14.幸せムードに当てられて
「おはようございます、アリアさん」
いよいよパレード当日。迎えに来たカトラスさんとともに馬車に乗り城へと向かった。
過去二度ほど対面した城を守る大きな門は門番のカトラスさんと共にいるからかすんなり口を開いて出迎えてくれた。
今日の服装は城に来るだけあっていつもの動きやすさ重視の服とは違い、王都歴5年の中で一番高い買い物として手に入れた一張羅である。
以前カトラスさんとお店に入った時に他のお客さんが着ていたような服と比べてしまうとアレなのだが、そんな服を買う余裕があったら私は間違いなく老後の貯蓄をする。もしくは甥っ子達に美味しいものを買って帰ってあげる。
……ということで選ばれたのはそこそこお高めの、薄っすらと緑ががかったドレスである。靴もセットで新しいものを用意した。ピッカピカの、少し高めのヒールのその靴はドレスと同様に今後陽の目を見る機会は恐らくない。それをわかっていてなのか足元ではささやかなる主張を行なっていた。
「本日出席なさるのはエリアス様と姫様が招待なさった方のみですので、そう緊張することはないと思いますが……。あなたにはそう言っても無駄なんでしょうね……」
馬車の横に設置されたわずか5段の階段を降る足が震える私を、カトラスさんは呆れたように見つめていた。
カトラスさんにとってはこの場は慣れた職場なのかもしれないが、私にとっては王城といえば生涯一度足を踏み入れるか踏み入れないかというほどにかけ離れた場所なのだ。
その上、姫様と対面するとなれば緊張するのは仕方のないことだろう。
せめてこの場に、おそらくは私と同じ心持ちであろうおじさんとおばさんがいれば少しは気が楽なのだが、残念ながらチャールズ夫妻の家に滞在しているおじさん達の元にはカトラスさんとは違う、他の城の使いの人が迎えに行ったらしい。
「アリアさん、さっさと行きますよ」
しばらく昼は必ずと言っていいほどに食堂へと通いつめ、そしてその度に奥さんの惚気を語り尽くしたカトラスさんは最近では私への扱いが若干雑なのだ。
畏まられるよりは断然マシなのだが、今回のように私の意思を無視して手を引くのはやめて欲しい。私にも心の準備ってものがあるのだ。
「アリアさん」
「何ですか?」
「あなたの準備を待っていたら日が暮れます」
……そして私の心の中を読むのもやめてほしい。
手を引いてズンズンと進み続けていたカトラスさんが私からパッと手を離すと、ただでさえピンとした背を、輪をかけて伸ばすと正面の大きなトビラをトントントンとノックした。
「カトラス=リクセルです。アリア=リベルタ様をお連れいたしました」
「入ってちょうだい」
「失礼します」
ドアの左右に控えていた衛兵さんにドアを開けてもらったそこはどこか見たことのある風景で、遅れてここが新聞に写っていた、エリアスのサプライズパーティーを祝ったあの部屋なのだと理解した。
「ようこそいらっしゃいました。アリア様」
厳かな雰囲気を身に纏い、私の元へとやってきた姫様は写真なんかよりもずっと綺麗で、そして柔らかい笑みを浮かべる少女だった。
触れたら泡のように弾けてしまいそうで、だからこそ守ってあげたいと庇護欲を掻き立てるような。
姫様に遅れてやってきたエリアスは私の知っていたエリアスではなく、もうすっかり姫様を守るナイトとして、彼女の隣がよく似合う立派な男性へと変わっていた。
「エリアス、私を招待してくれてありがとう」
「しないわけないだろう。アリアには彼女と幸せになることを祝ってほしかったからな」
エリアスは姫様の肩を抱いて、幸せを掴み取ることが出来たことを自慢するように笑う。
だから私も呼応するように笑い返す。
「おめでとうエリアス。姫様、どうかエリアスをよろしくお願いします」
「はい、もちろんです!」
「どっちが旦那さんなんだかわからないわねぇ。姫様、エリアスは不甲斐ない子ですけど、どうかよろしくお願いします」
私よりも先に来て、奥に着席していたらしいおじさんとおばさんが姫様の元へとやって来ると深々と頭を下げた。
すると私達に姫様は心強い言葉で高らかに宣言して見せる。
「エリアス様は私が絶対に幸せにしてみせます」
これでは本当にどちらが旦那様なのかわかりはしない。
