1.姫様の婚約者
魔王の討伐に成功し、王都へと帰って来た俺と仲間たちはすぐに国王陛下の元へと向かった。するとすでに帰省の連絡がいきわたっていたらしい王都では魔王討伐を労うための凱旋式と一週間にも及ぶ宴が用意されていた。
その一週間は本当に目まぐるしく過ぎていき、労いの宴というよりは至る役職を持った人々が農家の息子から勇者という、国を救った英雄になった俺へ顔を売りに来ているかのようだった。
あまり畏まったことが好きではない俺はそれが苦痛で仕方がなかった。
これが終われば村に帰って、また以前のように家族と共にゆったりとした生活を送るつもりだったのだ。祝われるよりも早く家に帰りたいという思いが大半を占めていた。それに村に残して来た家族や幼馴染にも魔王討伐が終わればすぐに帰ると伝えてあった。
だがその計画は宴の最中に国王陛下より発された一言により大幅な変更となることとなった。
「勇者よ、その働きに感謝する。そなたには姫、セシリアと結婚する権利を与えよう」――と。
セシリア姫様は今年で確か16。年は6歳も離れている。そのため俺が勇者に選ばれた頃から成長したとはいえ、顔にはまだ幼さが残っている。
勇者とはいえ平民の、それも農家の出で、学校だっていった試しはなく、学もない。華やかな場所とは一切無縁だった俺がそれを引き受けたのはただ一つ。断る理由がなかったからだ。
姫様だってこんな年の離れた俺と結婚したいとは思うはずがない。
年の近い女性といえばお隣さんのお姉さんくらいで、彼女はどちらかといえば女性というよりは兄に近かったようにも思える。一般的に女性の仕事とされる家事全般は彼女の弟が引き受けるほどだったが、それらが出来ない代わりに村一番の身体能力を有していた。足の速さも体力も、お隣の姉さんに叶うものなどいなかったのだ。
そんな彼女も数年前に彼女に一目惚れをした隣村の男性の元へと嫁ぎ、今では村に年若い娘はほとんど残っていない。いや万が一残っていたとしてもすでに結婚する相手は決まっているだろう。
俺の育った村では大抵女は16、男は18で結婚してしまう。
村に戻ったところで、元勇者との称号こそあれど腕っ節の強さをプラスしただけの俺は嫁など誰も来てくれないであろう状況に立たされていた。
ならば元勇者として御伽噺の中のように姫様と寄り添って生きていくのも悪くないと思った。
王都に帰って来てからというもの、俺の元、正確には国を救った英雄の元には様々な来客がやって来た。
初めこそ取り次いでもらっていたものの、明らかに見覚えのない顔や名前ばかりが並ぶようになってからというものそれを聞くのさえも億劫になってきた。なにせ一日で時間も問わず20も30もあるのだ。はっきりいって魔物を倒していた時の方が楽だ。
それからは門番を、共に魔王を討伐した仲間であるシリウスの親友という男に任せるようになった。シリウス曰く、妻と食以外にはあまり興味を持たない男らしく、彼が門の前に立っていてくれるようになってからというもの、俺の元へは取り次ぎが来る数はめっきりと減った。
彼、カトラスから取り次がれたのはたった1人、アリア=リベルタという名前の少女だけである。
その名前を聞いた時、なぜだか無性に苛立ちを覚えた。
頭をかき乱すようなその名を持つその少女を取り次がないようにと頼むと、たまたまそれを隣で聞いていたシリウスが唐突に俺の肩を掴んだ。
「なぜだ!」――と。
意味がわからなかった。
今までだってシリウスが共にいる時にカトラスではないにしろ、取り次ぎの兵士がやって来たことはあった。だが彼がこんなにも声を荒ぶらせたことは一度だってない。いやそれ以前にシリウスが気を荒げることなどそうそうないのだ。俺の知っているシリウスという男は見た目こそ怖いと恐れられることはあれど、世話焼きで優しく、何よりも気の長い男なのである。
そんな男がなぜこうも感情をあらわにするのかと疑問に思うと同時に、アリア=リベルタという見ず知らずの少女への嫌悪感がますます大きなものへと変わっていく。
「シリウス? 何か気に触れたか?」
「俺だって国王陛下の命を断れるなんて思わない。だが、それでも待っててくれているあの子には一言くらいあってもいいだろ!」
「何を言ってるんだ、シリウス」
「何を、ってアリア=リベルタはお前の幼馴染の名前だろう? 王都で帰りを待っていてくれている」
「確かに幼馴染の兄弟の家名はリベルタだが、アリアという名前の人はいない」
「お前ずっとアリア、アリアって俺に話してただろう!?」
「シリウス?」
「ああもういい。俺がカトラスに成り代わって門まで行く。ここに投影魔法でその子の姿を映すからちゃんと見てみろよ。今日のところは会いたくないかなんだか知らんが、知らないってことにはしといてやるから、今度謝りに行けよ、いいな!」
シリウスは近衛兵となってから整髪剤でまとめるようになった髪をいつもの調子で掻き毟ると、投影媒体の水晶を俺の前に乱暴に置き、カトラスへと成り代わった。
模倣魔法とかいう名前らしく、相手に自分の見た目を錯覚させる魔法らしいがその手のことには疎い俺にはどういう原理なのかはわからない。
だが魔導騎士として王都一の座を欲しいままにしているシリウスのその実力だけはすでにこの身で実感している。
きっとそのアリアとかいう少女の目も欺くことができるだろう。
…………そう、他人ごとのように思っていた。
実際、門まで赴いたシリウスが送ってきた投影魔法に映された少女はお隣のお姉さんに若干似てなくもないとは思えたものの、やはり別人で、見覚えなどなかった。
アリア=リベルタという少女はその時だけでは飽き足らず、それからもう一度城へと足を運んできていた。
二度目はさすがに俺の元まで取り次がれることはなかったものの、アリア=リベルタにいたく肩入れしているシリウスはその少女に付き添うためだけに一日ほど近衛騎士の職の休暇を取って、カトラスの代わりに門の前に立っていた。
椅子もお茶も用意して、彼女に気を使いながら過ごすシリウスを城から眺めていた俺はなぜ彼がそこまでしてその少女に肩入れをするのかが理解できなかった。