18.婚姻パレード
「ほんと、こっちは人が多いなぁ」
パレード当日、日が昇るよりも早く兄さんを叩き起こすと以前から目をつけていた場所、城門の少し手前へと走り出す。
私が特等席と見立てをしただけあってそこにはすでに何人もの見物客が身を寄せ合っていた。けれどまだそこに入り込めないわけではない。
予定よりも少しだけずれた場所となったが、最前列を確保することが出来た私は早速兄さんが実家から持ってきたカメラの調整へと入る。
背の高い兄さんは撮影には向いているが、こういう精密機器の調整には不向きである。これは私達兄弟の中でマイス兄さんが一番得意とするものだ。
手間取りながらも有り余る時間の中でなんとか調整を終わらせると兄さんの首に下げた。
「ここを押せば写真が撮れるから」
「わかってるって」
「本当に?」
「ふっふっふ、最近は家族写真も俺が撮っている!」
心配そうに見つめる私に兄さんは自慢気にカメラを構えてシャッターを押す素振りを見せる。
調整するところを何も言わずに見ていたところからおそらくは今まで通り、調整はマイス兄さんに任せているのだとは思うが、壊すと後が怖いからと撮るのも任せっきりだったことから考えると兄さんが自慢したくなる気持ちも分からなくもない。
「じゃあエリアスと姫様の晴れ姿、期待してるわよ」
「おう、任せとけ!」
それからしばらくすると沢山の人が押し寄せるようになり、ここが最前列と示す紐に身体が食い込みそうなほどだった。
「大丈夫か?」
「何とか」
「俺に捕まっとけ」
日々畑を耕したり、先の丸くなった模擬剣を振るったり、はたまた山で動物を追ったりしている兄さんの身体は私のようにフラつくことはなく、ありがたく腰のあたりに手を回させてもらうことにする。兄さんがそれを確認してから頷くと、王都中にファンファーレが鳴り響いた。
いよいよ姫様とエリアスの結婚パレードが始まる。
私達のいる場所の方の門は最後、城に入って行くときに通過する門で、出発は真逆の門からである。
城を挟んでいるというのに耳につんざくようなこの歓声。こちらまで来たらその声はどれだけ大きくなるのかと今から胸が高鳴った。
一度は引きかえったその声はパレード台が折り返し地点に到達したころから次第にまた引き寄せる。
「アリア、来たぞ!」
目の良さには定評がある兄さんがそう声を上げると慣れた手つきでシャッターを切り始めた。
印刷してみなければわからないが、自慢するだけのことはあるようだ。
前を通過する際、他の観客と同じように台上のエリアスと姫様に向かって手を振る。するとエリアスがこちらに気づき、姫様の腕をつつくと2人そろってこちらへと手を振ってくれた。
「姫様と勇者様がこちらに手を振ってくださったぞ」
すると私達の周囲の観客はその喜びに沸く。
私たちが見たのは今日一番の笑顔と言っても過言ではないだろう。
「兄さん」
「もちろんちゃんと撮った」
兄さんを見上げ、その頼り甲斐のある回答に納得してから再び二人へと視線を戻す。すると2人の後ろで護衛として立っているシリウスさんの目が一瞬だけ傷ついたように見えた。けれどその目はすぐに護衛としての目に戻った。
パレード台が門へと入り、そしてそれからしばらくしてから2人が城についたことを告げるファンファーレが出発の時と同様に鳴り響いた。
「それじゃ、帰るか」
「……うん」
シリウスさんの目が気にはなるものの、もう私達には何も関係がない。
気にしてもどうしようもないと切り替えて、兄さんが道に迷わないように腕を引きながら人ごみの中を進む。
「アリア、なんかあったのか?」
「兄さん、私……家に戻ることにした」
「そうか」
歓喜に燃える街中で私の微かな言葉に兄さんはただそれだけしか言わなかった。