なことを頼んで」

「構わない。他ならぬお前の頼みだからな」


 カトラスは妻と食にただならぬ執着を持っているのだが、その妻、セレンと結ばれたのは俺のおかげであると恩義を感じているらしい。

 俺はただほんの少しだけ彼らの話を繋いだだけで、特にこれといったことはしていないのだが、何度そう伝えてもカトラスは首を振るばかり。いつだって『お前のおかげだ』と考えを曲げないのだ。

 こうして頼みごとをして受けてくれるのは、親友だからなのか、恩人だからなのかわからない。


 だが嫌がっているというわけではなさそうだった。


 カトラスが門番として立つようになってからというもの、エリアスへの取り次ぎはほぼゼロになった。

 彼が引き継ぎだのはただ1人、ずっと来訪を待っていたアリア=リベルタという名前の少女だけである。


 エリアスの元へとやって来たカトラスは『来たぞ』とばかりに俺に目配せをする。

 そして彼から『アリア=リベルタ』の名を聞いたエリアスは俺の嫌な予感通りの言葉を口にした。


「帰してくれ」――と。

 その言葉に俺は思わずエリアスの肩を掴んだ。

「なぜだ!」

 声を荒げて、そう問わずにはいられなかった。


 道中に浮かべたエリアスの顔を俺は未だに鮮明に思い出すことができる。

『アリア』とその名を口にしたエリアスはいつだって幸せそうで、彼女と歩むのだと語った未来は4人の中で一番平凡で、けれど穏やかな生活だったのだ。


「シリウス? 何か気に触れたか?」

「俺だって国王陛下の命を断れるなんて思わない。だが、だがそれでも待っててくれているあの子には一言くらいあってもいいだろ!」


 国王陛下の命令に近いあの言葉を断れとは言わない。

 いくら英雄だとはいえ、それを口にするのはとても勇気のいることだから。

 だがそれでも……それでもずっと待っていてくれている彼女に一言くらい説明があってもいいはずだ。

 新聞で知って、そして捨てられたように実家に帰るなんて不憫すぎるだろう。


「何を言ってるんだ、シリウス」

「何を、ってアリア=リベルタはお前の幼馴染の名前だろう? 王都で帰りを待っていてくれている」

「確かに幼馴染の兄弟の家名はリベルタだが、アリアという名前の人はいない」

「お前ずっとアリア、アリアって俺に話してただろう!?」

「シリウス?」

「ああもういい。俺がカトラスに成り代わって門まで行く。ここに投影魔法でその子の姿を映すからちゃんと見てみろよ。今日のところは会いたくないかなんだか知らんが、知らないってことにはしといてやるから、今度謝りに行けよ、いいな!」


 知らないふりを続けるエリアスに苛立って、けれどこの怒りを誰にぶつければいいのかわからずに、整髪剤でまとめた髪を掻き毟る。

 整髪剤が入り込んで白っぽくなった爪を立てるようにして投影媒体の水晶を鷲掴むとエリアスの前にゴンと音を立てて置いた。

 普段ならお高い水晶をそんな乱暴に扱うわけもないのだが、今はこれくらいにしか当たれないのだから大目に見て欲しいものだ。


 そして模倣魔法でカトラスへと成り代わると、アリア=リベルタが待つ門へと向かった。


 そこまで待っていたのは歳若い、可愛らしい少女だった。

 エリアスの登場を待ち望んでいたのだろうその少女は俺を見るや否や瞳に涙を浮かべる。

 可哀想に。

 そう思いながら、ここにはいないエリアスが水晶を通じて彼女の様子を見て、帰してくれといったことを後悔するだろうとタカをくくっていた。


「知らないそうだ」


 こんな面倒なことをせずとも会ってやればいいものをと、意気地のないエリアスにため息を吐く。

 どんなに避けようともいずれはどうにかしなければいけないのだ。

 ならばそれが早いか遅いかの違いだろう。



「そんなわけがありません! 彼が、エリアスが確かにそう言ったんですか?」

 エリアスの様子などつゆほども知らない少女は一層声を荒げた。

 聞きたくもなるだろう。だが俺はあくまでエリアスに中継するだけの役目を担ったに過ぎなず、彼女にエリアスの状況を教えてやる権利など持ち合わせていない。


「ああ、そうだ。あんたももうわかったろう? 勇者様とは会えないんだよ。早く家に帰れ」

「なん、で……」


 きっとすぐにわかることになるだろう。

 これ以上、可哀想な少女を見ていられずに彼女にさっさと帰るようにと手で追い払う素振りをする。

 その手に応じるがままに歩み始めた少女は悲壮感を背負っていて、出来ることなら今すぐにでもエリアスの元に抱きかかえてやりたい衝動に駆られた。

 グッとその感情を抑えつけ、彼女の背中が見えなくなるとエリアスの元へと飛んで帰った。


 早く彼女の元へ行ってやれと、どんな道を選んだとしてもそれを説明してやれと頼りないその背中を叩いてやるつもりだった。


 だがエリアスは「知らない」と首を振ったのだった。

 そしてもう一つ、衝撃的な爆弾を落とした。


「もうその少女がやって来ても取り次ぐ必要はない」


 その言葉はアリアという少女を拒絶する言葉だった。

 あんなにも愛おしいのだと語った口で紡がれた言葉に俺はただ呆然と立ちすくむことしか出来なかった。


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