15.広がる笑み
「サリーさん、お話があります」
「なんだい急に……いや、わかったよ。こっちにおいで。話は奥で聞くよ」
おそらくはこの5年で一番の真剣な表情を見せていたであろう私はすぐに店の裏、サリーさんの家へと連れていかれた。
あったかい紅茶を用意されて、そして私達は向かい合って座った。
いつも隣に座って、私を支えてくれたサリーさんとこうして正面から向き合うのはいつぶりだろうか。
中々辿っても出てこないそれは下手をすれば採用試験の時以来かもしれない。
あの忘れもしない、数分間の視線の交わし合いだけで決まった、この食堂のアルバイト。
そんなので本当に大丈夫かと心配したりもしたけれど、今ではすっかり私の居場所となっていた。
悲しい時、辛い時、支えてくれたのは彼女達だった。
この人達と、この場所と離れるのは寂しいけれど、でも私は前に進むと決めたのだ。
「サリーさん、私、実家に帰ろうと思います」
「わかったよ」
「え?」
サリーさんの答えが出るまではほんの数秒だった。迷うそぶりすらも見られないことに一抹の寂しさが過ぎった。
けれどその寂しさはすぐにぬぐい捨てられる。
「それが、アリア自身が選んだ道ならあたしたちは邪魔したりなんかしないよ。よく決断したね」
「あ〜、ちょっとサリーさん。何一人でいい格好してるんですかぁ〜。私だって、アリアちゃんを応援するわよぉ〜」
「私も。アリア、あんたがいいと思った道に進みな。私達はいつだってあんたの味方だよ」
「サリーさん、リリさん、スリュウさん……」
私を励ますためにやって来てくれたリリさんとスリュウさんの手にはちゃっかりとカップが収まっており、最初から聞かれていたのだと理解する。
彼女達に巡り会わせてくれた神様には一度しっかりとお礼を言わなければならないかもしれない。
彼女達との出会いは私の一生の宝物だ。
「それじゃあ、アリアの送迎パーティの予定を立てなきゃね。アリア、いつ王都を発つ予定なんだい?」
「パレードが終わってからしばらくして……この店の繁忙期が過ぎたら帰ろうと思います」
「アリアちゃん、最後まで店のことを……。やっぱりいい子だわ〜」
「……となると送別会は、1週間後の閉店後なんてどうです?」
「そうね、そうしましょ! それじゃあ、アリア。それまで今まで通りキリキリ働きなさい!」
「あ、そうだ。サリーさん、もう一つお願いが……」
「なんだい?」
「パレードの日、しばらく抜けてもいいですか? その、2人の晴れ舞台を見に行きたいので」
「抜けるも何もパレードの時間は店を閉めとくから安心しな。どうせ客なんて来やしないし、なによりあたし達だって観たいんだから」
それから話はパレードの日の過ごし方へと移っていく。
どこが一番観やすいだとか、ゆっくりと観られるとか、誰と観るのか……とか。
リリさんとスリュウさんはもちろん家族と、サリーさんは馴染みの店のベランダ席を確保しているようで、その流れから私はどうするのかと一気に視線が集まった。
「私は兄と観ますよ。実家から撮影担当として派遣されてくるので」
「…………こんな晴れの日にお兄さんと、ねぇ」
「誘いたい相手は居なかったのか?」
「まぁアリアらしいっちゃ、らしいけどね」
「何ですか! いいじゃないですか、兄さんとでも!」
「ダメではないんだけど……」
頬を膨らませて怒っていることを表現する私はその後、左右からツンツンと突かれてぷぅと音を立てながら頬をしぼめていった。
すると怒っていたことなんて忘れて笑いがこみ上げてくる。そしてその笑いはすぐに部屋中に広まっていった。