11.幸せのカード
「せっかくなので何か召し上がってはどうですか?」
カトラスさんの申し出に私は遠慮することなく、高級料理店の食事を堪能することにした。
食事には一切手をつけようとしないカトラスさんを目の前に、初めこそナイフとフォークを握る手に重みを感じたものだった。
だが「私のことはお気になさらず。夕食は妻の手料理と決めておりますので」を皮切りに始まったカトラスさんの奥さん自慢は上の兄さんの奥さん自慢と似たものがあり、BGM代わりにしていれば実家にいるような気分になって次第に手も軽くなり、食事がよく進む進む。
カトラスさんの方も私が手を動かしながらでもちゃんと聞いているのがわかってなのか、酒が入っているのかと疑いたくなるほど饒舌になり、奥さんがいかに可愛らしいか、二人にどんな困難が立ちはだかったかを熱を帯びて語り始めた。
「妻の苗字がリレットからリクセルに変わった時の喜び、これは他の何にも勝ることはないでしょう」――とこんなセリフまで兄さんと同じなのだからきっと彼はよほど奥さんのことを愛しているのだろう。
胸のあたりがジンと温かくなる一方で私は一つ、どうしても無視してはいけないだろう問題を今更ながらに見つけてしまった。
「あの、カトラスさん」
「何でしょう?」
「奥さんは今日、ここで私とカトラスさんが二人きりになることを知っていますか?」
何を聞くんだと思うかもしれないが、これは重要なことである。
妻を溺愛する兄を持つ妹ならば、いやここまでの奥さんへの愛を語られた者ならば確認しておくに越したことはないことなのだ。
この先、今まで通り穏やかな生活を送るために!
「もちろん知っていますよ。場所、時間、そしてあなたの素性もセレンには伝えてあります」
「そうですか。……よかった」
なんて事ないようにコーヒーをすする姿に若干やりすぎだと思わなくもないが、これで私の平穏な生活は守られたと思えばまぁいいかと自分を納得させた。
その後、そろそろ夕食の時間だというカトラスさんに別れを告げ、渡された手土産を片手に家へと戻った。
「ご飯、美味しかったなぁ」
お腹も胸もいっぱいになったと、ベッドにダイブし、朝よりもずっと重くなった身体でゴロゴロと左右に転がる。
そしてカトラスさんから渡された手土産の紙袋に手を伸ばし、一枚のカードを手に取る。
それは2人の婚姻式の、エリアスが姫様を幸せにすると約束を交わす場への招待状だ。
『幸せになって』との私の願いも背負ったエリアスとはあれから一度も会ってはいないが、顔に出やすい彼のことだから当日は頬が緩み切っていることだろう。
「写真ってとっていいのかな?」
姫様とエリアスだけの写真なら今までの新聞記事を切り取ったものを記念に渡すにしても、せっかく結婚するのだからエリアスの弟のリコルとおじさんとおばさんに家族写真といえるものを残してあげたい。
招待された日までにカトラスさんと連絡が取れるかどうか定かではないため、とりあえず買って持って行って、許可をとれるようなら残すというのが最善の手だろうか。
時間はまだまだあることだし、休みになっている明後日にでも雑貨屋さんでも行って買って来るかと決めて、目を閉じた。