12.尋問会
その翌日、カトラスさんは食堂へとやって来た。
どうやらこの店の食事が気に入ったらしい。近くにこんないい店があると前から知っていたらもっと早く来ていたと、昨日と変わらずに制服のままで来た彼は周りの視線を全くもって気にすることなく大量の食事を頼んだ。
そして料理ができるのを待つ間、お客さんが少ないことを良いことにそのまま私を捕まえて世間話を始めた。
その話の8割がたはカトラスさんの奥さん、セレンさんの話で、どうやら私は昨日一日で奥さん自慢をしてもいい人だと認識されたらしかった。
リリさんも産休を開けていて、今は全く忙しくないし、この店の店員は皆、お客さんと話すことも多い。だからそれ自体は全く構わないのだが、いかんせんサリーさんの視線が痛い。ものすごくズキズキと突き刺さる。片付け後に聞き取り調査が入ることはまず間違いないだろう。
「ではそろそろ私はお暇いたしますね」
そう切り出したカトラスさんに昨日の疑問を打ち明けるとすぐに「写真はこちらで撮りますので」と告げられた。
明日の予定はなくなった私であったが、その代わりに今晩は新たな予定がプラスされた。
その名も『アリア尋問会』である。
場所はクローズ後のこの食堂で、サリーさん、リリさん、スリュウさんに囲まれながら私はカトラスさんとの関係を吐き出すこととなった。
わざわざあんな店に呼び出したカトラスさんのことだから姫様の使いであることは知られたくないのだろうということと、店に堂々と制服で来ていたことを考慮して、彼はお城の門番さんなのだということを打ち明けた。
そして3年前にお世話になった人なのだということも。
3年前――そう言い出せば3人ともが何があったのか察してくれた。
全てが解決した今ではもうその出来事は傷でもなんでもないのだが、彼女達がその出来事を掘り返すことはほとんどない。
代わりに「悪い人、ではないのね?」と確認だけされたのでそれだけは間違いないとの意味を込めて力強く頷いた。
「ならいいの」
その言葉に尋問会の閉幕を感じ取った私は張っていた気を緩め、そしてグラスのお茶を味わっているとそこにスリュウさんは大きな爆弾を投下させた。
「それでアリア。あんた、シリウスさんとは連絡とってるの?」
「はぁ?!」
思いがけずに出てきた『シリウスさん』の名前に私の心はハリケーンがやってきた村のように一気に荒れた。
「最近来なくなっちゃったけど、仲はいいんだろう? よく話してたじゃないか」
「いやいやいやいや、ただのお客さんと店員ですよ」
「そうなの?」
「そうです、そうです!」
私が一方的に想いを抱いていただけで関係としてはそれが正しい。正しい、のだ。
自分で思い切り言い切っておいて、その言葉は胸をガリっとえぐり取る。
「シリウスさんは特別、アリアちゃんを気にかけていたように見えたんだけど……気のせいだったのかしら?」
そしてリリさんの言葉は患部に岩塩を擦り付けられるように私の心を刺激する。
リリさんに見えていた『特別』の意味を知ってしまっている私にはその言葉はあまりにも痛すぎるのだ。
この手元のグラスに入っていたのがお酒なら酔いに任せて泣いてしまえるのに、残念ながら今日に限ってはお茶なのだ。アルコールなんて入ってやしない。むしろ恋に酔い気味だった私の心を無理矢理覚ましてくれる。
終わりは終わり。
どんなに未練たらしく追いかけようがその事実には変わりない。
恋の花を芽ぶかせるのは一人では到底出来ない。
出来るのは片思いまでなのだ。
そしてそれは一人でい続けている間はずっと咲くことはない。一人の私に待っているのは枯れ果てる末路、ただ一つなのだ。
「シリウスさんとは何ともありませんよ。彼は私にとって、この食堂のお客さんです」
枯れた小さな葉っぱを踏みしめながら私は前を向いた。
涙はもう出ない。
王都へと来て、『恋』を知り『初恋』を終わらせ、そして『片思い』を、『失恋』経験した私は強くなった。
エリアスまでとはいかないものの、私も私なりに成長しているのだ。