だが手紙の中のような迷いは姫様にはもうない。
前をシッカリと見据えるその目を持った彼女ならきっと宣言通り、エリアスを幸せにしてくれるだろう。
だがそれではダメだ。
「エリアス、こんな綺麗なお嫁さんもらうんだからちゃんと幸せにしろよ」
幸せは2人で掴み取らなければいけないのだ。
結婚とは今度を共に過ごすための契りなのだから、夫婦2人で助け合わなくてはいけないのだ。
「わかってるよ、父さん」
久しぶりの父の愛ある叱責に恥ずかしそうに頬を掻くと、それに逃げるかのように「あ、そうだ!」と思い出したかのように声を上げた。
「4人に紹介したい人がいるんだ。シリウス、入ってくれ」
「はい」
エリアスの声を合図に部屋へと、そして私達の前に現れたのはシリウスさんだった。
当たり前といえばそうなのだがそこにいたのはいつも食堂で見ていたシリウスさんではなく、新聞写真から飛び出して来たような彼だ。そのことが妙に胸に刺さった。
「シリウス=フラルと申します。エリアス様とは旅を共にさせていただきました」
「シリウス、エリアス様なんて固い言い方するなよ。父さん、母さん、リコルには手紙にも書いた通り、それとアリアには前に少しだけ話したけど改めて紹介させてくれ。シリウスには魔王討伐以外にも色々とお世話になったんだ」
「君がシリウスさんか、話には聞いてる。うちの息子が世話になったな」
「あなたには感謝してもしきれないわ。どうもありがとう」
「いえ、私は何も……」
おじさんとおばさんがシリウスさんに何度もお礼を告げる横ではリコルが2人のまねをしながらありがとうとお礼を言っている。
そして私は3人の隣で、一人だけ取り残されたような感覚に陥っていた。
部屋に入った時から一度だって私の方を見ないシリウスさんは私とのことを、食堂でのことをなかったことにしたいようで、彼の中ではもう全てが終わったことなのだと実感させられた。
「お茶でも飲みながらお話をしませんか?」
姫様の一声を皮切りに、奥に用意されていた各々の席へと移動する。
姫様、エリアス、シリウスさんと並び、その向かいにはおばさん、おじさん、リコル、私と並ぶ。何の因果か、私の前の席はシリウスさんだった。
救いなのは会話の中心が今回の主役である姫様とエリアスであったこと、そして国王陛下は執務の関係上、まだ来られないということだった。
出されたお茶とお菓子を楽しみながら、私とおじさん達は姫様の知らないエリアスのことを語り、そして姫様達は私達の知らないエリアスを語る。
魔王討伐でのこと。
姫様の婚約者となった後のこと。
シリウスさんと姫様の語るエリアスは村にいた頃からは想像できないほどに強くてかっこよかったが、端々に感じる気遣いにやはりそれはエリアスなのだと納得する。
そのことに安心し、程よく冷めたであろうカップに口を付けると私の意識はそっとその場を離れていった。
出されたそのお茶はあの日と、3年前、門の前でカトラスさんに出してもらったお茶と同じ味がしたのだ。
門の前と来客の間では立場が全く違うがどちらもお城で出されたものには変わりない。同じ茶葉を使用しているのだろう。
そう……分かっているのだが、私の失恋に味がするのならばこんな味なのだろうなぁと温まった手でカップを支えながら思ってしまう。
そして意識を無理矢理連れ戻した私は祝いの場なのだと、幸せの場であるとすぐに心を切り替えて笑って見せる。
「アリア? 具合が悪いのか?」
意識ここにあらずといった様子の私を目ざとく見つけたらしいエリアスは心配そうにこちらへと視線を移した。
「大丈夫よ、エリアス。少し幸せムードに当てられただけ」
無意識のうちにすんなり出た言葉は「そうか」と恥ずかしそうにはにかむエリアスと同様に私自身の心でさえも納得させた。
そうか、ムードに当てられただけか――と。
そう決めつけてしまえれば残りのお茶も全て飲み込んで、何もなかったように2人の幸せを祝う事が出来た。
その後、執務が終わった国王陛下が新たに輪の中に加わってもあまり緊張をすることはなかった。
それは入室時の彼の目が優しかったことも一つの要因ではあるのだが、一番はそれではない。
私の中で大きな決心がついたからである。
実家に帰ろうと。
戻って新しい幸せをつかみ取ろう――と。