プロローグ
「わたしと、異世界転移してください!」
夕暮れ時、閉められた教室の扉。
目の前には見慣れた格好をした、見知らぬ美少女。
「本気だから……!わたし、本気だからね!」
震える手でこちらに向けているのは、100円ショップにでも売ってそうな安っぽい果物ナイフ。
「断ったらわたし――」
「わかった、わかったから落ち着いて、ね。」
今すぐここから逃げ出したいが、扉の前には美少女ナイフ。
窓から逃げ出したいが、鍵を開けているあいだに背中をプッスリいかれそうな勢いである。
背中向けたくない。
「中二病とかじゃないからね!本気だから!」
「わかるわかるよ。きみの気持ちはよくわかる。信じてもらえないと思ったんだよね?だからこんなふうに、脅すようにしてでも言うこと聞いてもらおうと思ったんだよね?わかるわかるよ。」
死にたくない。
ナイフはヤバい、シャレになってない。
説得だ。死なないためには説得が必要だ。
「俺なら逃げないし、話聞くからさ。それ、置こう?」
「……本当?逃げない?話聞いてくれる?信じてくれる?」
「うん。逃げもしないし、話も聞くよ。」
「……信じてくれる?」
いや信じるわけねーだろ、なーに言ってんだ。
お前がナイフ置いて油断したら、顔面にニードロップ食らわせて警察署まで全力疾走するからな!
「うん。信じるよ。僕はきみの味方だよ。」
「……わかった。わたしも信じる。ごめんなさい、こんな事して。」
俺の聖母の微笑みに騙されてくれたらしい。
目元ににじんでいた涙を拭いながら、手に持った果物ナイフを腰に吊っていたらしいホルダーにしまってくれた。
……しまった!俺は置けって言ったのにしまいやがった!危険度大して変わってねえよこれ!!
「ありがとう。ねえ、わたしを信じて。目を閉じて、両手を前にひろげて。」
……マズイ、マズイマズイってこれ!
従っても無防備になるし、断ったらプッスリいかれるやつじゃんこれ!
従うのが難しい二択で俺の信用を試してんの?
考えろ、考えるんだ!正解は――
「……どうしたの?……やっぱりわたしの事信じて――」
「はい、目をつぶったよ。これでいい?」
……あっているはず。
信用を試しているのなら、それに応えるのが正解のはずだ。
ナイフもしまってくれたし、プッスリやる気もないはずだ。
だったらここは、下手に逆らって逆上させるよりも1回うなずいとこう。
さあ、正解はどっちだ!?
「ありがとう!きみなら信じてくれると思ってた!!」
その言葉と同時に、胸に衝撃が走る。
目を開けて見えるのは笑顔。
遠退く音、匂い、意識、感覚。
嗚呼……、どうやら俺は間違ったらしい。