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魔王の呪い  作者: 斯波@ジゼルの錬金飴③ 10/18発売
番外編 ~シリウス=フラル~
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2.道が歪んだ日

 魔王の討伐が完了したことを王国へと報告をすると、国王は俺達を労うための凱旋式の準備を始めた。

 王都まであと少しという段階で、4人の中で一番視力のいいシャオがそれを見つけた。

「げっ……」

 派手なことと目立つことが大の嫌いな彼はすぐさま顔をしかめて、手近な木にスルスルと登ると迂回路を探し始めた。


「門から王城まですっかり塞がれてんじゃねぇか……。仕事を終えて帰ってきたっていうのに嫌がらせかよ」

「諦めなよ。これも仕事のうちだよ」

「料金カサ増ししてくれっかな?」

 アウレンに肩を叩かれたシャオはすぐに金勘定を開始する。

 世の中で自分の命の次に大事な物はと聞かれれば金だと豪語する彼の胸元から取り出されたソロバンはもうこの2年近くですっかり馴染みの物となってしまった。


「計算終わったのか?」

「ああ。2割り増しを要求する」

「……お前、結構な報酬貰ってなかったっけ?」

「貰えるもんは貰っとく。そんで早く家に帰って寝たい」

「それは俺も同感だなぁ。家に帰って、羊に囲まれて暮らすんだ」

「ああ、それはいいね」

「羊の毛はあったかいからな。よく、眠れそうだ」

 アウレンもシャオも、エリアスが再び平凡な日常に戻ることを歓迎する。そしてもちろん俺も。

 エリアスと2年間共に過ごしてきて、やはり彼が戦って生きることには向かないのだということがはっきりしたのだ。

 エリアスは優しすぎるのだ。俺達ほど無情にはなりきれない。魔王に聖剣を突き立てた彼の瞳からは大きな雫がポロポロと落ちていた。

 だからこそ魔王はそんなエリアスにつけ込んだ。


『私を殺したことを後悔する日がいずれ来ることだろう。それまで生ぬるい日々に浸かっているといい』――それが魔王の最期に遺した言葉だった。


 種族の違う魔王の考えなど俺には分かるはずもないのだが、去り際の彼は嬉しそうに笑っているような気がした。

 それが何を意味するのか、今となっては分かりもしないが。


 その時の俺は灰となって消えた魔王が残した言葉が持つ重要性になど気づいてすらいなかった。


 ただ他の3人と同じように、戻ってきた平和な日常への希望と、目の前に用意された派手な凱旋式から逃れたい気持ちを胸に抱き、数ヶ月ぶりの王都へと足を踏み入れるのであった。



 凱旋式を甘んじて受けることにした俺たちはすでに用意されていた真っ赤な絨毯が敷かれた道をゆっくりと歩く。


 アウレンは『せっかくの機会だしね』と楽しむことにしたらしく、シャオは『2割り増し、2割り増し』と呟きながら終始笑顔で切り抜けた。

 俺とエリアスは歓迎されることに慣れていないため、ずっと表情は固めたまま変わることはなかった。

 どんなにエリアスが表情筋を硬直させていようが、誰もが彼の帰りを待ちわびていたのだとばかりに声を上げる。


『エリアス様』

『勇者様』


 聞こえるのはエリアスの名ばかりで、はっきり言って俺達3人は勇者様のオマケだ。

 そう割り切ってから歩む道はぱぁっと開けたような気がした。

 アウレンの言っていた通り、俺達のために空けてくれた道なのだから楽しまなければ損なのだろうと思えたのだ。


 そして作られた道順を歩んで着く先はもちろん国王陛下の元で、簡易的な報告が終わると報酬の他に一週間にも及ぶ宴が用意されていることを告げられた。


「そなた達のために宴を用意した」と言われはしたものの、言い換えればそこまでが仕事だからキッチリと役目を果たせと言いたいのだろう。


 だがその言葉をアウレンとシャオの2人はアッサリと蹴った。


「んなもんに参加はしねぇ。仕事は終わったんだからさっさと金払え」

「契約外の働きはしないよ」


 国王陛下にそんな口の利き方が許される者はおそらく彼らくらいなものだろう。


「凱旋式には参加してやったんだから報酬は2割増し以上で払ってもらわないと困るからな」

 その上、シャオに至っては王都に入る前にそろばんで弾き出した数字を国王陛下にずいと差し出す。


 本当に、初めから最後まで彼らは変わらない。


 そのことが嬉しくてふっと笑いが口から漏れ出してしまった。


「わかった。お主らは欠席しても構わん。そして貴公には2割り増しの報酬を与える」

「よっしゃ」

「その代わり、エリアス=バクスタ、シリウス=フラルの両名は宴に参加すること。よいな?」

「はい」


 それから一足先に平凡な生活に戻る2人を見送った俺たちは目まぐるしい1週間を過ごすこととなった。

 毎晩毎晩、開かれる夜会では今回の旅に金やら宿やらを用意してくれた貴族達の対応に追われた。

 はっきり言って代わる代わるやって来ては名乗るやつらの大半の顔なんて覚えていない。それでも勇者と共に魔王を討伐した者としては、用意された定型文を返さなくてはならなかった。

 だが俺なんてマシな方だろう。

 勇者のエリアスの周りに集まるのは役職を持った者ばかりで、今のうちに顔を売っておこうという魂胆が見え見えだった。

 日に日にエリアスの顔は青白くなっていき、早くここから逃げ出したいという気持ちがありありと伝わって来た。


 だがそれも今晩で終わりだとエリアスを励ました夜のことだった。


 俺達が歩もうとしていた平坦な道がいきなり形を変えたのは。


「勇者よ、その働きに感謝する。そなたには姫、セシリアと結婚する権利を与えよう」


 宴の最中に国王陛下より発された一言だった。

 今年で16歳になるセシリア姫様と結婚し、ゆくゆくは王座さえもエリアスに与えようというのだ。

 それはおそらく国王陛下が与えられる報酬の中で一番価値の高いもので、それ以上はない栄誉だろう。

 …………エリアスに結婚を約束した相手さえいなければ。


 エリアスはこの話にどう対処するのかと振り返ると、彼は人好きな笑顔で微笑むと答えた。


「ありがたき幸せ」――と。


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