1.勇者・エリアス=バクスタ
自分では気に入っている黒い髪と瞳は昔からよくからかわれた。異国から嫁いできた母親から遺伝したそれは幼い子どもに中々受け入れられるものではなかったのだ。
よくケンカを吹っかけられる理由がそれだけじゃないと分かったのは割と身体が大きくなってからのこと。
父親から受け継いだこの目つきがガキ大将たちの反感を買っていたのだ。
まぁどちらにせよ俺自身にどうすることも出来なかった訳だからあの頃とった行動に全く悔いはないわけだが。
あまりにも年がら年中からかわれていた俺は家に立てかけられていた模擬剣を振るった。振るったというよりはこちらが振り回されていた、の方が正しいのだろうが、何はともかくガキ大将達の度肝を抜くことに成功したのだ。
……その後、母にメッキリ絞られることにはなったが。
だがその代わり、その頃から父が稽古をつけてくれるようになった。
『人を傷つけるためではなく、守るために使え』との教えをコンコンと諭してから。
その甲斐あって18の見習い兵の試験には一度で受かることに成功し、年々上がっていく給料にこのまま行けば生涯安泰だとほくそ笑んでいた。
そんな俺に転機が訪れた。
団長の勧めで勇者の護衛を選抜するための大会に出場したのだ。
勇者なのに護衛が必要ってどうなんだ?とは思いつつも、これに選ばれれば出世は確実だと団長に背中を叩かれ、尊敬する彼がそこまで言うのならと軽い気持ちで参加した――まさか優勝するとは露ほどにも思わずに。
国を守る役目があるからという理由で団長、副団長クラスは出場資格が無いとはいえ周りは強敵揃い。
父に習った剣術と、母の本棚からコッソリと抜いては読んでいた魔道書のお陰で次々に駒を進めて行った。
そして全てを倒して、トーナメントのてっぺんに名前が載っていたことに気づいたのは相手が膝をついていたのだ。
そしてその日中に俺と同じように勇者一行という名の護衛達と顔を合わせることとなった。
俺は魔導騎士として選出され、そして他の2人は魔術師と剣士らしい。らしいというのは2人とも知り合いだったからだ。
騎士の選抜とは違い、城の外にも声をかけているとは事前に聞かされてはいたものの、まさか辺境の魔法使い・アウレンと稀代の傭兵・シャオまで召集されるとは思ってもみなかった。
顔を合わせた途端に俺と勇者は要らないんじゃないかとドアを閉めたくらいだ。2人はそれほどまでに強い。
むしろどちらか1人でも倒せるだろうというくらいだ。
だが後の説明で魔王を倒すには勇者に選ばれた人間が必要不可欠であると聞かされた。
正確には勇者に選ばれし者しか抜けないとされる聖剣でしかトドメを刺すことはできないらしい。
「……本当にあんたでも倒せないのか?」
辺境の魔法使いと呼ばれるほどのアウレンなら倒せると思うのだが……と疑うような視線を向けると彼はフルフルと首を振った。
「魔法使いでもさすがに魔王は殺せないよ。出来ても100年くらい立ち上がらせられないほどの致命傷を与えるくらい?」
「……それじゃあダメなのか?」
「ダメだよ。魔王が誕生した時に叩かなきゃ。魔族は弱くなった王を簡単に切り捨てるから、最強を掲げているうちに潰さないと」
アウレンの言葉だけ聞いていると、まるで今から行くのは害獣の駆除か何かだと錯覚しそうになる。それくらいに彼の言葉は軽かったし、隣でここぞとばかりに高級菓子とお茶をたらふく食らうシャオに至っては危機感というものが感じなかった。
……だがその想いは勇者と合わされたことによって引き締められる。
「エリアス=バクスタです。どうぞよろしく」
勇者として連れてこられた男は虫も殺せなさそうな優男だった。
事実、エリアスは聖剣を抜くまで一度だって剣の類を持ったことがないというのだ。刃物といえば包丁か鎌、そう聞かされた時には俺も他の2人も妙に納得してしまった。
けれどそんな良くも悪くも魔王討伐には向かないエリアスは勇者に選ばれたのだからしっかりとしなければと努力を惜しまない男だった。
俺達3人だけならすぐにでも魔王城に向かえるものの、エリアスを連れて行けば即死してしまう可能性もあった。そのことをアウレンから初日に伝えられた彼は防御魔法をかけてくれと願い出ることをしなかった。
「なら、頑張らなくっちゃな」
そう言って、慣れない大剣を振るいながら経験値を積み上げていく。
エリアスの経験値を少しでも奪い取らないように、アウレンもシャオもその姿を見守って、危ない時にだけ手助けをするようにした。
時おり、国からの招集命令が下されて形ばかりの報告へと戻る。
それはエリアス以外の3人の生存報告も兼ねていた。
勇者以外なら変えは効くのだ。
潰れかけならいっそのこと交換してしまった方がいいと思ってのことだろう。国王としても、そして俺達としても。
だが国を挙げて選んだだけあって、俺以外の2人はそう簡単にくたばるような人間ではない。むしろアウレンに至っては人間なのかさえも怪しい。そして俺はといえば昔から身体の丈夫さには自信があったためか、軽いケガなら時たまに負うことはあれど、致命傷を負うことはなかった。
それはエリアスも同じことである。
そんな俺達にとっては時間の無駄でしかない王都への帰還ではあるが、エリアスにとっては至福の時間であった。
旅の道中に何度も聞かされた幼馴染のアリアという少女に会いに行くのだという。
王都に居られる時間などほんの僅かだというのに、エリアスは自由時間になると決まって彼女の元へと足を向けた。道中彼女へ渡すのだと言って買い込んだいくつものお菓子を携えて。
俺は少しの時間さえ惜しいのだとは言わなくとも、目で訴えているエリアスから手紙を奪い取って、買い出しついでに郵送局へと届けてやった。
エリアスを迎えに行くのはアウレンの出した鳥である。ゴツい男が呼びに行くなど無粋であろうとの彼自身からの提案だった。
アリアという少女との逢引を終えると、エリアスの目には再び生気が宿る。
最終決戦で魔王に勝てたのはエリアスの、絶対にあの子の元へと帰るのだという思いが強かったからだろう。
どんなに俺達3人が強かろうが、トドメをさせるのはエリアスたった1人。そして彼はその役目を見事に果たしたのだった。