3.実家からの手紙と決断
それを私に決意させたのは門番さんの隣で半日以上を過ごした翌日のことだった。
早速チャールズ伯父さん達に村に帰ることを伝え、そして年頃の女の子にしては少ない荷物を数日かけてまとめ、最後に帰る旨を書いた手紙を実家にしたためている最中のことだった。
「アリア、手紙が届いているよ」
「え、何かしら?」
差出人を見てみると今しがた手紙を送ろうとしていた実家からである。
紙と紙の間に指先を差し込み、ゆっくりと下側へと指を引いて開封するとそこには家族一人当たり3枚にも及ぶ計二十数枚の手紙が封入されていた。
書き手は皆異なるものの、中身はどれも同じ、田舎の村まで届くほどの新聞に書かれたことは事実なのかと問うものばかり。
村の噂はその日中に駆け巡るような場所ではあるが、外からの情報源は非常に少なく、中でも村の人たちにとって新聞は確実に正確な情報を取れる万能なものだった。それを疑うなんて普段ならあり得るはずもない。だが私やチャールズ伯父さん達と同じように、身内だけは伝わる、エリアスが私を捨てたのだと突きつけてくる報道は信じられるはずもないことだった。
何人もに分担されて書かれたその文字はどれも揺れていて、もう村には帰れないのだと実感させられた。
そして私はしたためたばかりの、封をする前の手紙を抜き取り、何回も千切ってくずかごに捨てた。
それから新たな手紙を書き始めることにした。
彼らを安心させるため、このことはエリアスと話し合って決めたのだと、そして私はこれから王都で暮らすことにしたのだと、嘘八百の言葉を書き連ねて封をした。
これは別にリベルタとバクスタの二家総出で責められるであろうエリアスを擁護して……とかいうつもりでは全くない。
エリアスに捨てられようがあの村では彼の隣がもう私の場所となってしまっていたのだ。
そんな私にもう帰る場所なんてない。
諦めて前を見るしかなかった。
いい意味でも悪い意味でも田舎の、閉鎖的なあの村ではなく、住み慣れた自然の多い場所とは最も遠くに位置する人の入り乱れるこの王都で。
そうと決めた私はチャールズ伯父さんの家から出て、一人暮らしをすることに決めた。
チャールズ伯父さんは「そのまま居てくれて構わない」と言ってくれたが、残念なことにチャールズ伯父さんと身内になる可能性はもう完璧なまでに、目を疑う余地もなく0である。
いくら昔から知っているとはいえ、これ以上迷惑をかけるわけにはいかない。
それに王都に来たばかりの頃とは違い、私にはそこそこの蓄えがあった。エリアスを待つ間、食堂でバイトをして稼いだお金だ。
それを元手に、一人暮らしの基盤を立てていこうというわけだ。
自分で言うのもなんだが、元よりエリアスに嫁ぐつもりで居た私はもう一人で暮らせるほどには家庭能力はある。むしろ5年前に嫁いでいった、家事能力が皆無な姉さんが子ども3人、何とか育てていけることを考えたら今から子どもを何人か家に迎えても世話できるくらいの勢いはある。……あくまで勢いだけで金銭的には無謀なのでやりはしないが。
ありったけのお金の入った袋を握りしめ、そして村に帰るつもりでしていた身支度セットを抱えて出勤すると食堂の主人にして私の雇い主であるサリーさんが目を剥いて驚いたようだった。
流石に大荷物で出勤するのはマナー違反だったようだとその時やっと察したものの、勢い半ばでチャールズ伯父さんの家から出てきて、新しい根城を探すには時間がなかったのである。
こんな荷物どこかに置いておけるはずもなく、ならばと持ってきてしまったのだ。
「アリア、ちょっとあんたこっちに来な!」
サリーさんはキッチンを、私と同じバイトのリリさんに任せると店の奥へと私を引きずって行った。
「すみません、サリーさん。仕事が終わるまでこの荷物、置かせてもらえませんか?」
「それはいいけど……。あんた、もしかして今日で実家に帰るのかい?」
つい今しがた食堂からここまで引きずって来たとは思えないほどの優しさで私と荷物の間を視線で行ったり来たりしているサリーさん。彼女は、いや彼女に限ったことではなく、この店のみんながみんな、私とエリアスがそういう仲だったことを知っている。
チャールズ伯父さん達のように新聞記事を疑いこそしなかったものの、私のことを気にかけて数日間の休みをくれた。そしてその休み明けが今日だ。食堂での連携プレーから察するにきっとみんな私がここを辞めて村に帰ると思ったのだろう。
「帰りませんし、ここを辞めません」
「ならこの荷物はどうしたんだい?」
「私、一人暮らしをすることに決めたんです」
「何だって!?」
驚いたサリーさんの声は食堂まで漏れてしまい、お客さんの何があったのかというざわめきが聞こえてくる。
「とりあえずシフトが終わったら家探しをしようと思ってます。早くいいところ、見つかるといいんですけど……」
そう茶化しつつも早々に話を切り上げるとさっさと制服のエプロンを上から被った。
「さぁ今日もよく働くぞ!」
「ちょっとアリア、まだ話は終わっちゃいないよ!」
そう私の肩を掴み、尋問を続けようとしたサリーさんであったが、キッチンから
「サリーさん、そろそろ帰って来てくださ〜い」
とリリさん特有の間延びした嘆きの叫びが聞こえては加勢を断れるはずもなく、持ち場へと戻って行った。
もちろん「後で聞かせてもらうからね」と付け足されたが。